「長谷部、少し休んだ方がいい」
「……」
長谷部が自室で審神者の書類の作成をしていると、その日長谷部係だった国広が、背後から声を掛けた。
先程まで昼寝をしていた為、彼の手には大きなクッションが抱えられていた。
起きたてで眠たげなこちらを見つめる彼に、無意識に眉間に皺が寄った。
正直、長谷部は初期刀である国広の事が、余り好きではなかった。
体質の事情で二回連続で出陣する事は出来ない、霊力を消耗したらすぐに眠ってしまう、厄介な体質には変わりない。
それでも出陣をすれば、誰よりも強く、審神者からの信頼も厚い。
中々次の戦場へ進めない原因を作っている自分とは違って、彼は刀としての役割を十分に果たしている。
だから長谷部はそんな国広に、嫉妬めいた感情を抱いていた。
この書類仕事も、戦働きが十分に出来ない自分が、せめて何か違う事で審神者の役に立とうと、審神者に頼んで覚えた事だ。
それさえも出来なくなってしまったら、一体何でこの本丸の役に立てばいいのだろう。
休んでいたらそんな不安が付きまとうので、ますます仕事に没頭していった。
「……まだ書類が残っている。休んでいる暇など無い」
「俺が昼寝してから大体三時間、そこから全く動いていないじゃないか。ずっと作業していたんだろう?少し休んだ方がいい」
「疲れていない。気遣いは不要だ」
「だが、それでまた倒れたら……」
「だから、大丈夫だと言っているだろう!」
気が付けば長谷部は、大きな声を出してしまっていた。
国広の言葉に悪意は無い、全て長谷部を心配しての事だ。
しかし、その言葉を素直に受け止められる程、長谷部には心の余裕が無く、自分が何の役にも立たない欠陥を抱えた刀なのではないかと考えてしまう。
そこからは互いの記憶は殆どない。
気が付けば激しい言い争いになり、それがエスカレートして、掴み合いにまで発展してしまった。
騒ぎを聞きつけた鯰尾と五虎退が駆けつけたが、脇差と短刀の体格では打刀二振りを止められる事も出来ず、二振りの喧嘩は激しさを増すばかりだった。
「何やっているんだ、二振り共」
二振りを止めたのは、審神者の冷淡な声だった。
二振りが我に返ると、審神者の後ろには、痛そうに自分の腕をさする鯰尾と、泣きじゃくる五虎退が立っていた。
恐らく鯰尾は二振りを止めようとした時に、手が当たってしまったのだろう。
よく笑顔を浮かべている審神者だが、今では感情を削ぎ落して、完全な無表情になっている。
「騒がしいと思って来てみたが……周りの奴泣かせて、何をやっているんだ」
二振りが何も答えずに固まっていると、審神者は苛立った様に頭を掻きながら、大きなため息をついた。
「訳は後で聞く。二振り共、いいと言うまで廊下で正座だ。頭冷やせ」
そう言い放つと、審神者はそれ以上何も言わず、部屋の方へ戻って行った。
その後、二振りは鯰尾と五虎退に謝った後、審神者の指示通りに、一番薄暗い廊下で並んで正座をする事にした。
長谷部も国広も会話する事も無く、黙って横に並んで正座の罰を受けた。
数時間経って夜遅くになった頃、ずっと喋らなかった長谷部が口を開いた。
「……刀解を、申し出ようと思っている」
「……何故だ」
怒りも動揺も感じられない平坦な声で、国広が理由を問うと、長谷部は一度口をつぐんだ。
その横顔は、俯いて下に垂れた髪で隠されていて、表情を伺う事が出来ない。
「俺では主の役には立てない。俺が倒れては撤退して、いつまでも次の戦場へ進めない。このような体質では、皆の足を引っ張るだけだ」
「それは長谷部だけのせいじゃない」
長谷部の言葉を、国広はきっぱりと否定した。
「この前の演練相手の本丸では、日課の出陣以外で練度上げの為に、何度も出陣していると聞いた。ここでは俺や主の体質で、最低限の出陣しか出来ない。主もあんたがちゃんと戦えるように考えている……だから長谷部だけのせいじゃない」
「だがその貴重な出陣を潰しているのは俺ではないか!」
長谷部は再び声を荒げた。
一部隊分の刀もいない今の本丸なら、まだいいのかもしれない。
