翌日の午後、審神者は厚の希望通りに初期第一部隊で隊長を山姥切国広、隊員を厚藤四郎、五虎退、鯰尾藤四郎、へし切長谷部、三日月宗近の六振を連れて、指定された時間に演練の会場へ向かった。
参加必須と言うだけあって、やはりいつもの演練より圧倒的に審神者や刀剣男士の数が多い。
右を見ても左を見ても人影で会場はひしめき合っていた。
「ひゃ~…やっぱり多いな」
「じゃあ主、俺は受付に行ってくる。参加リストを渡してくれないか」
審神者のすぐ後ろに控えていた国広は、立ち止まって審神者からリストを受け取る為に、手を差し出した。
「え、自分が行こうと思ってたんだけど、大丈夫か?」
「受付はいつもの演練とたいして変わらないだろう。だから大丈夫だ」
「そうか?じゃあ頼む、これがリストな」
「ああ、では行ってくる」
審神者からリストを受け取った国広は、慣れたように受付へと向かっていった。
「にしても、このメンバーで戦うのは久しぶりですね、実質薬研と厚が入れ替わっただけですけど」
国広が帰ってくるのを待っている間、壁際に凭れていた鯰尾が審神者に声を掛けた。
「ああ、今日は厚の希望で最初の第一部隊の編成でする事にしたんだ。たまには短刀脇差だけの編成以外でも戦いたいって事だったんだけど、初めてのイベントでもあったし、丁度いいかなって」
「へへっ、夜戦だけに特化してたら他の戦い方のカンが鈍っちまうだろ?だから大将にお願いしたんだ」
「厚兄さん、一緒に戦えるのは久しぶりですね」
「俺も厚とは久しぶりだな、よろしく頼むぞ」
「おう!よろしくな」
久しぶりに一緒に戦える事に嬉しそうに笑いかける五虎退と三日月に、厚も歯を見せて笑った。
「すまない、思ったより混んでいて随分待たせた」
しばらくそういった他愛ない会話をしていたら、国広が小走りで戻ってきた。
彼の手には一枚の少し大きめの紙が握られていた。
「お、ありがとうまんば。……あれ、参加リスト渡してなかったのか?」
「いや、これは今日の演練のスケジュールだ。ひとまず試合の時間まではいつもみたいに控室で待機だそうだ。ついでに相手審神者の名前は分からないが、相手が今登録している刀剣男士のリストと、それぞれの試合に設定されている戦場も載っているぞ」
「分かった、後で見せてくれ。じゃあ皆、とりあえず控室に行くとしようか」
審神者は自分の刀達を連れて、指示された控室へと向かった。
政府の役人に時々道を聞きながら入った控室は、部屋の奥の一面が大きなガラス張りの窓になっている、大きな部屋だった。
窓際には刀剣男士全員が座れる程のベンチも複数設置されており、全員で座って試合の様子を観覧できる構造になっていた。
「皆仮眠とかはちゃんと取って来たのか?」
万全に戦う為に睡眠をちゃんと取っているのか、念の為にと審神者は全員に目を向けた。
「はい。厚兄さんと三日月さんと一緒に取ってきました」
「五虎退の虎の抱き心地はよかったぞ」
「三日月さんの顔、ほとんど虎に埋もれてたけどな。あれ息苦しくなかったか?」
昼餉を食べた後で、五虎退は厚と三日月と一緒に寝ていたのだが、三日月が胸元に抱いていた虎以外は、ほとんど三日月の顔の周りで丸まって寝ていたので、最初に起きた厚は驚いて虎を彼の顔から離したのだ。
それを思い出した厚は、苦笑いを浮かべた。
「そんな事はないぞ?この前てれびとやらで見た、『ねこすい』と言うものをさせて貰った感じだ。厚も今度やってみるといい」
「そうなのか?」
「厚兄さんも吸ってみますか?いい匂いですよ」
「おっ、いいのか?じゃあ……」
三日月と五虎退に言われて興味を持った厚は、五虎退が抱えた虎を受け取って、虎の胸元に顔を埋めてみた。
「お、本当だ!いい匂いする。大将も吸ってみるか?」
「自分もいいか?……あ、本当だ良い匂い。……じゃなかった、まんば達は大丈夫か?特にまんばと長谷部」
