「や、山姥切」
夕餉もとった後で、今夜は図書室にでも行ってみようかと廊下を歩いていた山姥切は、突然後ろから声を掛けられた。
振り返ると、久しぶりにまともに顔を見た国広が立っていた。
内心意外に思いながらも、彼は足を止めて国広に向き合った。
「何かな?」
「お、俺と手合わせをしてくれにゃいか!?」
緊張のあまり噛んでしまった事に、国広は口を押さえて顔を真っ赤にした。
「は?」
ずっと話しかけてこなかった相手からいきなり手合わせを申し込まれて、山姥切は思わず素の声が出た。
「俺と手合わせをしてくれないか」
「いや、言い直さなくても聞こえているよ。どうして俺が偽物くんと手合わせをしないといけないのかな」
彼が訳を聞くと、国広は仕切りなおすように深呼吸をすると、顔を上げて山姥切を見据えた。
「ここにきてから、あんたずっと眠れていないだろう?俺も俺なりに原因を考えてみたんだ。遠征と内番をこなしてはいても、実は眠くなる程疲労が溜まっていないんじゃないかと思ったんだ。ならばいっそ、へとへとになるまで体を動かしてみた方がいいんじゃないかと思っ、てな……どうだろうか?」
最初は普通に喋っていた国広だったが、だんだん山姥切の顔を直視できなくなって、終いに言葉は尻すぼみになって、そのままごにょごにょと言いながら、俯いてしまった。
対して山姥切は、彼の考えに素直に感心していた。
山姥切は今までなるべく体をリラックスさせて、眠りにつく事を意識していたが、逆に激しく体を動かして疲労困憊にさせて眠気を誘おうというのは、考えた事が無かった。
終いには自信が無さそうに俯いてしまったが、彼の仮説は筋が通っていて、癪ではあるが納得して聞き入れる事ができた。
「成程。その可能性は考えた事が無かった。確かに試してみる価値はあるかな。で、いつするんだ?」
「え?」
「えっ」
手合わせの予定を聞こうとすると、不思議そうに顔を上げた国広に、山姥切は僅かに眉を寄せた。
「えって、お前が言ったんだろ。するのか、しないのか、どっちなんだ」
「いい、のか?正直断られると思っていたんだが」
「そこまで必死そうに言っているのを見てたら、さすがに無下にはできないだろう。遠征と内番ばかりで、そろそろ思い切り体を動かしたかったから、こちらとしても好都合だ。いつやるんだ?」
言葉の意味を飲み込むまで、国広はしばらく目を瞬かせていたが、ようやく彼の言葉が理解できると、目をキラキラさせて背中を向けたかと思うと、両手でガッツポーズを決めた。
普段遠くから見ている姿とはあまりに離れている様子の彼を見て、山姥切は「えぇ…」と軽く引いた。
「……何かお前、キャラ変わってないか?」
「山姥切、じゃあ今からやろう」
「今から?」
さっきの緊張した自身のない様子とは打って変わって、今度は目を輝かせて食いついてくるみたいに迫ってくる。
昔の小さい時はもう少し大人しくなかったか?と思いながら、距離を詰めてくる国広をやんわりと押し返した。
「もう夜遅い。寝ている刀もいるのにうるさいに決まっているじゃないか。明日の朝でもいいだろう」
「大丈夫だ。明石に防音の札を譲ってもらったし、道場の使用許可は主から貰っている。俺も途中で寝落ちしないように、できるだけ昼寝したし、明日は非番だからいくらでも付き合えるぞ。……だめ、だろうか?」
後ろにペタンと倒した犬の耳の幻覚が見える位に、眉をㇵの字にして聞いてくる国広に、山姥切の方から折れる事にした。
「……仕方ないな。そこまで用意しているのなら付き合ってやるよ」
「ありがとう。じゃあ、すぐに着替えてくるから、山姥切も用意出来たら道場に来てくれ。ゆっくりでいいからな」
「はいはい。廊下は走るなよ」
「わかっている!」
足取り軽く、国広はその場を離れて自分の部屋へ戻っていった。
手合わせに付き合うだけであんなに嬉しそうに走っていく彼を見るのは、案外悪く無いかもなと感じた。
「真剣にするか?木刀にするか?」
「手合わせで主に手入れさせる訳にはいかないだろう。本当は真剣がいいけど、木刀だ」
