六、鶴丸国永は押入れの中の眠り姫

刀剣乱舞合歓木本丸

「それどうしたんだ?厚」

 鶴丸を起こしに行った時の楽器を戻しに厚が鈴と笛を抱えて倉庫へ向かっていると、廊下で薬研とすれ違った。
確か今日彼は馬当番の予定で、内番姿であってもいつもの黒い手袋ではなくて、今は軍手が手にはめられていた。

「あれ、薬研か。今日オレが鶴丸さんを起こす番だったんだ。それで愛染と今剣と一緒にこれで起こしてたんだよ」
「それで鈴と笛を持っているのか」

薬研は納得したように頷いた。

「明日の薬研で最後だよな?」
「ああ。あさってからは燭台切も出陣になるだろうからな。俺で最後だ」
「なんか考えてんのか?」

厚が薬研がどうやって鶴丸を起こそうと考えているのか聞いてみると、彼は何か思い浮かべる顎に手を当てて宙を見上げた。

「う~んそうだな、種類としては乱がやってたのと近いかもしれないな」
「へえ~、薬研も乱みたいに骨喰兄に服借りたりするのか?」
「いや、それはしない」
「ん?」

 薬研も王子様らしい格好をするのかと思ったがどうやらそうではないらしく、薬研はきっぱりとそれは否定した。
少女にも見える可憐な容姿の乱が、普段の可愛らしい姿から格好いい姿に変貌したら、それは驚くだろう。
しかし薬研の場合、黙っていれば儚げにも見えなくもないが、彼の普段の男らしい仕草や態度のせいで、いくら王子様らしい格好をしても余り新鮮味はないだろう。
では一体どうやって驚かすのだろうかと厚が首を捻っていると、薬研はそんな反応を面白がるようにニッと笑った。

「俺は特に小道具は用意するつもりはない、やるなら己の身一つでやってみようと思う。まあ楽しみにしてくれや」

そう言って薬研は、結局何をするつもりなのか分からないでいる厚をそのままに、馬当番へ颯爽と向かっていった。

「鶴丸」

 眠っていた鶴丸は、低い声に意識が揺り起こされた。
数日前の乱の様な凛とした声とはまた違う、夜の匂いを感じさせる色を含んだ声だった。

「鶴丸」

温かい感触が髪の間に滑り込む、おそらく誰かの手だろう。
そしてそれは鶴丸の髪の感触を楽しむかのように、何度も何度もそれを繰り返した。
その手は鶴丸の髪を何度かすいたと思うと、今度は彼の片方の頬を包んだ。
親指で優しく撫でられる感触は心地よくて、もう少しこうしていたいと思い無意識にその手に頬を摺り寄せた。

「もう朝だ、そろそろ起きるとしようぜ」

促されるように目を開けると、目の前がいつもの土の色の壁ではなくて、白が広がっていた。
白かと思ったらそれは色白の肌で、誰かの胸元だという事に気が付くのには少し時間がかかった。
そろそろと上を見上げると、紫水晶の瞳と目が合った。

「おはよう、鶴丸。よく眠れたか?」

薬研は目を細めて鶴丸の髪を撫でた。
それを見て、鶴丸はようやく自分が薬研の胸に抱かれるように眠っていた事に気が付いた。
彼は黒い寝間着で胸元の合わせははだけて、鶴丸が起きた時にはその肌が見えていたのだ。
サラサラの黒髪も所々跳ねていて、まさに今まで一緒に寝ていたみたいで、鶴丸はカッと自分の頬が熱くなるのを感じた。
昨日そのような事をした記憶は鶴丸にはない。
酒でも飲んで記憶が無くなるまで酔っ払ったとかならまだ分からなくも無いが、昨日は用事が終わって風呂に入ると早々に床についたはずだ。
けれど今実際薬研が目の前にいて自分を抱き寄せているので、本当にそうだったのか鶴丸自身訳が分からなくなっていた。