審神者は厚が猫吸い、もとい虎吸いをしているのを見て、自分もと五虎退の虎を吸っていたが、すぐに我に返って国広達の方へ向き直った。
「俺達も、長谷部さんと隊長さんと一緒に寝てきましたよ!」
鯰尾が国広と長谷部の腕に抱き着いて、長谷部は小さくため息をついた。
「まったく…俺の仮眠はもう少し後でいいと言ったのに……」
「そんな事言って、放っておいたら長谷部はぎりぎりまで起きているだろう」
「貴様は寝すぎだ!俺が起こさなかったらまだ寝ていただろう!」
戦装束に着替えて出発ギリギリまで寝ていた国広に、長谷部が噛みついた。
「何をいう、ちゃんと装備も出かける準備もしたうえで昼寝したぞ。ギリギリまで寝る為にな」
「当然だ。じゃないと遅刻していただろう」
「まあまあ、間に合ったからいいじゃないですか」
口論になりかけて頭を突き合わせた二振りを、ベリッと剥がすように鯰尾が間に入って、国広と長谷部を引き離し、その様子に審神者が苦笑していると、控室のドアが大きな音を立てて開いた。
その音に目を向けると今日の対戦相手だろうか、審神者と同年代くらいの男性の審神者が三人、何やら楽しそうに談笑しながら控室に入ってきた。
その声は若干大きくて耳に付き、僅かに顔をしかめたくなるくらいにはうるさかった。
その内真ん中にいた男審神者が、審神者の存在に気づいて、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
その笑みに嫌な予感がした厚は、横目で審神者の方を見上げると、審神者は感情を押し殺した様な無表情で彼らの事を見ていた。
違う表情でも、それは審神者が演練の知らせの紙を見ていた時の表情とどこか似ていて、怒っている時と同じ位に冷え切った目を見て、厚はこの審神者達に会いたくなかったのかと推測した。
「なあんだ、どっかで見たと思ったらお前かあ」
「何お前、あの対戦相手知ってる奴?」
「お前の後輩か?」
「いやいや、こいつ俺と同じクラスの同期だよ。研修時代の休み時間とかいっつも寝てばかりだったからさ、しょっちゅう遅刻して講師の先生に怒られてばっかの落ちこぼれだったんだよ」
真ん中にいた男が審神者の事を馬鹿にし始めると、一緒にいた男達も同じ様に審神者の事を馬鹿にし始めた。
「マジ?何それただのクズじゃん」
「だから俺達よりも一回りレベルが低いんだな。お前のクラス、とんでもない落ちこぼれがいるって聞いてたけど、こいつの事だったんだな」
そう言って「ギャハハハ」と下品な笑い声をあげて審神者を嘲る男達に、とうとう我慢ならなくなった長谷部は彼らに激昂した。
「貴様らっ……!」
「やめろ長谷部」
冷静さを欠いて抜刀しかけた長谷部に、審神者は手で彼を制した。
「しかし!」
「下がれ」
憤慨の声を上げる長谷部に、審神者がめったに言わない命令口調で、冷たい目線を送ると彼は渋々と刀を納めて引き下がった。
険悪な空気が流れる中、そんな空気もお構いなしに演練が始まる予告のブザーが鳴った。
「おっ、そろそろ時間か。最初は俺達だっけ」
「まあのんびりやろうぜ、どうせこいつがいる限り最下位にはならねえだろ。こいつの刀もきっと寝ぼけてばっかで、鈍も同然だろうよ」
「じゃあ、また試合でな。落ちこぼれサン」
再び下品な笑い声を上げながら、男審神者達は控室から出ていった。
彼らが出ていった後の控室には、重い沈黙と冷え切った空気が流れている。
取り残された審神者と刀達は、皆無表情か怒りをこらえた顔で俯いていた。
「主!何故止めたのですか!あれだけ侮辱されたと言うのに!」
「感じの悪い奴だったな」
「馬糞投げてやりたいですね」
「あの人たち……酷いです」
「……ふむ」
彼らが居なくなって、長谷部は審神者に詰め寄り、鯰尾と厚は俯いたまま手のひらに爪が食い込む程拳を握りしめ、五虎退は涙ぐんだ。
