十一、初期第一部隊の逆鱗

刀剣乱舞合歓木本丸小説

 仮想の雲一つない夜空に偽物の月が浮かび、密集した木造の建物の屋根が青白く照らされている。
死角が多い市街戦では、やはり体が小さく物陰に隠れるのが上手い短刀が有利だ。
相手部隊の刀達は、それぞれ奇襲しやすいように、それぞれ物陰に隠れていた。
一方鯰尾を長谷部は彼らと対称的に隠れる様子はなく、大胆にも屋根の上で待機をしていた。
冷たい夜風が鯰尾の長い髪をフワリと持ち上げた。

「うーん、やっぱり俺達の索敵能力じゃあ、相手の気配も読みにくいですねー」

 屋根の縁にしゃがみこんで、額に手をかざして遠くを見渡す鯰尾がそう言いながら、長谷部に索敵失敗の旨を伝えた。
長谷部もそれを予想していたのだろう、特に気にした様子もなく小さく頷いた。

「仕方ないだろう、相手は短刀中心の編成だ。それも覚悟の上で主は部隊を編成されたのだろう」
「夜戦だったら、厚と五虎退でもよかったかもしれませんね」
「短刀同士なら実力が拮抗しやすい。そうなればこちらは数で負ける。ならば夜戦でも支障なく戦えて、短刀より耐久力がある脇差や打刀がいいだろうな」
「それで俺達がこの戦場なんですね」

そんな会話をしていると、二振りに項がチリチリする様な感覚が走った。

「そろそろ来るぞ、特にお前は遠戦が終わるまで、絶対刀装を持っていかれるなよ」
「はーい、わかってます」

 試合開始の合図が鳴ったと同時に、四方からの銃撃が二振りに襲い掛かった。
それを鯰尾は屋根に張り付くように伏せて、銃弾を全て回避した。
地面に伏せたまま、鯰尾が肩越しに振り向いて長谷部の様子を見ると、彼は一発頬を掠めただけで大した傷にもなっていなかった。

「鯰尾!どっちだ!?」
「あの建物からあそこまでをお願いします!俺はその反対側をやります!」
「わかった!」

頬の傷から滲んだ血を、手袋を嵌めた手の甲で乱暴に拭いながら叫ぶ長谷部へ向かって、鯰尾は指示を出しながら隣の建物の屋根に飛び移った。
長谷部と鯰尾は互いに正反対の方向に投石兵を展開して、四方八方に投石した。

「いっけーっ!」
「隠れても無駄だ!!」

投げられた無数の石礫に、木で作られた建物はひとたまりもなく、大きな音を立てて広範囲に破壊された。

「うわっ!?」
「ああっ!」

 相手を狙い撃ちするのではなく、ただ建物を壊す目的として投げられた投石に、相手部隊の刀達は隠れていた場所の悉くを壊されていた。
相手部隊の隊長が、ざっと自分の部隊の様子を確認すると、反応が遅れた短刀が一振り戦線崩壊になってしまっていた。

「もう、めちゃくちゃですね!」
「あれってありなのかよ!」

 時間遡行軍相手でも食らった事がないような投石の使い方に、相手部隊の刀達はそれぞれ抗議の声をあげながらがれきから何とか這い出した。

「あっははは!建物を壊してはいけないなんてルールはありませんよ!」
「通常なら歴史が変わってしまうから不可能だが、ここは造られた仮想の戦場だ。ルール上は問題ない」

鯰尾はけらけら笑いながら、長谷部は相手を挑発するような笑みを浮かべながら、相手の刀達を見下ろした。

 隠れる場所を失った事で、奇襲する事が出来なくなった相手部隊は、同時に一斉に攻撃する短期決戦に持ち込んだ。
一対一なら分からない勝負でも、鯰尾と長谷部は今互いに距離が開いていて、何かがあってもすぐに援護に向かう事が出来ない。
それならば多方向からの同時攻撃で、一振りずつ確実に倒せるだろうと踏んでの判断だった。   
 まず鯰尾の方へ向かった二振りは、彼がいる屋根にそれぞれ正反対の方向へ登って、同時に彼を仕留めようとした。
彼がいる屋根の上に上るには足がかりが少なく、もう一振りは隣の建物の屋根に上って飛び移る事にした。
格子窓に向かった刀は、窓に足をかけて足場にしてから、屋根の縁に手をかけた。
身体を上に持ち上げる為に腕に力をこめると、彼の手を挟む様に肩幅に足を広げて立ち、体をくの字に曲げて見下ろす鯰尾がいた。

「あははっ、残念でした!」

戦にそぐわないくらいの無邪気な笑顔を浮かべたかと思うと、鯰尾は相手が屋根の縁を掴んでいた手をサッと斬りつけた。

「いっ…!わああっ!?」

 突然の痛みに反射で手を引っ込めてしまったせいで、相手は体勢が崩れて地面に真っ逆さまに落ちていった。
そうしている間に、反対側から上ってきた一振りは、味方がやられてしまった事に動揺しながらも、こちらに背を向けたまま動かない鯰尾に忍び寄った。
急所に狙いを定めて刀を振り上げたと同時に、バッと鯰尾が振り返って相手に向かって刀装を投げつけた。
何かの攻撃かと咄嗟にそれを斬りつけると、それはパリンと透き通った音を立てて砕け散った。
相手が刀装に気を取られている隙に、鯰尾は彼の足元で低い姿勢を取り、そのまま飛び上がる勢いで相手を斬り上げて、一気に戦線崩壊まで追いやった。


