「じゃあお風呂いきましょうか!」
夕餉に舌鼓を打った後、鯰尾はくろのすけを連れて風呂場へとやってきた。
脱衣所の入り口ののれんをくぐると、足元に虎達を待たせて服を脱ぎ始める五虎退と出くわした。
さすがに風呂場でカメラを回すわけにはいかないという事で、カメラは今日鯰尾が寝る長谷部の部屋へ置かせてもらう事にした。
「あ、鯰尾兄さん。今からお風呂ですか?」
「お、五虎退ちょうどよかった。虎達と一緒にくろのすけも桶に入れてくれない?」
「いいですよ。さっき獅子王さんが入っていったのを見たので、一緒に入れてもらいましょう」
そう話している内に、さっさと服を脱いだ二振りは、風呂の扉をカラカラと開けた。
本丸の風呂は銭湯の様になっていて、大きな浴槽が奥にあって、つるつるしたタイルの床に、山積みにされた桶、そして等間隔に設置されている鏡とシャワーの前に、プラスチックの椅子が置いてあった。
ここでは湯につかる前に髪と体を洗う決まりになっている。
「こっちか?ん~もうちょっと右か?」
浴槽の近くにあるシャワーの近くで、大きな桶で鵺を洗っている獅子王の姿が見えた。
彼自身は既に髪を洗い終えているらしく、少々癖のある金髪は頭の高い所で一つにまとめられていた。
鵺が何かを言っている訳では無いようだが、獅子王には鵺が何を伝えようとしているのか分かるらしく、鵺がかゆい所を声を掛けながら探して洗うと、鵺は気持ちよさそうに表情を緩ませていた。
「お、お前らは今からか?」
五虎退達の存在に気づいた獅子王が、顔を上げて笑いかけた。
「獅子王さん、虎君達とくろのすけさんも一緒に入れて貰ってもいいですか?」
「おういいぜ、お湯を張り替えるの大変だもんな。俺達はもう出るから、ゆっくり使ってくれ」
「ありがとうございます」
洗面器に入れたお湯を鵺にかけて泡を落としてから、獅子王は鵺を抱えて風呂から出ていった。
鯰尾達は自分の髪や体を手早く洗うと、桶に虎達とくろのすけを入れて洗い始めた。
くろのすけの毛はふわふわと柔らかいので、あっという間に石鹸が泡立って、もこもこの白い塊になった。
「かゆいところはありませんか~?」
「大丈夫ですよ」
五虎退の虎を洗うのをよく手伝っている鯰尾の手つきは、くろのすけが洗って欲しい場所を的確に洗ってくれているので、とても気持ちが良いものだった。
「ふふっ、こうして見ると鯰尾兄さん、まるで鳴狐さんみたいですね」
「え?」
自分の虎達を洗いながら、口元に手を当てて小さく笑う五虎退に、鯰尾は首を傾げた。
「こうして見ていると、くろのすけさんが鳴狐さんお供の狐さんみたいです」
それを聞いてくろのすけと鯰尾は互いの顔を見合わせると、突然鯰尾が二ッと笑った。
「くろのすけ、ちょっと狐さんのマネしてくれませんか?」
「えっ」
「ちょっとだけでいいんで!お願いします!」
「僕も見てみたいです!」
突然の頼みにくろのすけは困惑したが、今日一日案内をしてくれた鯰尾の頼みと、五虎退のキラキラした期待の目で見られると、あっさり断る事も出来ず、くろのすけは小さくため息をついた。
「……ちょっとだけですよ?」
「「はい!!」」
「……コホン、やあやあ我こそは鯰尾藤四郎とお供のくろのすけ、いざ参らん!」
「わあっ!」
「おお~っ!」
くろのすけは僅かに声を高くして、お供の狐のセリフを鯰尾風にアレンジして真似をすると、予想以上の高いクオリティに二振りは歓声を上げた。
「すごいです!そっくりでした!」
「いっそ本当に俺のお供になりませんか!?」
「ええっ!?……いえ、わたくしは政府の管狐ですので。けれどこの視察が終わるまでは、鯰尾様にお供させていただきますね」
お世辞でもその様な事を言ってくれる鯰尾に、くろのすけは少し嬉しくなって、思わず笑顔になった。