普段から余り怒った様子を見せない三日月も、さすがに先程の者達の言葉に、着物の袖で口元を隠しながら眉をひそめた。
当の審神者は長谷部の言葉が聞こえていないのか、黙ってうつむいたままだ。
そしてそんな中、先程のやり取りから一切言葉を発していない者がいた。
長谷部の背後にいて、少し離れた所から先程のやりとりを聞いていた国広が、先程から審神者同様うつむいたままずっと黙っているのだ。
それに気づいた長谷部は、審神者が侮辱されたというのに、何の反応も示さない彼に苛立ち、今度は彼の肩に掴みかかった。
「貴様も何故黙っているんだ!あのような事を言われて何も思わなかったのか!」
「……」
それでも黙っている国広は、深くかぶっている布のせいで表情が全く見えない。
「おい、何か言っ「長谷部」」
しびれを切らして再度声を掛けようとした長谷部だったが、地の底からの這う様な声に遮られた。
国広が僅かに顔を上げると、布の隙間から相手を殺せるのではないかと思う程の、ぎらついた両眼がそこにあった。
それはかつて国広が長谷部に本気で怒った時と同じ位、もしくはそれ以上の怒りが彼から発せられていた。
その眼光にひるんだ長谷部の手を国広がパシリとはたくと、再び布を被りなおして何も喋らなくなった。
「まあまあ長谷部、その怒りは試合の為に取っておこう。……して、主よ。先程の人間から受けた侮辱、さすがの俺も腹に据えかねるが、どのようにして応酬する?」
気が付けば二振りの背後にいた三日月が、やんわりと長谷部の背中を押して国広から離れさせた。
そして改めて審神者の方へ振り向いた彼の口元は微笑んでいたが、その瞳はぞっとする程冷たかった。
「……相手の刀剣男士のリスト、見せてくれ」
審神者が手を出すと、国広がリストを渡した。
それにサッと目を通すと、片手で手招きをして自分の刀剣男士を周りに近づかせた。
「全員で三試合する予定だったが編成を変える。まず第一試合、設定された戦場は森の中の野外戦。編成は五虎退、厚藤四郎、三日月宗近。相手は太刀と打刀がメインの部隊だ。五虎退は駆け回って相手を翻弄しながら、足を中心に攻撃して相手の体力を削れ。厚はそれで出来た隙を狙って止めを刺せ」
「はい」
「ああ、任された」
五虎退と厚は静かな目で審神者に頷いた。
「三日月は囮と盾だ。最初の遠戦で引き付けて攻撃を出来るだけ防いで、五虎退と厚への注意を逸らしてくれ。もちろん斬りかかってきた相手は必ず倒せ」
「相分かった。任されよう」
三日月も緩く微笑んで頷いた。
「次、第二試合。戦場は夜の市街戦。編成は鯰尾藤四郎、へし切長谷部。こっちの相手の編成は逆に短刀がメインだ。おそらく隠れながら銃兵と奇襲で攻めてくるだろう。刀装で奇襲のリスクを減らしながら、一振りずつ叩きのめせ。刀装の使い方はそっちに任せる」
「分かりました」
「かしこまりました」
鯰尾と長谷部は背筋を伸ばして、真剣な顔で小さく頷いた。
「最後、第三試合。ここは隠れる場所は何もない、ただの平原での戦いになる。編成は……山姥切国広のみ」
「……ああ」
うつむいたままの国広の元へ、審神者が一歩歩み寄った。
審神者が顔を上げて、国広の顔を下から見上げえると燃えるような強い眼光が、殺気と言う形で審神者を真正面から襲い掛かる。
審神者はそれを物ともせず、その目をじっと見据えていた。
「指示はしない、自由に動け。……うちの本丸を侮辱した事、徹底的に後悔させろ」
「もちろんだ」
「皆も同じだ。こちらは相手の一部隊を倒すのに、六振りもいらないと言う事を分からせてやれ。一切容赦しなくていい。必ず勝って、先程受けた屈辱を晴らしてこい」
振り返って全員に告げる審神者の目は、国広の目と同様刺す様に冷たかった。

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