十六、とある本丸の連隊戦前日

刀剣乱舞合歓木本丸

「ふんっ!……ふんっ!」

 風呂場の洗面所にある水道で、洗濯当番である山伏国広は大量の手拭いを水で濡らしては絞って、風呂場に置いてある桶を借りて、手拭いを中に入れていた。
余っている手拭いをできるだけ濡らして絞ってから、手入れ部屋に持ってきてほしいと、朝餉の後にすれ違った薬研から頼まれていたのだ。
使わない手拭いがどれなのか確認するのに手間取ってしまい、すっかり遅くなってしまった。
やっと全ての手拭いを絞り終えて、桶を覗き込んで数をざっと数えると、山伏は桶を抱えていつもよりやや早歩きで手入れ部屋に向かった。

 一方その頃手入れ部屋では、ここを管理する薬研の補助として、最近新しく新設された救護当番の巴形薙刀と静形薙刀が床に座って、倒れた刀を運ぶ為の担架の点検をしていた。
いざという時に体の重みで布が破れて、乗っていた誰かが地面に投げ出される事が無いように、縫い目にほつれは無いか、破れは無いかなど、床に置いた担架の布の部分を引っ張ったりしながら、どんな小さな綻びも見逃さないよう念入りに確認していた。
その間無言で作業している訳ではなく、二本は事前に薬研に教えられた、この夏で注意しないといけない事を、互いに相手へ問題を出しながら復習をしていた。

「では静形、暑さで倒れた者はどこを冷やすといい?」
「首元を脇、あとは確か……太もも、だっただろうか?」
「正解だ、血管が太い所を冷やさないといけない。そこに貼ってある血管図が参考になるな」
「では巴形、その者が万が一ここで対処ができないと判断したらどうする?」
「直ちに主に報告と、政府の医療センターへ連絡だ。では静形、その連絡先はどこにある?」
「それは知っているぞ。冷蔵庫に貼ってある紙に書かれている」
「失礼する、遅くなって申し訳ない。薬研殿に頼まれた手拭いを持って来たのである」

部屋の入口から顔を出して声を掛けると、二本は顔を上げて作業の手を止めた。

「山伏国広か、薬研から聞いている。待っていたぞ」
「持ってきてくれて助かった。俺が受け取ろう」
「うむ」

静形が立ち上がって山伏から桶を受け取ると、冷蔵庫の隣にある小さな冷凍庫を開けて、桶に入っていた手拭いをポイポイと入れ始めた。

「そういえば薬研殿から何に使うのかは聞いていなかったが、一体何に使うのだ?」
「なんだ、薬研から聞いていなかったのか」

入口に立ったまま静形の行動を眺めながら、山伏が不思議そうに巴形に尋ねると、座ったまま静形の様子を見ていた彼が振り返った。

「冷凍庫でさっきの手拭いを全て凍らせるんだ。人の身は暑さに弱いからな、明日からの催し物で何かあった時に備えて冷やす物を作っている」
「よかったら一つ持っていくといい。今日も暑い日だ、首に当てると気持ちがいいし涼しく感じるぞ」

 静形が既に凍っている他の手拭いを冷凍庫から取り出すと、山伏に差し出した。
真っ白な手拭いは絞られた状態でカチカチに凍っており、それなりの大きさだった手拭いは、彼の大きな手の中にすっぽりと収まっていた。

「暑い日は水分補給も大事だ。こまめに水分は摂っておく方がいいぞ」

いつの間にか立ち上がっていた巴形も、麦茶が入ったペットボトルを手渡してきたので、山伏は笑顔でそれらを受け取った。

「かたじけない、では有難く頂くとしよう」


「あと五つ……あと五つ……」

 刀装部屋では、堀川が疲れた顔で刀装を作っていた。
資源を刀装部屋にいる妖精に渡して器の玉を作って貰い、それに近侍の刀剣男士が霊力を込める事で刀装が完成する。
深呼吸を一つして、目の前に置かれている器の玉に霊力を込めると金色に輝いたが、自分が作りたかった刀装では無かった。
審神者に作るよう指示された水砲兵の数はあと五つだが、その最後の五つから中々水砲兵が出なくなって行き詰ってしまったのだ。

「だめだ。特上だけど銃兵だ……上手くいかないなあ……」
「兄弟、お疲れ様なのである!」

 何回目か数えるのも面倒になった失敗に、肩を落とした堀川に刀装部屋の入口から山伏が声を掛けた。
疲れ切った堀川は億劫そうに体ごと振り返ると、声を掛けたのが自分の兄弟刀だと気づいて目を丸くした。

「兄弟?」
「飲み物を持って来た。少し休憩してはどうだろうか?時として休憩も大事であるぞ」
「……そうだね、そうするよ」

 山伏がニカリと笑って、手に持っていた麦茶が入ったペットボトルを揺らすと、堀川は刀装を作っていた手を止めた。
堀川が部屋から出てくると、山伏は廊下の縁側に腰かけて、あらかじめ持ってきていた二つの紙コップに麦茶を注いで、その内の一つを堀川に差し出した。
堀川は礼を言ってそれを受け取ると、山伏の隣に腰かけて麦茶に口をつけた。
長時間刀装部屋に籠っていたせいで、自分でも知らないうちに喉が渇いていたらしく、紙コップの中の麦茶はあっという間になくなってしまった。

「カッカッカ!いい飲みっぷりである」
「ぷはっ、冷たい麦茶って喉が渇いてるとすごく美味しいよ」
「では残りは兄弟が飲むといい。屋内でも水分は摂らないと身体の調子を崩してしまうからな」
「いいの?ありがとう兄弟」

山伏が残り半分の麦茶が入ったペットボトルを渡すと、堀川は嬉しそうにそれを受け取った。

「兄弟。その手拭い凍ってるみたいだけど、どうしたの?」 
「巴形殿と静形殿に貰ったのだ、首に当てると気持ちがいいぞ」

堀川が山伏の持っている手拭いから、冷気で白い煙が出ている事に気づいて尋ねると、山伏は笑いながら彼の首に手拭いを押し付けた。

「冷たっ!……あ。でも本当だ、これ気持ちいいね」

首に伝わった突然の冷たさに堀川は一瞬身体を強張らせたが、冷たさに慣れると彼は目を閉じて、山伏に手拭いを押し付けられるがままになった。

「そうであろう?暑さで体調を崩した者の為に、手入れ部屋で凍らせているそうだ」
「そうなんだね。……よし!じゃあもうひと頑張りしようかな」

 堀川は自分の頬をパチリと叩いてから、勢いよく立ち上がった。
休憩を取る前は疲れ切った表情をしていたのに、短時間の休憩ですっかり元気を取り戻していた。

「うむ!兄弟の気分転換になったようで何よりである」
「うん、ありがとう兄弟!」

軽い足取りで再び刀装部屋に戻っていった堀川の背中をしばらく眺めて、山伏は彼の作業の邪魔をしないように、そっとその場を去っていった。

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