 一方長谷部の方へ向かった刀達は、三振り同時に一斉に畳みかけようとしていた。
いくら打刀として機動力が高い長谷部も、小回りがきく短刀で一気に襲い掛かり間合いに入られてしまっては、咄嗟の防御は難しい。
奇襲が出来なくなった今では、もはや隠れる必要はない、そう思った彼らは真正面から長谷部の方へ駆け出し、一振りは高く跳躍して、残りの二振りは直前で向きを変えて、違う方向から長谷部に襲いかかった。

 長谷部は刀を抜いたまま構えることはせず、向かってくる刀達を見据えながら、後ろに跳躍して彼らの攻撃を回避すると、その反動を使って深く踏み込んで、一番近くにいた刀の急所を一突きで仕留めた。
そのまま相手を突き刺したまま向きを変えて、正面から飛び掛かってきた相手が着地するタイミングで、自分の刀に刺さったままの体を彼に向かって蹴り飛ばして、咄嗟にそれを受け止めた相手を横薙ぎに圧し切った。
 その時の攻撃で出来た僅かな隙を待っていた最後の刀は、斬られた味方の影に隠れて長谷部の懐に入り込み、己の刀を突き出した。
それを視界の端で僅かに捉えた長谷部は、鞘や自分の刀での防御が間に合わないと判断し、あえて自分の左腕で攻撃を受けた。
急所を突くつもりで突き出した刀は長谷部の腕に深く突き刺さり、すぐには抜く事が出来ない。
それを分かっていた長谷部は、痛みを物ともせずニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「死ななきゃ安い……!」

長谷部が刀が突き刺さったままの腕を自分に向かって乱暴に引き寄せると、自分の刀を手放さなかった相手は突然引っ張られてよろけた事で大きく体勢を崩してしまい、そのまま長谷部の刀の餌食となった。


「これで俺達の勝ちですね!腕大丈夫ですか?長谷部さん」
「これくらいは平気だ。お前は大丈夫か?」

 長谷部が血ぶりをして刀を納めていると、屋根づたいに身軽に飛びながら鯰尾がやって来て、彼に声を掛けた。
怪我を心配する鯰尾に、長谷部は何てことないように、さっきまで刀が突き刺さっていた腕をぶらぶらと軽く振った。
長谷部も鯰尾に怪我はないか尋ねると、鯰尾は「大丈夫ですよ!」と歯を見せて笑った。

「俺は刀装で防いだんで軽傷にもなってませんよ。いや~もし相手が全員極めてたりしていたら、俺達やられてましたね」
「確かにこれでは無駄が多い。せめて遠戦の時点でもう一振り戦線崩壊にさせるべきだったな。……投石兵で狙い撃ちとかが出来ればいいのだが」

 長谷部が顎に手を当てて先程の戦闘を思い返すと、鯰尾も「そうですね」と彼と同じ様に顎に手を当てた。
鯰尾は刀装の扱いに長けており、遠戦での戦略を立てるのが得意で、この作戦も鯰尾が立てた物だ。
実際の戦場での遠戦で、彼が立てた作戦で戦術の幅が広がり、部隊を救った事も少なくない。
その為たまに新しく来た刀相手を中心に、遠戦に使う刀装の使い方を教えていて、長谷部自身も彼の手ほどきを何度か受けていたら、投石の命中率が格段に上がった。

「今回は奇襲を避ける為に出来るだけ広範囲に投石を降らせて、相手に当たれば儲けものって感じだったんですけど……相手の銃兵が展開された時に場所を特定できていたら、もう少し狙いを絞って相手数振りだけを完全に足止めさせても良かったかもしれませんね。相手に直接ぶつけて戦線崩壊出来れば理想ですけど、相手も動くので避けられちゃいますし」
「またご教示願おうか」

すぐに次の戦略を練り始めた鯰尾に、長谷部が二ッと笑うと、彼も拳を胸に当てて不敵に笑い返した。

「任せて下さい!じゃあ、俺達も隊長の試合見に戻りますか」
「ああ。あいつの相手部隊の審神者は、主を侮辱をした主犯だ。あいつが片を付けなければ、こちらも腹の虫がおさまらない」

二振りは最後の試合、国広の試合を見るために、仲間が待つ控室へ向かった。



「……隊長、いけるか?」
「ああ」

 他の試合が行われている間、試合を見る事無くずっと審神者の隣に座って下を向いていた国広に厚が声を掛けると、顔を上げること無く、短く簡潔な返事が返ってきた。

「刀装はどうします?長谷部さんの投石兵と交換しますか?」
「いや、いい。軽騎兵だけで十分だ」

一振りで一部隊を相手にするので、遠戦で有利な戦運びにする為に鯰尾が刀装を変えるか尋ねると、国広は最初から持ってきていた軽騎兵の刀装を二つ取り出して見せた。

 最後の試合開始五分前のブザーが鳴った瞬間、国広がゆらりと立ち上がると、纏っている空気がガラリと変わった。
ぐつぐつと煮えたぎる程の怒りに加えて、仲間である刀達でも後ずさりしたくなる程の威圧感。
本丸にいる多くの刀達を数年間まとめ上げ続けた事で身に着けた、本丸の総隊長としての顔になっていた。

「必ず、勝ってください。隊長さん」
「この戦い、必ず勝たねばならんぞ。総隊長殿」
「貴様が勝たねば、俺達が勝っても意味はないからな。主の為にも必ず勝て」
「分かっている。……では行ってくる」
「山姥切国広」

 試合会場へのゲートへ向かおうとした国広を、立ち上がった審神者が名前を呼んで呼び止めた。
呼び止められた国広は、一旦立ち止まって真っすぐ自分を見つめる審神者の正面に立った。

「……勝ってこい」
「御意」

長い沈黙の後の審神者の命令に、国広はその場で片膝をついて頭を垂れると、サッと立ち上がってそのまま颯爽とゲートへ向かっていった。

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