ゲートをくぐって本丸へ戻ると、冷たい風がヒュウと六振りの体へ向かって、吹きつけられた。
「うわっ、寒っ!」
急に来た風に加州は思わず両腕で自分を抱き込み、宗三は無言ではだけがちになっている、自分の着物の襟を直した。
季節は既に冬の終盤だというのに未だにちらちらと雪が降っている、今夜は雪が深くなる様な降り方だ。
「丁度土で汚れてもいるんだし、風呂にでも入ったらあったまるだろ」
「賛成、このまま直行しよ」
「鶴さんはどうする?先にお風呂入っていく?」
「いや。俺は先に主に報告と、こいつの顕現もして貰おうと思う。じゃあ、この場は解散だな」
そのまま風呂へ向かおうとする加州から預かった髭切を、鶴丸は軽く振って見せて、審神者がいる執務室へと向かった。
「主。第二部隊、帰還したぜ」
「ん~……」
「お帰り鶴丸。おい、鶴丸達が帰って来たぞ。起きろ」
執務室を開けると、大きな布団の塊を山姥切国広がやや乱暴な手つきで揺らしていた。
塊はぐぐもった呻き声を上げながら変形して、中からもぞもぞと審神者が這い出してきた。
「……ううっ…ふわぁ~…ああ、おかえりつるまる。……みな無事か?」
「ああ、皆軽傷にもなっていないから、そのまま風呂に行かせた。珍しいな、総隊長殿が起きているなんて」
「今日は非番だ。だが鶴丸達が出陣した後に、コピー機のインクが切れたらしく、たまたま近くにいた俺が万屋に使いに行って、先程帰ってきた所なんだ」
「成程な、まあ急ぎではないから後で出直してもいいが、今回の出陣で髭切をドロップしてな、さっそく主に顕現してもらおうかと思ったんだ」
「ひげきり……髭切!?」
「ヴッ…!」
寝起きでむにゃむにゃと鶴丸の言葉を反復していた審神者だったが、我に返ったように跳ね起きて、急に動いた審神者の頭が国広の顎に激突した。
突然の痛みに国広は呻き声を上げて蹲り、審神者もぶつかった時の痛みで後頭部を押さえて、再度布団に体を沈めた。
「ヴヴッ……」
「う゛うっ……悪いまんば……」
しばらく痛みに呻いていた二人だったが、国広は「部屋で寝る」と言ってよろよろと退室して、審神者もようやく復活して、出陣の報告を聞くために改めて正座に座りなおした。
「いてて……待たせてすまないな、鶴丸」
「いやいや構わないさ、随分といい音でぶつかっていたからな。大丈夫か?」
「ああ、もう大丈夫だ。……髭切がドロップしたんだったな」
「ああ。この通りだ」
審神者の前に鶴丸が髭切を置くと、審神者はまじまじとそれを見つめた。
「鍛刀でも中々来ないし、もっと後に来ると思っていたけど、まさか検非違使からドロップするとは思わなかった……というか検非違使ってドロップするんだ……よくやった第二部隊。膝丸も会いたがっていたからきっと喜ぶよ」
顔を上げて審神者が笑顔で労いの言葉を掛けると、鶴丸は嬉しそうに笑い返した。
「ああ、だが今の季節ではなあ……」
「そうだよな……二振がちゃんと会えるのは、もう少し先になりそうだな」
鶴丸が僅かに困ったように笑うと、審神者もそれと同じ様な表情で苦笑した。
「とはいえ、来てくれたのだからさっそく顕現しようか。今の季節から練度上げしたら、特も付いて膝丸と同じ第二部隊でも戦えるようにもなるだろう」
すぐさま切り替えた審神者は再度姿勢を正して、両手を前に構えて髭切の上にかざし、小さな声で顕現する為の祝詞を唱えた。
すると刀から眩い光が発せられてそれが収まると、白い洋装を身に纏った男が現れた。
「源氏の重宝、髭切さ。君が近代の主でいいのかい?」
凛とした声で自分の名を名乗った髭切は、審神者に向かって柔らかく微笑んだ。
それに連られて審神者も笑い返した。
「よく来てくれた、髭切。自分がこの本丸の審神者だ、これからよろしく頼む」
「うん、よろしく頼むよ。ところで……ええと……名前はど忘れしたけど、ここに弟は来てないかい?僕にそっくりな顔立ちだと思うんだけど……」
「膝丸だろう?来ているぞ」
後ろから声を掛けた鶴丸に反応して、髭切が振り返って彼の顔を見ると表情を明るくした。
「ん?おや。久しぶりだねえ、ええっと……白丸」
「色で俺の名前を判断したなきみ、俺は鶴丸だ。相変わらずだなあ髭切」
「そうだった、鶴丸だったっけ」
名前を間違われて苦笑する鶴丸に対して、髭切はふわふわとした雰囲気のまま、特に悪びれた様子も無く笑った。
「で、その膝丸なんだがな。会えなくはないが、ちゃんと会う事は出来ないんだ」
「……どういう事だい?」
鶴丸の言葉に、髭切を纏う空気の温度が数段下がった。
柔らかい笑顔は先程から変わっていない、しかし激しい戦を駆け抜けた刀は凄味が違う。
誤解をさせてしまった事に気づいた鶴丸は、慌てて立ち上がった。
「おい、ちょっと待て髭切。話にはまだ続きが……」
