小夜が持っている江雪の絵は、裏庭近くの小さな書庫に保管されている。
最初は自分の部屋の押し入れに保管していたが、押入れが予想以上に湿気が高く、襖を開ける音が、部屋で眠っている兄刀二振りを起こしてしまう為、審神者に頼んで書庫に保管させてもらったのだ。
小夜は書庫の片隅にある、絵を入れてある箱を取り出して、三日月の部屋へ向かった。
「すまんな、遅くなった」
「おじゃましまーす」
三日月の部屋の灯りを点けて待っていると、三日月と一緒に蛍丸もやってきた。
「……あれ、蛍丸?この時間は寝ているんじゃ……」
「んーそれがさ、最近目が冴えて眠れなくって。暇だったから三日月さんに着いて来ちゃった」
そう言いながら蛍丸は、三日月と一緒に小夜の後ろから絵が見える場所に座った。
彼の背後をふわりと優しい光が横切って、小夜はすぐに蛍丸の眠れない理由に見当がついた。
蛍丸は数カ月前に顕現した、ここに来て日が浅い刀で、彼の眠りに対する体質はまだはっきりとは分かっていない。
短刀達と変わらず、昼寝をしないといけない体質だと思われていたが、月の満ち欠けが眠りに影響する三日月や、名前に夜が入っているからか、夜に活動する小夜の様に、蛍が見られる季節は、彼も睡眠サイクルが逆転してしまうのかもしれない。
「うむ。それに江雪の絵が入っているのか?」
「これ、本当に絵が入ってるの?随分厳重だね」
蛍丸が指さした箱は、絵が入っているとは思えない、半透明の密封された箱に入っていた。
「江雪兄さまの絵は湿気に弱いから、乾燥剤と一緒に箱に保管しているんだ」
「ふーん、そうなんだ」
蛍丸の質問に答えながら、小夜は箱のふたを開けると、中から青いポケットファイルを取り出した。
ファイルを開くと、そこには様々な昼の景色は描かれていた。
青空を背景にした風鈴の絵。
水やりを終えて、葉っぱの上に玉の様に光る水滴を乗せた、色とりどりの野菜達。
木漏れ日の光をカーテンの様に表現した、畑への道。
季節の移ろいに合わせて、様々な自然の絵が繊細な色彩で描かれていた。
特に光の表現が上手く、どの絵も昼の明るさや日の眩しさなどを、見事に景色から写し取っていた。
「わあ…すごい、すごくきれい!」
「ほう……これは、江雪には本丸の景色が、この様に綺麗に見えているのだな」
蛍丸は江雪の絵に感嘆の声を上げて、三日月も数々の絵に小さく息を洩らした。
「江雪の絵は見事だな。ん?この裏に書かれているのは……」
三日月が指を指した絵の裏の片隅に、筆で書かれた小さい文字で簡潔な文章が綴られていた。
『22○○年○月○日
季節は夏に入り、暑くなってきたので宗三と風鈴を出しました。澄んだ音色が心地いいです』
『22○○年○月○日
畑当番で野菜に水やりをしました。
燭台切殿によれば、そろそろトマトが収穫時期らしいです』
『22○○年○月○日
枝が伸びてきたので、槍の方々と共に畑への道の木々を剪定しました。少々切りすぎてしまったかもしれませんが、これはこれで良しとします』
「……これは、さながら絵日記の様だな」
「実際に見る事はできなくても、この絵と皆の話が昼を教えてくれるから……僕はちゃんと昼の事も知っているんです」
「うむ。そうかそうか」
夜遅くまで起きている刀もいるにはいるが、やはり真夜中まで起きている刀はほとんどいない。
その為に皆が寝静まった誰も起きていない本丸で、小夜はたった一振りで過ごす事になる。
それはとても寂しい事なのではないかと、初めての満月の夜に、一振りで夜を明かした時の事を思い出した三日月は、そう思っていたのだ。
しかし、大事そうに江雪の絵を入れたファイルのページを捲る小夜の横顔を見て、それは自分の杞憂に過ぎなかったと感じた三日月は、嬉しそうに何度も頷いた。
「ねえねえ、俺も絵とか描いてみたいな。何か道具とかない?」
江雪の絵に刺激を受けたのか、蛍丸は小夜に絵を描く為の道具は無いかと尋ねた。
「絵の具は江雪兄さまのだから使えないけど……僕の色鉛筆なら使う?」
「え、いいの?」
「書庫にあるから、兄さまの絵を戻すついでに取ってくるよ」
「何やら楽しそうだから、俺も描いてもいいか?紙はこれをつかうといい」
同じように興味を持った三日月が、近くにある文机から、数枚のまっさらな紙を取り出した。
「ありがとうございます。……じゃあ、取ってきますね」
「わあすごい!色鉛筆ってこんなにあるんだ」
小夜が書庫から持ってきた、小さなバケツの様な容器に入れられた色鉛筆を見て、蛍丸は目を輝かせた。
色鉛筆は共用として粟田口部屋に置いてあるが、小夜の色鉛筆はその倍の種類の色鉛筆を個刃で持っていた。
その豊富な種類は、時々絵を描いている他の短刀達が、欲しい色の色鉛筆が無い時に借りに来る程だ。
江雪が水彩画に対して、小夜も色鉛筆画を時々描いている。
夜に手持無沙汰で困っていた小夜に、当時水彩画に嵌まり始めた江雪が、同じ趣味を持てたらとこの色鉛筆と一緒に勧めたのだ。
江雪程上手くはないが、それでも短刀達の中で、頭一つ抜けている位には上手くなっていた。
「では、早速描いてみるとしよう。小夜と蛍丸は何を描くつもりなんだ?」
「う~ん、さっき見せてもらって絵が昼の絵だから……せっかくだから夜なんだし、夜にしか見れない物を描きたいなー」
「僕はさっきの夜顔を描こうかと思います」
「なるほど、じゃあ俺はここから見える外の景色でも描いてみるか。ここからでも月は見えるし、蛍も見えるからな」
「じゃあ色鉛筆はここに置いて、下書きが終わったらここに描きに来ます」
「したがき?最初から色を塗らないの?」
立ち上がった小夜に、蛍丸は不思議そうに首を傾げた。
「描きたいものの大体の形を、先に簡単に描いておくんだ。そうしたら後でどこにどの色を塗ったらいいか、分かりやすくなるんだ」
「ふーんそうなんだ、じゃあ俺も描きたいもの探してこよっと」
そう言って二振りは一旦部屋を出ていって、程なくして戻ってきた。
三振りは色を付けていく途中で互いの絵を見せ合ったり、どの色を付けたらいいかアドバイスし合ったりして、夜の時間はあっという間に過ぎていった。

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