「分かった」
用意ができて道場に来た国広は、壁にかけられている木刀を二本手に取って、その内の一本を山姥切に手渡した。
彼は国広から木刀を受け取ると、両手で構えて何回かそれを振りかぶって、木刀を振るう感触を確かめた。
「手合わせのルールはあるのかな?」
「特に設けてはいない。実践にルールなんて無いのだから、互いに好きに打ち込んだ方がいい。今回は先攻後攻で、最初に攻撃を仕掛けるのを交代でするのはどうだろうか?」
「それもそうだな。それで構わない」
「山姥切は先攻後攻どっちがいい?俺はどちらでも構わないが」
「そうだな。……では先攻にしよう」
「分かった。では俺は後攻だ」
二振りで先攻後攻を決めると、国広も所定の位置についた。
彼も木刀を何度か握りなおしながら、自分が一番振るいやすい持ち方を探した。
「ではこちらから行こうか」
「ああ、いつでも来てくれ」
国広が構えるのを見てから、山姥切は真正面から突っ込んでいった。
渾身の力を込めて振り下ろされた木刀を、国広は難なく受け止めた。
正面からぶつかり合った木刀は乾いた音を響かせて、しばらくギリギリの押し合いが続いたが、二振りの間にある大きな練度差で、すぐに山姥切が押されはじめる。
それを分かっていた山姥切は、すぐに後ろに飛びのいた。
「さすがに練度がここまで離れていると、正面から責めるのは不可能だな」
「それならどうする?次は俺から行くぞ」
「戦法を変えるだけだよ。来い、偽物くん」
山姥切が構えなおすと、今度は国広が正面から突っ込んで、彼に向かって突きを繰り出した。
最初に突っ込んだ山姥切とは段違いの早さを体感して、彼は目を見開いたが、最小限の動きでそれを横に避けた。
躱された国広は片足を踏ん張って、追撃をしようとしたが、その前に山姥切が彼の肩に肘鉄を食らわせた。
不意の衝撃に体勢を崩しかけたが、片足を大きく前に踏み出して転倒する事だけは防いだ。
国広そのまま切り返して大きく木刀を横に薙ぐと、山姥切はそれを軽く流して彼の木刀の軌道を逸らすと、体勢の立て直しがまだ出来ていない所を狙って、強めの足払いを掛けて今度こそ国広を転倒させた。
「……っ!」
不意を突かれて転倒してしまった国広は、床に強く打ち付けた痛みに小さく呻いたが、天井を見上げると木刀を突き刺そうとする山姥切を視界に捉えて、慌てて横に転がってそれを回避した。
「……さすがだな、山姥切。今のは危なかった」
「世辞はいい。あれくらいお前なら余裕で避けられただろう」
「急所を本気で狙われたら俺だって本気で避ける。正直折られるかと思った」
「実践さながらの訓練って大事だろう?今度はこちらの番だ」
「ああ」
「遅い!!」
「ぐっ!」
手合わせを始めてから、何回も先攻後攻が入れ替わった。
まだ特も付いていない山姥切は、練度差がかなり開いてしまっている国広相手に、真正面からの打ち合いではまだ勝てないので、彼の攻撃を受け流してはその僅かな隙をついて攻撃を繰り返していたが、集中力が切れ始めて肩で息をしている位に体力を消耗していた。
相手の国広も多少息は乱しているが山姥切程では無く、目に強い光を湛えてこちらを見据えている。
それが山姥切にとって、今の彼との実力の差を感じさせた。
しかし、それを悔しく思いながらも、それ以上に高揚感を感じていた。
何故なら今握っているのは自分の刀ではないが、思い切り体を動かしているのは本当に久しぶりだったのだ。
内番の畑当番と馬当番と遠征ばかりで、手合わせも程々に終わってしまい全然物足りなかったのだ。
本丸の皆には特に説明してはいないが、政府では主に戦闘がメインで一日中刀を振るっていたので、知らず知らずの内にフラストレーションが溜まっていたのだ。
やはり土いじりや敵の視察をしているより、こうして思い切り体を動かしている方が性に合っていると思いながら、山姥切は知らず知らずのうちに口の端を吊り上げていた。
楽しいと思っていてもやはり限界は来るもので、とうとう体力に限界が来た山姥切は、足をもつれさせて盛大に転んだ。
