「あれ?」
最後に厨を見に行こうと大和守が廊下を歩いていると、遠くで辺りをキョロキョロと見渡している山姥切長義が立っていた。
彼は山姥切国広とへし切長谷部と一緒に書庫を掃除する事になっていたが、どうやら長谷部が作業中に倒れてしまったのだろう。
彼の背には、完全に脱力している長谷部が乗っかっていた。
「どうかしたの?」
「ああ、大和守。長谷部が倒れてしまってね、起きるまで彼の部屋に寝かせておこうと思って、運んでいたんだ。ただ、実は彼の部屋に行ったことが無くて……正直に言うと迷っている」
「そうなんだ。じゃあこれから厨の方に行くから、そのついでに案内するよ」
「ああ、助かるよ」
山姥切はホッとしたように微笑んだ。
「……この本丸は、すごいな」
「え?いきなりどうしたの?」
「主も含めて皆眠りに関して様々な体質を持っているというのに、それを『欠陥』とは一切捉えず『個性』として本丸の運営に組み込んで、そして皆互いの体質をしっかり理解している」
山姥切はこの数カ月で色んな刀と出陣や遠征を経験して、審神者がそれぞれの刀に適する役割を考えて采配を振っている所を見てきた。
寝だめができる事を利用して長期遠征を任されている明石国行、夕方に活動しやすかったり、夜のみ活動できることを利用して、第三部隊で活躍する南泉一文字と小夜左文字、そして今山姥切の背中で眠っている長谷部もその一振りだ。
審神者は彼らの体質を戦術の中に組み込んで、逆にそれを武器として本丸の運営に利用していた。
そんな山姥切も赤疲労にならないと眠る事ができないので、一度に疲労を蓄積させる為に出陣回数を増やさないといけない。
なので本来特が付いたら第二部隊に入る事になるが、山姥切はどこの部隊にも属さずに、どの部隊にも出陣する少々特殊な立ち位置になった。
もう少し練度は上がれば、長谷部の補佐として第四部隊の代理隊長も時折任される事になっている。
だがそれは、この本丸の体制がここの刀達に合わせて、既にしっかりと出来上がっていた事も大きかった。
もし審神者や刀剣達が山姥切の体質への理解が薄かったら、きっと出陣する編成に偏りが出たり、今でも刀としての本領を発揮する事はできなかったかもしれない。
「……そう簡単にできる事じゃない。本丸をここまでにするのは大変だったのではないかな」
「う~ん……そうだね」
山姥切の問いに、大和守は少し考えてから頷いた。
「僕がここに来たのは、清光と同時期でまだ第二部隊が出来上がったくらいの頃だったかな。本丸ができた頃から『睡眠は大事』って言われていたんだけど。あの頃はみんなまだ睡眠が大事な事だって、いまいち分からない刀が多かったんだ。主も無理して倒れて出陣が出来ない日も今よりずっと多かったし」
「……今とは随分違ったんだね」
「うん。それでその頃昼寝を抜いちゃった薬研が眠気でふらついた所をやられて、破壊一歩手前までの重傷にまでなっちゃった事があったんだ」
「薬研君が?」
「そう。主も隊長の初陣以来の重傷の刀が出て、かなり取り乱して大変だったな。その事をみんな反省して、もっとちゃんと睡眠を取る事を『当たり前』にする事にしたんだ」
「当たり前?」
「今でも昼餉が終わったら大広間は昼寝用に開放されているでしょう?その頃は短刀達は皆それぞれで昼寝を取っていたんだけど、昼餉を取ったら大広間でみんなで昼寝しようって話になったのがきっかけなんだ。たったそれだけだけど、結果みんなの身体の調子がすごく上がったんだ。……あ、そういえば隊長の変な昼寝もその頃からだったかな」
「は?偽物くんのあれは元からじゃないのか!?」
大和守の最後の言葉に山姥切は驚いて大きな声をあげた。
それで長谷部が起きてしまうのではないかと、山姥切は我に返って思わず背中にいる長谷部の顔を見たが、彼は眉を歪める事もなくぐっすりと眠っている。
それを見て山姥切はホッと小さく息を吐いた。
「それで何で偽物くんは、あんな奇行に走るようになったんだ?」
「その頃は寝る時は自分の部屋で寝ていたんだけど、たまたま日当たりのいい縁側での昼寝がすごく寝心地が良かったみたい。それからは、その日自分にとって一番寝心地が良さそうな所を探しては、そこで寝るようになったみたいだよ」
「……あれにも一応理由があったんだな……」
どこか納得したような、けど納得したくないような複雑な気持ちで、山姥切は昨日国広が執務室の片隅で、梱包に使う業務用のプチプチのロールを抱きかかえて、座布団を枕にして寝ている姿を思い出した。
「隊長自身はそのつもりはなかったみたいだけど、隊長のそんな姿を見て、みんな昼寝する事に余り抵抗は感じなくなったみたい」
「なるほど……だが、彼はこの本丸の刀をまとめる総隊長だ。そんな彼が所構わず眠りこけている姿を見て、本当にこんなので戦えるのかと、そう思った刀はいなかったのかな」
昼寝をしている普段の国広からは、総隊長である威厳はあまり感じられない。
彼をよく知らない新入りの刀からは、怠慢だと誤解を受けるのではないかと、そう思いながら山姥切は大和守に質問をした。
「もちろんいたよ。清光もそうだったし、一番分かりやすかったのは同田貫がそうだったな。清光はたまたま同じ部隊で隊長の戦う姿を見たら、なんか納得しちゃったみたい。前に同田貫が手合わせの時に言ってたけど、隊長と同じ部隊で戦った数日後に、本丸で隊長の寝込みを本気で襲おうとしたって。まあ、隊長が起きて失敗したみたいだけど。それで同田貫は納得したみたい。戦う為に隊長は寝ていて、決して戦う事を忘れないって」
「……まあ。そこで寝込みを襲われるようじゃ、俺が叩き切っている所だね」
自分の事ではないのに、山姥切はどこか自慢げに口の端を持ち上げた。
「あれ、なんでそこで山姥切が嬉しそうなの?」
「なっ、そんな事は無い。偽物くんとはいえ、同じ『山姥切』の名前を持っているんだ。そんな無様晒して貰っては俺が困るだけだよ」
大和守に指摘されて、山姥切はカッと顔を赤くして目を泳がせながら顔を逸らした。
「ふ~ん。あ、着いたよ長谷部の部屋」
「あ、ああ。ありがとう大和守、おかげで助かったよ」
話をしているとあっという間で、気が付けば長谷部の部屋の前に着いていた。
部屋の入り口にある彼の名前が欠けられた木札を確認すると、山姥切は大和守に礼を言った。
「うん。そういえば、書庫の方は掃除は終わりそう?清光が様子を見に行ったと思うんだけど」
「ああ、来てくれたよ。元々きちんと整理されていたから、基本は資料に積もった埃を払うだけで、そんなに時間はかからなかったんだ。今頃偽物くんは他の所を手伝っているんじゃないかな。俺ももう一度書庫の様子を見に行ったら、他の場所を手伝いに行くよ」
「良かったら、倉庫の掃除の手伝いをしに行ってくれないかな。庭当番のみんなが様子を見に来てくれる事になっているんだけど、ちょっと大変そうだったから」
「ああ。行ってみるとするよ」
山姥切が部屋に入っていくのを見届けると、大和守は自分も見回りに戻っていった。

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