「長谷部さん!お邪魔しまーす!」
「おい、もう遅いんだ。静かに入れ」
鯰尾が一旦部屋に戻って寝間着に着替えると、今日一緒に寝る予定の長谷部の部屋へと向かった。
障子をスパンと音を立てて開けると、既に寝間着姿で文机で紙に向かって、ペンを走らせていた長谷部が、眉間に皺を寄せた。
どうやら仕事の書類の整理を自室でやっていたらしく、様々な小難しい単語や数字が、紙の上で細かく並んでいた。
「寝る前でも書類整理ですか?頭が休まりませんよ?」
もうそろそろ寝る時間の筈なのに、手を止める様子がない長谷部に、鯰尾はくろのすけを用意されていた布団に座らせてから、長谷部の肩に顎を乗せながら彼の書類を覗き込んだ。
「今日でかなりの量の書類を捌けたとはいえ、まだまだ処理しないといけない書類が溜まっている。俺もなるべく徹夜はしたくはないし、主にも夜はしっかりと眠っていただきたい。まだ余裕がある内に出来る事はやっておきたいんだ」
「真面目ですね~。正直、長谷部さん達の書類捌く当番って、もう少し刃員増やした方がいいと思うんですけどね。いつもどうしようもなく書類溜まった時、主さんもみんなも大変そうじゃないですか」
「それには俺も同意だな。せめてパソコンがまともに使える奴がもう一振り欲しい所だ……と、ここの数字はどうだったか」
鯰尾の意見に同意しながら、途中で書類に書く数字を見失った長谷部は、手を止めてそれにまつわる資料を取りに行こうと腰を浮かしかけた。
「ここは三日前の遠征部隊の資材が入って、合計玉鋼八万です」
後ろから空欄になっている場所を指さして、正しい数字を言い当てた鯰尾に驚いて、長谷部は振り返って彼を見ると、鯰尾は何も言わずにニッと歯を見せて笑った。
たまたま書いていた書類の内容が資材に関する事だったのだが、毎日の出陣や手入れ、刀装や鍛刀などで変動する資材の数字を完璧に把握しているのは、さすがは毎日五虎退と資材を管理しているだけの事はあった。
「……確かにこれで数字が合うな。助かった」
「それでこの書類は終わりですよね、じゃあもう寝ましょうか!」
そう言って鯰尾は用意されていた布団に、背中から思い切り寝転んで掛け布団を被った。
長谷部も寝る為に部屋の照明を落として、鯰尾の隣に潜り込む。
余りにも自然な動作だったため流しそうになったが、布団と鯰尾の懐の温かさでウトウトしかけていたくろのすけは、我に返って「え」と声を上げた。
「ん?どうした?」
急に起きたくろのすけに、長谷部は身を起こした。
「いえ……お二方は同じ布団で寝ているのですか?」
戸惑いながら質問するくろのすけに、鯰尾は「アッハハ」と笑い声を上げた。
「毎日じゃないですよ?昨日は隊長さんと一緒に寝ましたし……俺は毎日隊長さんと長谷部さんの部屋に、交互で通っているんです」
含みのある言い方で怪しい笑みを浮かべる鯰尾に、くろのすけは息を飲んだが、長谷部が彼の頭のてっぺんに手刀を食らわした事で、すぐにその空気は霧散した。
「あだっ!?痛いじゃないですか」
「誤解を招く言い方をするな。ただ同じ布団で寝ているだけだろうが」
「え~ちょっと冗談を言っただけなのになあ。ちょっとくらい乗ってくれてもいいじゃないですか」
軽い冗談を言っただけでかなり強い力で手刀をした長谷部に向かって、鯰尾は少し拗ねたみたいに口を尖らせた。
「もう寝るぞ。出陣はしばらく休みとはいえ、やる事は沢山ある」
「はーい、おやすみなさい」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
布団を被りなおした二振りと一匹は、あっという間に眠りの世界へと旅立って行った。

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