手に持っていた木刀も、カランカランと音を立てながら遠くに転がっていったが、取りに行く体力も残っておらず、そのまま床に大の字になって荒い呼吸を繰り返した。
「山姥切!?大丈夫か!?」
そろそろ限界だろうかと止め時を考えていた国広は、派手に転んだ彼に驚いて、持っていた自分の木刀も放り出して、慌てて駆け寄り彼の顔を覗き込んだ。
「はあ、はあ……ははっ」
「山姥切?」
「あっはっはっは!!」
床に大の字になってようやく息を整えた山姥切は、手足を投げ出したまま、突然大口を開けて笑い出した。
「や、山姥切?大丈夫か?」
「足も痛いし重いし、腕はもう上がる気はしないし、握力も無くなってしばらくは刀は持てそうにない。偽物くんにはまだ勝てないから腹が立つし、汗まみれだしもう立ちたくないくらいだ!ああスッキリした!!」
急に笑い出しておかしくなってしまったのかと心配する国広をよそに、山姥切は満面の笑みで大声を上げた。
「えっと……それは良かったのか?」
「ああ。誘って貰って良かったよ偽物くん。久しぶりに思い切り体を動かしただけで、こんなに気分がすっきりするとは思わなかった」
「そうか。気分転換になったようで良かった」
ちゃんとした感想を貰えて、国広はようやくホッとしたように笑った。
そして本題に入る為に国広は、彼の隣に足を投げ出して座った。
「山姥切、眠気は来そうか?」
「さあね、分からないな」
「……そうか」
肝心の山姥切の眠気が来なくて、国広はあからさまに残念そうな顔をした。
「そんな残念そうにしなくても、これで可能性が全部消えた訳じゃないだろう?これが駄目ならば他の方法をまた探せばいい」
「……そうだな」
「そういえば、何故今になって俺に声を掛けに来たんだ?生活リズムが違うとはいえ、俺とお前は碌に会話もしなかったし、会いに来ようともしなかっただろう?俺はともかく、お前は俺に会いたくなかったんじゃないのか?」
「会いたくない訳無いじゃないか!……あ」
山姥切の言葉に国広は大声を上げて反論した。
突然の彼の大声に驚いて目を丸くする山姥切の顔を見て、国広は「しまった」とでも言う様な顔をしたかと思うと、顔を赤くして布のフードを下げると、体育座りをした膝の間に顔を埋めてしまった。
「え、何だよその反応」
「いや、あの……」
口ごもる国広を見て「こいつ本当にさっきまで手合わせしていた奴か?」と思いながら、山姥切は少しじれったくなって続きを促した。
「気になるだろう。何かあるなら言えよ」
「……ずっと、あんたと話をしてみたいとは思っていたんだ」
国広は目を逸らしながらも、ぽつりぽつりと自分の思いを打ち明けた。
「あんたは俺にとっては憧れみたいなもので……だから、いざあんたを目の前にすると、普通の顔をして会話できる気がしなくてな。……それに、あんたは今その体質の事で大変そうだったから、俺なんかと話していらない心労をかけたくなかったんだ」
「……」
「それで俺がうじうじしていたら、同田貫から喝を入れられてな。難しい事を考えるなら、当たって砕けろと言われた。砕ける覚悟を持って挑めば、あんたとも話ができると思った」
「いやそんな事で砕けるなよ」
「俺にとってはそれくらいの覚悟が無いと、とても話しかけられなかったんだ。おかげであんたと手合わせができた」
思わず山姥切がツッコんだが、国広は気にした様子もなく話を続けた。
今まで彼の話を聞いていた山姥切は、「はあ~~~」と盛大にため息をついた。
「そんな事しなくても、たまになら話位聞いてやるのに」
「えっ」
呆れたように言う山姥切に、国広は思わず聞き返した。
「確かに『山姥切』の名で顔を売っているお前の事は気に食わないが、頭からお前の事を嫌っている訳じゃない。……主の逸話に対する考え方も、俺にとっては納得できる物だったし。ここに来る前に身構えていたよりは気が楽だからね」
山姥切は顕現してから数日、眠れていない事を審神者に相談していた時に、『山姥切』の逸話についても話をしていた。
