「うおっ!?」
加州が道場に向かっている途中、どこからか驚いたような声と、バサバサと何かが崩れ落ちる音が聞こえてきて、思わず足を止めた。
加州が音の方に駆け寄ると、図書室の入り口にたどり着いた。
道場の方を見に行くつもりだったが、そういえばここはまだ見ていない事を思い出した加州は、ついでに様子を見ておこうと、図書室の入り口のドアを開けた。
「あれ、誰もいない?」
図書室に入ると、そこには人影が一つも無かった。
図書室の管理は大倶利伽羅に任されているが、今彼は冬になると春になるまで起きない体質によって、同じ体質の膝丸と一緒に離れで眠っている。
なので彼が仕切る図書当番である鶴丸国永、髭切の二振りがここの掃除を任されていた。
しかしその二振りは今は姿が見えず、普段から静かな図書室は今では物音一つもしない沈黙の空間になっていた。
「鶴丸と髭切どこいったんだろう、ここはもう終わったのかな」
「……ぉ……い」
「え?」
ふと聞こえてきた小さいくぐもった声に、加州は耳をすませた。
「ぉ…ぃ」
「え、この声どこから?」
時折聞こえてくる声に、加州が辺りを見回しながら図書室の奥へ進んでいくと、遠くの本棚からバサッと本が落ちる音がした。
音の方へ進むと、本棚の中が崩れてしまったらしく、大量の本が床に山になっていた。
そしてその山の中から、白くて細い腕が伸びて、ふらふらと宙に揺れていた。
「うわっ、ちょっと大丈夫!?」
慌てて加州がしゃがんで山になっている本をどかすと、その中から鶴丸が這い出てきた。
鶴丸は体についた埃を簡単に払うと、その場に胡坐をかいた。
「いや~助かった。ありがとうな加州」
「も~何やってたの?髭切は?」
「髭切には古い本を外に持って行って、埃を払ってもらっている。それで俺は本をどかしながら本棚を雑巾がけしていたんだが、棚の上に一時的にどかしていた本を引っかけてしまってな。下敷きになって身動きが取れなくなっていたんだ。いや~驚いたぜ」
鶴丸が渇いた笑い声を上げながら頭を掻いているのを見て、加州は少し呆れたように溜息をついた。
「はあ……まあ怪我がないならいいけど。ここの掃除はどう?終わりそう?」
「そうだなあ……今年は予想以上に本の量が増えていたみたいでな。実はまだ半分しか終わっていなくて、もしかしたら今日中は間に合わないかもしれないな」
「う~ん。去年は何とかなっていたから十分何とかなると思ってたけど、来年はもう少しここの割り振り考えるよ。……こうしてみたらほんとに本が増えたよね、ここ」
加州は立ち上がって、図書室を見渡した。
元々書庫に入りきれなくなった本を保管する為に造られた場所だったが、空の部分が多かった本棚も、今ではかなりの量が埋まっている。
様々な分野の古い専門書から、恋愛小説や推理小説、果ては漫画や絵本など本の種類は豊富で、そして棚ごとに綺麗に分けられて整理されている。
そこに大倶利伽羅の本に対するこだわりが感じられた。
「ああ。伽羅坊が他の刀の希望を聞いて、少しずつ増やしていったからな。随分と立派になっただろう?」
鶴丸はまるで自分の事の様に、誇らしげに歯を見せて笑った。
「あれ?紀州君だっけ?」
背後から全く覚えの無い名前で呼ばれた加州が振り向くと、重そうな大きな本を何冊も抱えた髭切が、不思議そうな顔で立っていた。
「紀州って、なんか一文字ずれてんだけど……俺は加州ね。お疲れ髭切」
「うん、お疲れ様。そんな所で何していたんだい?随分本が散らばっているけど」
「いや~実は本の下敷きになってしまってな。さっき加州に助けてもらったんだ」
「ありゃりゃ。でもまあ、怪我がなくてよかったねトキ丸」
「ははは、とうとう天然記念物になっちまったな。俺は鶴丸な」
鶴丸の頭についている埃を、髭切はほわほわと笑いながら払い、鶴丸もケラケラ笑いながら自分の名前を訂正した。
「う~ん……他の誰かに手伝いを頼んだ方がいいかな」
マイペースに笑いあう年長の刀二振りを見ながら小さくため息をついて、加州が今まで回っていた所で手が空きそうな人材を考えていると、図書室の外が騒がしい事に気が付いた。
随分と大人数だなと思いながら何気なく加州が入り口から外を覗くと、道場の掃除を任せていた短刀達が道具を抱えて歩いていた。
「あ、加州さんお疲れ様!!」
「道場の掃除が終わったから、ちょうど見てもらおうと思っていたんだ」
道場の掃除の指揮を任せていた乱藤四郎と厚藤四郎が、図書室の入り口から顔を覗かせていた加州に気がついて立ち止まった。
「お疲れ、そっちもう終わったんだ。終わってすぐで悪いんだけど、何振りかここの掃除を手伝いに回せそう?図書室の本が思っていたより増えてたみたいで、鶴丸達じゃ今日中に間に合いそうになくてさ」
「おう、いいぜ。じゃあこの道具を片付け終わったら、みんなと一緒に手伝いに来るよ」
「助かるよ。床を拭いた雑巾は使えないから、本棚を拭ける位の綺麗な雑巾と、はたきを持って来てもらった方がいいかも。俺はこれから道場をチェックするから、どっちか一緒に来てくれる?」
「じゃあボクが行くよ!厚、みんなとここの手伝いお願いね」
「おう。そっちは任せたぜ」
乱は加州に付いて行く事に手を挙げて、厚に自分が持っていた使い終わった雑巾を入れたバケツを手渡した。
「行こう、加州さん!」
「あ、ちょっと待って。鶴丸ー!俺もう次行くから!道場の掃除終わったみたいで、短刀達が何振りか手伝いに来てくれるみたいだから、続きお願いね!」
「分かった、助かる!」
道場に行こうとする乱に一旦待ってもらった加州は、入り口から鶴丸に手伝いが来てくれる事を伝えると、部屋の奥から鶴丸の声が聞こえてきたので、大丈夫だろうと結論づけて乱の元へ戻った。
「お待たせ、じゃあ行こっか」
「うん!」

コメント