「鶴丸さん、遅いですね……」
鶴丸が帰ってくるのを待っていた短刀達だったが、十分近く帰ってこない彼に前田が心配そうな声を上げた。
「ボールが見つからなかったのかな」
「見に行った方がいいか」
「そうだな、オレたちも探しにいくか」
ずっと待っているのも飽きてきた薬研と厚に続いて、短刀達は鶴丸がボールを探しに行った裏庭へ回った。
しかしその裏には鶴丸どころか誰もおらず、宗三の花壇の花が風で揺れているばかりだった。
「あれー…いないね、鶴丸さん」
「本当ですね、もっと遠くまでころがっていったんでしょうか」
「じゃあ、俺と厚と薬研で遠くを探してみるから、皆は念のためこのあたり探してみて、見つかっても見つからなくても夕方にはこの裏庭に集合しよう」
「は、はい」
「分かりました」
鯰尾の提案に皆は頷いて、一斉に散らばって鶴丸の捜索を始めた。
「いたか?」
「いなかった」
「こちらも見つかりませんでした」
日が沈みかけて、空が赤くなり始めた頃、再度集まった短刀達は顔を突き合わせて鶴丸の行方を確認し合ったが、誰も彼を見つける事は出来なかった。
鶴丸は仮に何か用事があって、その場から離れないといけない事があったとしても、一緒に遊んでいた短刀達に何も言わずに、勝手にどこかに行ってしまうような刀ではない。
それともそれすら出来ない程、切迫した状況にでも会ったのだろうか。
考えが徐々に悪い方向へ向き始めた。
「どこいったんだろう……」
「困ってるみたいだけど、何かあった?」
「あれ、みんなどうしたの?」
全員困り顔の短刀達を見て、たまたま近くを通りかかった加州清光と大和守安定が声を掛けた。
鶴丸と同じ部隊に所属している彼らなら、何か知っているかもしれないと、短刀達は彼らに駆け寄った。
「加州さん、大和守さん。鶴丸さん見てませんか?」
「鶴丸?んー、今日は見てないな。安定は見た?」
鯰尾が加州達に尋ねると、加州は片眉を上げて首を傾げながら大和守に聞いた。
話を振られた大和守は思い返すように、口に手を当てて上を見上げた。
「ええっと、昼餉を食べ終わって、君達とボール遊びに外に向かう所を見てからは無いかな。……いなくなったの?」
「飛んでいったボールを探しに行ってから、帰ってこないんだ。一通りこのあたりを探してみたんだが、見つからなくてな。見つけたら教えてくれないか?」
「分かった、他の刀たちにも聞いてみるよ」
薬研の説明を聞いて、加州達は他の刀達に聞くために駆け出そうとした。
「騒がしいが、何かあったのか?」
「あ。長谷部、大倶利伽羅」
騒ぎを聞きつけた今日の近侍の長谷部と、今日の長谷部係である大倶利伽羅がやってきた。
「丁度いい所に来た。長谷部、鶴丸さんを見てないか?一緒に遊んでいたんだけど、姿が見えなくなっちまったんだ」
「鶴丸?……いや、俺は見ていないな」
厚が長谷部に尋ねるが、長谷部は眉間に皺を寄せて首を振った。
彼の後ろにいる大倶利伽羅は、彼らのそんなやり取りを聞いて、僅かに苛立ったように首元に手を当てて「何をやっているんだあいつは……」と呟いた。
「……じゃあ、大将に呼び出されたとかじゃないんだな」
「主はまだ部屋でお休みされている。主なら奴の気配を辿る事も出来るだろうが、無理をされた後だ。夜までは起きられないだろう」
「そうだな。長谷部も他の刀達に聞いてみてくれないか?」
「分かった。なるべく多く他の者に声を掛けて探してもらおう」
その後、長谷部や加州達のおかげで、本丸にいたほぼ全員の刀が鶴丸を探すのに協力し、夜には全員で大捜索が行われた。
しかし、それでも彼をみつけた者はおらず、いよいよ大騒ぎとなった。
