五、小夜左文字の本丸夜行

刀剣乱舞合歓木本丸

「……小夜、お小夜」
「……ん」

 余り強くない力で優しく肩を揺さぶられて、小夜左文字は目を開けた。
寝起きのぼんやりとした視界に、川のせせらぎの様な涼やかな色の長い髪が映っている。
その元を辿ると、小夜の兄である江雪左文字が、穏やかな微笑みを浮かべていた。

「……おはよう、兄さま」
「今日、お小夜は出陣ではなく、宗三と私で短期遠征だそうです。……少し早い時間ですが、支度なさい」
「……んん、わかった」

 小夜は夕方からの出陣をメインとする、第三部隊に所属している。
しかし、第三部隊隊長である厚藤四郎と並んで誉を取り合うので、他の刀達と練度に差が出来てしまう事がよくあるのだ。
検非違使がいつ出てきてもおかしくない戦場では、部隊の中での練度差は危険を招く事がある。
それを回避する為に、厚は隊員と部隊長を交代して、小夜は自分の兄弟刀達と一緒に、遠征に出るようにしていた。

そういえば昨日の出陣で、自分と秋田藤四郎との練度差が十を超えていた。
またその練度差の調整の為の遠征なのだろう。
そう思い返しながら、小夜は目を擦ってもぞもぞと布団から這い出した。


顔を洗いに手拭いと髪紐を持って、いくつもの蛇口がある大きな洗面所に辿りつくと、既に戦装束で自分の髪を整え終えた宗三左文字が立っていた。

「おはよう、兄さま」
「おはようございます、お小夜」

 小夜がもう一振りの兄に声を掛けると、宗三は左右違う色の目を細くして、小夜に微笑みかけた。
そのまま宗三の近くの蛇口に立った小夜は、水道の蛇口を捻って、出てきた水をすくっては、顔にパシャパシャとかけた。
冷たい水が眠気を取ってくれて、重かった目元がさっぱりする。
水で濡れた顔を、あらかじめ持って来ていた手拭いで拭いていると、重力によって垂れた、癖の強い跳ねた髪が、顔をチクリと刺した。

「ふふ、後ろの髪が跳ねてますよ。その髪紐貸してください」
「うん」

 いつの間にか小夜の後ろに立っていた宗三は、小夜から赤い髪紐を受け取ると、持っていた自分の櫛で小夜の髪をとかし始めた。
鏡越しに写る兄の顔は、いつもの憂いを帯びた表情ではなくどこか楽しそうで、小夜もそれにつられて表情が緩んだ。

「宗三兄さま、楽しそうだね……江雪兄さまもだったけど」
「ふふ、そうかもしれませんね。久しぶりの三振りでの遠征ですから。お小夜と一緒に外に出られるので、江雪兄様もああ見えてはしゃいでいるんですよ」

 はしゃいでいるなんて言葉が似合わないイメージの江雪だが、きっぱりとそう言ってのける宗三に、小夜は小さく笑った。
そうしている内に、小夜の髪をとかし終えた宗三は、慣れた手つきで小夜の後ろ髪を束ねて、髪紐をほどけないように結んだ。
もちろん小夜自身でも髪を束ねる事はできたが、自分ですると何故か片方どちらかを引っ張りすぎてしまうのか、片方に長さが偏ってしまう事が多い。
宗三が髪紐を結ぶと左右均等にかつ、とても綺麗な仕上がりになるので、小夜は彼に髪を束ねてもらうのが好きだった。

「さ、出来ましたよ」
「ありがとう、兄さま」
「宗三。すみませんが、軽食を厨当番の方から貰いに行ってもらえませんか?私はお小夜の支度が終わるまでに、主へ一声を掛けてきます」

 既に準備を終えていた江雪が、洗面所の入り口から顔を出した。
どこか楽しそうでそわそわした様子に、宗三はクスリと笑った。

「はいはい、まだまだ時間はあるのですから、そこまで急がなくても大丈夫ですよ」
「……それもそうですね。では、ゲートの近くでゆっくりと待っています」

そう言って江雪はいそいそと、審神者がいる執務室へと歩いて行った。

「ね、はしゃでいたでしょう?」
「そうだね」

宗三の言葉に、小夜は小さく頷いて同意した。

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