しかし、いずれ多くの仲間がやって来て、本丸が大きくなっていったら、きっと長谷部の体質を重荷に感じる日が来るのかもしれない。
審神者に「もうお前はいらない」と言われるのかもしれない。
そんな日が来てしまう前に、この本丸での自分の物語を終わらせてしまいたいと、長谷部はそう思っていた。
「……こんな厄介な体質の俺を使い続けるより、次に顕現するへし切長谷部なら、もう少しましな体質になっているかもしれないだろう?……だから」
「……長谷部。本気で言っているのか」
長谷部の言葉を遮った、数段低い声に顔を上げると、ぞっとする程冷たい目で、国広は長谷部を見つめていた。
山姥切国広は無表情に見える顔から、僅かに浮かぶ表情や目で、自分の感情を雄弁に語る刀だ。
それが今では、無表情から浮かぶ感情がごっそり抜け落ちて、怒りだけがひしひしと感じられる。
その冷え切った怒りの表情は、先程の審神者の顔そっくりだった。
「来い」
「は?」
急に立ち上がったと思うと、国広は長谷部の首根っこを掴んで、引きずりながら廊下を歩き出した。
「おい!まだ主にいいと言われていないだろう!離せ!」
「黙れ」
長谷部が抵抗してジタバタ暴れても、練度の差で国広の腕はビクともしない。
そうこうしている内に、気づけば審神者がいる執務室の近くまで来ていた。
「一体何なんだ!」
「静かにしろ、主に気づかれる」
中を見ろと顎でしゃくって示す国広を一度睨んでから、長谷部は恐る恐る障子の隙間から、執務室の中を覗いた。
中にいるのは、ぶつぶつと何か呟きながら、机に置いたノートに何かを書き込んでいる審神者だった。
「前の出陣では長谷部が起きてから5時間……その前の遠征では四時間……うん、ここ十回の出陣で見たら、三時間くらいには絞れたかな。……じゃあ次は、三時間で制限時間を設けて、数回検証してみるか」
「主……一体、何を」
「本来なら霊力を回復する為に、もう寝ていないといけない時間なんだが、ああやって毎晩寝る前に、次の出陣の計画を立てているんだ」
審神者のやっている事が理解出来ず、障子の向こうを見て長谷部は小さく声を漏らし、国広は審神者の姿を見ながら、それが何なのかを彼に説明した。
「長谷部の為だ」
「俺の、為だと……?」
長谷部が近くの柱に凭れて腕を組む国広を見上げると、彼はチラリと長谷部を見下ろして、再び視線を審神者に戻した。
「出陣から帰ってきた時間を計って、長谷部が安全に帰る事が出来る時間を、特定しようとしているんだ。長谷部が気を遣うから、黙っていろと言われていた。……厚から聞いた話だが、俺がまだ倒れてばっかりだった頃も、出陣の回数とかを、色々考えてくれていたらしい。……この本丸の、刀として戦わせる為に」
「こんな……俺でもか。こんな厄介な……いらないと、言われてもおかしくない俺でもか」
「……お前は主が寝る時間を削ってでも、ちゃんと戦わせたい刀なんだ。いらない訳無いだろう」
障子の向こうの審神者を見つめながら、気が付けば長谷部は音も無く涙を流していた。
主にそこまでして貰っている事が、悔しくて、けれど嬉しくもあって、ぐちゃぐちゃになった感情が溢れて止められない。
長谷部は声を押し殺す為に、口を両手で塞いで体を丸めて蹲り、審神者に気づかれないようにするだけで、精一杯だった。
それから、何度か出陣を続けて、長谷部は起きてから最低三時間は、意識を失わない事が分かってからは、審神者が出陣に制限時間を設けてから、長谷部が出陣で倒れる事で撤退する事は、殆ど無くなった。
その制限時間を設けた事で、短時間での戦場の回り方を、長谷部と国広が中心になって考えるようになり、その結果、効率良く戦場を回れるようになった。
今となっては長谷部は、第一部隊での出陣に加えて、その制限時間を生かし、第四部隊で新しく顕現した刀を連れて、短時間の遠征に向かう事で、新人の序盤の練度上げに貢献している。

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