鶴丸と一緒に遊んでいた刀達も、皆必死になって探したがその成果は無く、昼からずっと外を駆けまわっていたので、少しは休むようにと大広間の片隅で、少し遅くなった夕餉を食べていた。
昼間はあんなに楽しかったのに、今ではすっかりお通夜の様な重い空気が彼らの上にのしかかっていた。
「鶴丸さん……どこに行っちゃったんだろうね」
乱はおかずを箸でつまんだまま、俯きながらポツリと零した。
「長谷部が確認してくれたけど、ゲートが使われた履歴は残っていないらしいから、本丸からは出ていないと思う」
「だとしたら後探していないのは……裏の森か?もしそうなら、見つけるのはかなり骨が折れそうだな」
「これだけ探しても見つからないなんて……一体どこにいるんだろうね」
厚と薬研は本丸の皆がまだ探せていない場所を揚げて、彼が居そうな場所を何とか絞り出そうと話し合い、鯰尾はあえて明るい調子の声を出して、重い空気を少しでも軽くしようとした。
そんな中、五虎退はご飯に手を付けず、何かを我慢する様にずっと下を向いたままだった。
彼の隣に座っていた前田は、それに気づいて五虎退の顔を覗いた。
「五虎退、少しは食べないと元気がでませんよ」
「…っ……ううっ……」
前田に声を掛けられた五虎退は、とうとう涙腺が決壊したのか、ぼろぼろと涙を零し始めた。
「ぼ……僕のせいです、僕がボールを弾いちゃったから……鶴丸さんが……」
「だ、大丈夫だよ!五虎退のせいじゃないから」
「で、でもっ……もし鶴丸さんが見つからなかったら……ううっ」
しゃっくり上げる五虎退を、反対隣りに座っていた乱が慌てて宥めようとしたが、それでも彼の涙を止める事は出来ず、とうとう本格的に泣きだしてしまった。
彼の泣き声につられて、前田や乱の目にも涙が滲み始めた。
「え、皆どうしたんだ?」
その場にそぐわない声が響き、短刀達がその声に一斉に振り向くと、ようやく起きてきた審神者が、大広間の入り口の真ん中に困惑顔で立っていた。
「何か起きたら誰もいないし、外は騒がしいし……って、五虎退泣いてたのか?」
「あ、あるじさま~!」
五虎退の泣き顔にぎょっとしている審神者に、彼は泣きながらその胸元に抱き着いた。
「ぼ、僕のせいで……鶴丸さんが……」
「え?鶴丸?」
「鶴丸さんが、いなくなってしまったんです!」
「いなくなった?……えっ、どういう事だ?」
いきなり五虎退に抱き着かれて、目を白黒させる審神者は、混乱しながら他の刀達に説明を求めた。
くずくずと泣く五虎退を頭を撫でて宥めながら、審神者は他の刀達に、自分が寝ていた間に起こっていた事の顛末を聞いた。
「成程……皆と遊んでいて、飛んでいったボールを探しに行った鶴丸がいなくなったと……そんな事があったのか……」
「そうなんだ。……起きて早々大将には悪いんだけど、鶴丸さんの気配を探してもらえないか?」
「ああ、やってみるよ」
鶴丸の気配を探す為に、審神者は静かに目を閉じた。
周りの刀達は、審神者の集中を乱さないために、固唾を飲んでそれを見守った。
グッと眉間に皺を寄せたかと思うと、審神者は首を傾げながら目を開けた。
「大将、どうだった?」
「……変だ。気配はかなり近い。この部屋にいるのに、姿だけが見えないみたいだ。うちの刀以外に変な気配は感じられないから、怪異とかの類でも無いとは思う。……まあ、うちはまだにっかりとか石切丸とかが来てないから、そういった事は詳しくは分からないけど」
「この大広間の、どこかにいるのか?……一体どこに」
難しい顔をする審神者の言葉を聞いて、皆自分達以外誰もいない大広間を見渡した。
するとさっきまで泣いていた五虎退が、いきなり慌てて立ち上がった。
「五虎退?」
「と、虎君が……!」
