図書室に置く本が決まると、万屋街へ本を買いに行く。
そしてそれを買いに行くのは、毎年必ず大俱利伽羅と膝丸と決まっている。
この本探しは万屋街に数か所散らばっている本屋を渡り歩くので、寒い時期を眠り続けた彼らが、鈍った体を出陣ができるように体を慣らしていく為の鍛錬の一つでもあった。
少し早めに昼餉を取り終えた二振りは、購入する本のリストを持って万屋街へ向かった。
春は年始とはまた違った節目の時季でもあるので、何かと入用なので人通りが多い。
多くの審神者や刀剣男士が行き交い、少し忙しない足音や、楽し気な話し声や笑い声、商人の威勢のいい客寄せの声が、絶えず聞こえてくる。
「変わらぬな、ここの賑やかさは」
万屋街の入口でもある赤い大橋のど真ん中に立って、膝丸は万屋街を見下ろして、少し懐かしそうに目を細めて人通りを眺めた。
「まず最初は古本屋へ行くぞ」
「ああ。確か道はどっちだったか……」
「こっちだ」
大倶利伽羅の案内で二振りは賑やかな通りから少し離れ、人通りが比較的少ない通りへ足を運んだ。
「予想していたよりも多くの本がここで手に入ったな」
「状態のいい本が多かったからな」
「これなら何とか予算内で全ての本を手に入れられそうだな」
「ああ」
古本屋で欲しい本が多く手に入り、膝丸は手に持った少し重い紙袋持ってほくほくした。
大俱利伽羅も表情にはほとんど現れていないが、心なしかいつもより満足げに見える。
「ここで一度別れる。古書の類は任せたぞ」
残りの本を効率的に探す為に、大俱利伽羅は大通にある一番大きな本屋で残りの本を、膝丸は本屋では取り扱わない古い本が多くある、行きつけの古書店で本を探す事になった。
「ああ、任せておけ」
「それと古書店の店主の爺さんにこれを渡してくれ」
二手に分かれる前に、大倶利伽羅は本のリストと一緒に持ってきていた茶封筒を膝丸に渡した。
「ずっと気にはなっていたが……これは何だ?」
「爺さんに『合歓木本丸の大倶利伽羅がこれを調べて欲しい』と言っていたと伝えてくれれば分かる」
「分かった、伝えておこう。待ち合わせは入口の大橋でいいか?」
「ああ、それでいい」
「ではまた後でな」
膝丸は茶封筒を受け取り大俱利伽羅と別れると、早速記憶にある道を辿って目的の古書店へ向かった。
万屋街の古書店は、先程膝丸達が行った古本屋より更に奥にある場所に構えている。
この辺りにある店は、古い物を扱っている店が多いので、店を知っている者くらいしか足を運ばないので、賑やかな大通に比べてこの辺りはいつもシン、としている。
ぱっと見似たような外観の店の並びに埋もれる様に、その古書店はある。
膝丸は変わりのない並びの店を見ながら迷う事無く、古書店の入口をくぐった。
古書店に足を踏み入れた途端、本丸の図書室とは違う古い紙の特有の匂いが膝丸を出迎えた。
壁一面の天井の高さまである本棚には、大小様々な本が棚の隙間という隙間に埋まっている。
本棚だけでは大量にある本は収まりきらず、残りは複数の専用の箱に収められて足元に置かれている。
膝丸は毎度この店に来た時、一歩足を踏み入れた瞬間、外の世界と切り離された様な、全く違う場所に来てしまったと錯覚してしまうこの感覚が気に入っていた。
「失礼する、合歓木本丸の膝丸だ」
「やあ、いらっしゃい。今年も来たね」
店の奥から声が聞こえて来たと思ったら、本の壁の間から、銀縁の眼鏡をかけた白髪の小柄な老人の男性が現れた。
「久しいな店主殿、息災か?」
「ああ、まだまだ元気にやってるよ」
店主が笑うと、目尻に笑い皺が生まれた。
彼は元審神者だったらしく、年を負うごとに霊力が少なくなって刀剣男士を顕現できなくなっていった為、審神者を引退してこの古書店を始めたらしい。