「続きってなあに?場合によっては君でも斬ってしまうよ」
鯉口をいつでも切れるように、刀に手を掛けた髭切は、鶴丸に容赦ない殺気を叩きつけた。
斬られてしまいそうな程の殺気を直に受けてはいないとはいえ、審神者はその場から身動きが取れなくなった。
しかし、このままでは斬り合いになりそうな状況に、審神者は力を振り絞って声を上げた。
「それはっ!……自分が、説明する」
「……君がかい?」
「……っ、ああ!」
ヒタリと視線を合わせられて、体から冷や汗が噴き出したが、審神者は逃げ出したい気持ちを抑えて頷いた。
髭切はしばらく審神者を見ていたが、視線を逸らさず真剣な目で見返す人の子に、彼は一旦殺気を納めてその場に腰を下ろした。
「じゃあ、話は聞こうか」
源氏の太刀は先程の柔らかい雰囲気とは一変、背筋が凍る様な笑顔でニコリと笑った。
「……まず、自分の体質とこの本丸の刀達の事から話す。自分は霊力の消費が激しいせいで、多めの時間を眠らないといけない体質だ。その影響で、この本丸の刀達は眠りに関して様々な事情を抱えている。どの刀剣にも例外は無い。髭切も何らかの影響はある筈だ」
「うん」
「例えばそこの鶴丸。彼は誰かに起こして貰わないと起きる事が出来ない。加えるなら土の匂いがする暗くて狭い場所だと、どんな状態でも眠ってしまう。短刀達は基本昼寝をしないと、途中で酷い眠気に襲われるし、決まった時間眠らないといけない刀だっている。まあ、体質の種類は色々あるんだ」
「それで、それが弟に会えない事に関係があるのかな?」
「説明よりも見せた方が早いか、付いてきてくれ」
本題に中々入らない審神者にしびれを切らした髭切が、再びピリピリとした空気を滲ませたので、審神者は膝丸がいる離れへ案内する為に腰を上げた。
「あれ、主?」
「燭台切、来ていたのか。いつも二振の世話をしてもらってすまないな」
離れの障子を開けると、燭台切は珍しい来客に目を丸くした。
「僕が好きでやっているからね、後ろにいるのが髭切さんかい?」
「ああ、先程顕現させたんだ」
「……?どうかしたのかい?」
新しい刀がやってきたというのに、僅かに引き攣った表情をしている審神者と鶴丸に、燭台切は違和感を感じた。
「……弟?」
そんな彼らには目もくれず、髭切はそこに横たわる刀達、正しくはその内の一振のみを凝視していた。
床に敷かれていた布団に横たわるのは、二振りの刀。
一振りは褐色の肌の青年で、暗い茶色の髪は長い襟足の先が赤みがかっている。
もう一振りは真白の肌で顔のつくりが髭切そっくりな男で、表情は目を閉じていても凛々しさが伺える。
そして特徴的な形の髪は、春の山の木々の様な薄緑の色をしていた。
「この二振りが大倶利伽羅と膝丸だ。彼らは冬になると春まで目を覚まさない。そういう体質なんだ」
髭切はしばらく自分の弟の眺めていたが、徐に膝をついて彼の顔に手を伸ばした。
少し冷たいがほの温かい、きめの細かい肌の感触が指先から伝わった。
「だから、鶴丸が言ったちゃんと会う事が出来ないと言うのは、起きた膝丸にはすぐには会えないと言う事なんだ」
「……」
「……髭切?」
「なあんだ、そう言う事だったんだね」
黙り込んでしまった髭切を伺う様に、鶴丸が声を掛けると、先程までの張りつめた空気は霧散して、顕現した時と同じ柔らかい雰囲気に戻っていた。
「いや~てっきり弟に何かしたのかと思ったよ、驚かせてごめんね。本当にただ寝ているだけみたいだね」
そう言って髭切はすっと立ち上がって、部屋の外へ出ていった。
「じゃあ僕は、この辺りを適当に見てこようかな」
ポカンとしている審神者と鶴丸の隣を横切ろうとしたが、髭切は「あ、そうだ」と何かを思い出したのか、審神者の方に向き直った。
「さっきはよく僕の殺気に耐えたね。改めて、よろしく頼むよ」
そう言って目を丸くしたままの審神者の頭を、子供相手にする様に撫でてから、その場から離れていった。
しばらくその場で固まっていた二人だったが、審神者は「はあ~~」と脱力してへたり込み、鶴丸も同じようにしゃがみこんだ。
「うわあ……怖かった~腰抜けた~」
「いやあ……すまん主。どうやら髭切に誤解をさせちまったみたいだな。正直ああしてくれて助かった」
「斬られるかと思った……基本優しそうだけど、怒らせるとおっかない刀なんだな」
「そうなんだ……正直、俺でもあいつはあまり怒らせたくないな」
「そうだな……でも」
審神者は一旦言葉を切って、彼が姿を消した方へ顔を向けた。
「膝丸に何かあったかもしれないだけであれだけ怒ったんだ。きっと弟思いのいい刀なんだろうな」
「ああ、それは俺が保証する」

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