五虎退の視線の先には、彼の虎の一匹が大広間の外に出ようと走っていた。
慌てて五虎退が追いかけるが、どうやら縁側の下に入ってしまったようで、彼はそれを追って縁側の下に潜り込んだ。
「わああっ!?」
「五虎退!?」
しばらくして響き渡った突然の五虎退の悲鳴に、審神者は血相を変えて立ち上がったが、近くにいた薬研と厚がそれを制した。
「大将はそこにいてくれ、敵かもしれない!」
「鯰尾兄、一緒に来てくれ」
「分かった」
薬研と鯰尾が刀を構えて、五虎退が悲鳴を上げた縁側へ向かい、厚は審神者の身を守る為に審神者の前に立ち、抜刀した状態でいつでも戦えるように構えた。
乱と前田も抜刀まではしていないが、いつでも動けるように鯰尾と薬研が向かった方を凝視していた。
五虎退の様子を見る為に縁側に向かった二振は、彼が姿を消した縁側の下を見つめた。
彼が一度悲鳴を上げてからは、特に物音がしない、恐ろしく静かだ。
「五虎退!大丈夫!?」
「五虎退、返事してくれ!」
薬研と鯰尾が呼びかけると、ずりずりと何かを引きずる音が近づいてくる。
二振が刀を構えて警戒していると、縁側から泣きながら虎を抱える五虎退が、身体中に土や埃を付けて出てきた。
汚れてはいるが、怪我をしている訳ではなさそうだ。
「五虎退、大丈夫?」
「何があった?さっきの悲鳴はどうしたんだ?」
「ひっく……い、いました……」
「え?」
薬研と鯰尾が何があったのか尋ねると、五虎退は自分の涙を片手で拭った。
「鶴丸さんが……縁側の下にいました…!」
その後、彼らよりも体格が大きい刀がライトを持って、五虎退が案内する縁側の下へ向かうと、丁度大広間の真下辺りに位置する場所に、ボールを抱えたまま眠りこける鶴丸の姿があった。
そのまま一旦大広間に寝かされた鶴丸は、肩を少し揺さぶっただけですぐに目を覚ました。
「んん……ん?」
「鶴丸!大丈夫か?」
「鶴丸さん!」
鶴丸が目を開けると、切迫した表情の審神者と、涙を目にいっぱいに溜めた五虎退が自分の顔を覗き込んでいた。
声を掛けられた鶴丸はポカンとしたまま、彼を探していた本丸の皆が固唾を飲んで見守る中、鶴丸は身を起こして自分の手を握ったり広げたりを繰り返した。
「……よく…眠れた」
自分の手を見つめたまま、驚いた顔で鶴丸はポツリと零した。
あれだけ数日上手く寝付けず、体も重くて頭にもやがかかったようになっていたのに、あの縁側で目を覚ますとそれがきれいさっぱり無くなっていたのだ。
久しぶりにすっきりした頭で辺りを見渡すと、自分を見ている仲間達の姿がとてもはっきりと見える気がした。
「起きて開口一番がそれか!」
「貴っ様、どれだけ心配したと思っている!」
鶴丸の言葉に余り声を荒げる事がない大倶利伽羅が、怒鳴りながら彼の頭を渾身の力ではたき、眉を吊り上げた長谷部が胸ぐらを掴んで前後に揺さぶった。
「いや~…すまんすまん。何か急に眠くなってな、気が付いたら寝てたんだ」
ガクガクと揺さぶられながら、鶴丸は笑いながら謝った。
そんな鶴丸に長谷部は更に何かを言おうと口を開いたが、五虎退が彼の胸元に飛び込んで床に押し倒した事で遮られた。
鶴丸は戸惑いながら五虎退の方へ視線を落とすと、彼の方が震えている事に気が付いた。
「ひっく…つ、鶴丸さん……よかったです…!」
「五虎退……すまないな、心配をかけた」
涙声の五虎退を安心させる為に、鶴丸は彼の頭をそっと撫でた。
この出来事は「鶴丸国永失踪事件」と名付けられて、この本丸初期の時代の中での大きな事件として、後に語られる事になる。

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