半分老後の趣味として始めているらしいので、売れ行きとかはあまり考えてはいないそうだ。
「また今年も図書室の本探しかい?」
「ああ。ここからここまでの本を探しているのだが……」
「どれどれ?……ああ~、少しそのメモを借りてもいいかな?探してくるから、そこらの本でも読んで待っていてくれ」
そう言って店主は膝丸からメモを預かると、早速店の棚の本を漁り始めた。
手伝う事もできそうにない膝丸は、ひとまず手近にある気になる題名の本を手に取って読み始めた。
「お待たせ、これでどうかな?」
十数分後、本を入れた籠を持って店主が膝丸に声をかけた。
彼が持って来た籠には、膝丸が持ってきていたメモに書いていた本が揃っていて、一緒に代金の合計金額が書かれているメモが入っていた。
「相変わらずさすがの品揃えだな店主殿。これで代金は足りるだろうか」
「嬉しい事を言ってくれるねえ。ああ確かに」
膝丸が手渡されていた小さな封筒からお金を取り出して、店主に手渡した。
「ほれ、これが領収書とお釣りだ。残りは取り寄せておくから一週間ほど待ってくれ」
「ありがとう。しかしこんなに安くしてもらってよかったのか?本来ならもう少し値が張る本もあった筈だが……」
籠に入っていたメモに書かれていた金額は、本来予想していた金額をかなり下回るものだった。
「いいんだよ。こんなに沢山買ってくれたんだから、そのお礼代わりとでも思ってくれ」
「何から何まで……感謝する。……と、ああそうだ忘れていた。店主殿、これを」
膝丸は大俱利伽羅から頼まれていた茶封筒を店主に手渡した。
「これは何かな?」
「俺もよく知らないのだが、うちの大俱利伽羅が店主殿にこれを調べて欲しいそうだ」
「ああ、彼か。どれどれ……」
店主が茶封筒を開けると紙の束が入っていて、店主はそれを一目見て「ああ、なるほど……」と訳を知っているように頷いた。
「分かったよ。彼に『調べておくから、残りの本と一緒に取りにくるように』と伝えておくれ」
「あ、ああ、了解した。それとこれは俺の金から購入してもいいだろうか。読んでいたら最後まで読みたくなった」
「もちろんさ、毎度あり。君の本丸の大俱利伽羅にもよろしく伝えておいてくれ」
伝言を引き受けた膝丸は頷き、先程本棚でたまたま手に取った本を買うと、店主はまた目尻に皺を作りながら笑った。
「すまない、待たせたな」
空がうっすらと橙色に染まり始めた頃、古本屋と古書店の紙袋を両手に下げながら膝丸がやや早歩きで待ち合わせの大橋に戻ると、大橋の片隅で既に大倶利伽羅が待っていた。
彼は本屋に行っていた筈だったが、その手には何も持っておらず、彼が持っていた筈の古本屋の紙袋も無くなっていた。
「目当ての物は手に入らなかったのか?持っていた荷物はどうしたんだ?」
「量が多すぎて持ち切れなかったから古本の物も含め宅配を頼んだ。例の漫画と新刊の小説は予約して揃い次第まとめて送ってもらえるよう手配しておいた」
「そうなのか。今の本屋はそのような事もしてもらえるのだな」
本屋では本を買う事しかできないと思っていた膝丸は、目から鱗が落ちる気持ちになった。
「そっちの袋は持とう」
「ああ、助かる」
膝丸は大倶利伽羅に紙袋を一つ渡して、二振りは本丸へ帰る事にした。
「ああ、君が言っていた茶封筒。古本屋の店主殿に渡したら、調べておくから、取り寄せの本と一緒に取りに来て欲しいそうだ」
「あの爺さんだったら一週間程だろうか」
「ああ、確かそれくらいだと言っていた」
「分かった。後日取りに行く」

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