「は?…え……え?」

訳が分からず目をパチパチさせて、口をパクパクさせている鶴丸をかわいいと言わんばかりに、薬研は彼の額に軽い口づけをした。

「体は大丈夫か?後で朝餉の用意してやろうな」
「え、ちょ、薬研?」
「なんだ?」
「~~っ!!」
「おーい薬研、そろそろ鶴丸さん起こせたかー?……って、え?」

 薬研の余裕のある笑みに、鶴丸が再度硬直していると、厚が襖を開いて部屋の中に入ってきた。
何も知らないで入ってきた厚は、押入れの中にいる二振を見て顔を真っ赤にして固まった。
胸元の合わせをはだけさせた薬研と、顔を真っ赤にして彼に抱きしめられている鶴丸は、はたから見たら情事の後にしか見えない。
二振の間にはそんな気配を微塵も感じていなかった事と、まさかこういった状況に出くわすとは思っていなかった厚は、その場から動けず頭の中で混乱していた。

「ま、待て厚。っち、違うから」
「なんだ、これからがいいところだったんだがな」
「え…と、……新しい刀が来て…案内を……してたん…だけど……うう」

ようやく硬直から復活した鶴丸が冷や汗を流しながら慌てて弁解をしようとしたが、薬研が更にこの場の混乱を悪化させる様な言葉を発した。
そんな二振に厚は何とか要件を伝えようと、顔を赤くしてどもりながらも必死に言葉を紡いだが、既に頭の許容量に限界が来ようとしていた。

「厚?もう入っても大丈夫かい?」
「え。いや、ちょっ……」

 また違う声が聞こえて三振が部屋の襖の方へバッと視線を向けると、厚が案内していたであろう人影が部屋の襖を開けようとしていた。
厚が慌ててそれを止めようとしたが時すでに遅く、襖を開けてその刀は入ってきてしまった。
青空を想起させる短髪、背筋をピンと伸ばして歩く姿はお手本の様だ。
一切の乱れが無い制服を身にまとう刀は、粟田口の刀達の長兄である一期一振だった。

「あ、いや、いち兄。これは」
「ん?押入れに何かあるのかい?」

慌てて説明しようとした厚だったが、何も知らない一期が厚の挙動不審に首を傾げながら押入れを覗き込むと、寝間着のまま鶴丸を抱き寄せる薬研を見つけてギシリと固まった。
先程まで余裕そうな笑みを浮かべていた薬研も、予想外の出来事に目を丸くして固まった。
薬研もまさか自分の兄が顕現したとは思っていなかったので、さすがにこの状況はまずいと冷たい汗が流れた。

 薬研は別に一晩中鶴丸と寝ていたわけではない。
鶴丸を起こす時に、普通に眠っていた彼の布団に寝間着のまま潜り込んだだけで、別に夜にそのような事は一切していないのだ。
厚が入ってきた時に種明かしをせずにそれっぽい事を言ったのも、彼の反応が面白かったので言ってみただけだったのだ。

「……い」

粟田口の兄弟刀達の痛すぎる沈黙を破ったのは、先程から言葉らしい言葉を発していない鶴丸だった。

「うわああああ~~~!!!いちごお~~~!!」
「つ、鶴丸殿!?」

混乱と恥ずかしさでとうとう限界を迎えた鶴丸は、顕現したばかりの一期に飛びついた。
自分より年上の刀が弟の様に涙目になって飛びついてくる。
そんな状況に出くわすとは思わず目を白黒させる一期だったが、さすがは短刀達の長兄であるだけあってすぐに落ち着きを取り戻し、胸元に顔を埋めたまま肩を震わせる鶴丸を宥める為に背中を撫で始めた。

「それで、何をしていたのかな?薬研」

にこやかな笑顔に反して、いくらか温度が下がった一期の問いかけに、薬研は「あ、これは逃げられそうにないな」と潔く逃げる事を諦めた。

 その後薬研は一期との出会いの喜びを分かち合う前に、兄からの説教と拳骨を一発貰う事になり、頭のてっぺんにできた大きなたんこぶは夜になるまで引っ込む事は無かった。
一期が薬研を説教している間、ずっと彼の背中にくっついていた鶴丸は、後程この出来事を「薬研にオンナにされたのかと思った」と顔を真っ赤にしながら語っており、この出来事は時折その場にいた者達の間でからかわれるネタに使われる事になるのであった。

2020年4月15日 Pixivにて投稿

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