審神者は今まで顕現した彼以外の逸話を持った刀達と同様に、自分で逸話の真実を突き止める手立てがないので、彼の逸話を完全に肯定する事は出来ないと正直に謝罪した。
その代わり彼に「過去にどれだけすごい物を斬ったとしても、今斬れなければ意味が無い。だから実際に昔山姥を斬った事の証明より、山姥を斬れる位の力量を、今この本丸でこれから見せて欲しい」と伝えた。
遥か昔の刀の逸話は、事実が曖昧な事も少なくない。
しかしその逸話を軸にして、顕現している刀もいるのも事実だ。
なので、正しいかどうか分からない逸話を否定する事無く、刀の力量のみを見ようとする審神者の姿勢は、山姥切にとっては納得ができる物だった。
「今にこの体質と付き合えるようにもなって、偽物くん以上の働きを見せるつもりだ。山姥すら斬れる本物の刀の切れ味、この本丸で証明してみせるさ」
「そうか。ならば俺もそれに負けないよう、精進しないといけないな」
そう言って強気な笑みを浮かべて、国広を見上げる山姥切を見て、国広も負けじと強い笑みを浮かべた。
国広がふと顔を上げると道場の格子窓の隙間から、僅かに白んだ空が見えた。
「そろそろ日の出か……今日の所はこれで切り上げるか。木刀はこっちで直しておくから山姥切は風呂でも……山姥切?」
「……」
国広はいつの間にか返事が聞こえなくなった山姥切の顔を覗き込むと、彼はどこか満足げな顔をして目を閉じていた。
彼の口元に耳を寄せると、すう、すうと規則的な呼吸音が聞こえてきた。
「眠った……のか?」
国広の声にも反応する様子はなく、中々深い眠りについたみたいだ。
彼の寝顔をしばらく見ていると、国広の方にも強い眠気がやってくる。
本来二回連続で出陣すると、霊力が枯渇して起きられなくなる程の眠気が来る体質だ。
昼寝を多めにとっておいたとはいえ、夜通し手合わせをしたので、国広も相当な霊力を消費していた。
くわ、とあくびをすると、国広は彼の隣に寝転んだ。
うとうとと、まどろみながら「このままだと風邪をひくな」と思い、国広は結んでいた紐をほどいて自分の布を取ると、自分と山姥切に被さる様に布をかけた。
「おやすみ……やまんばぎり」
彼の寝顔を見つめながら、国広も目を閉じた。
翌日、汗をかいた状態で早朝の寒い道場の床で寝ていた国広は、盛大に風邪をひいて、兄弟の堀川や同じ部隊の長谷部に叱られた。
対して山姥切の眠りは深く、彼は自分の部屋に運ばれてからも起きる様子はなく、それから丸一日目を覚まさなかった。
心配する他の刀をよそに、ようやく目を覚ました山姥切は、それはもう清々しい顔で大広間で皆に「おはよう」と言ってみせた。
道場で夜通し手合わせをしてようやく眠れた事に、彼の体質についての糸口を見つけた薬研は、審神者と相談して全部隊の隊長を伴って、山姥切を出陣させる事にした。
国広の霊力枯渇と長谷部の制限時間も考えながら、彼が赤疲労になるまで連続で戦場へ向かわせて、とうとう山姥切は再び眠りに落ちた。
それから何回かの検証を重ねた結果、山姥切は赤疲労になるまで一切眠気が来ず、一度寝ると丸一日起きない体質だと判明した。
彼の体質が判明してからは、彼の出陣や手合わせのスケジュールが見直され、三日から五日に一日は眠れるように、出陣の日を少なくする代わりに、一日の出陣回数を増やして疲労を蓄積しやすくした。
それでも足りない時は、出陣回数が少ない者や、希望者を募って彼が疲れ果てるまで手合わせをした。
そのまま道場で寝落ちする事もあったので、道場の片隅には布団が置かれるようになった。
「やあ偽物くん、明日は非番だろう?俺の睡眠の為に手合わせ願おうか!」
「や、山姥切。……写しは偽物とは違う。もちろんだ、すぐに用意してくる」
そして国広と山姥切は、あの手合わせ以来特に何かが変わった訳ではないが、時折山姥切の方から彼に手合わせを申し込み、それに嬉しそうに応じる国広の姿が見られた。
2020年11月26日 Pixivにて投稿

コメント