「あれ?まだ一つ残ってるな」
兄弟刀達と花火を見ようとしていた厚藤四郎は、座卓の片隅にある一つ残っているかき氷を目に留めた。
よく見てみるとまだ手をつけられている様子は無く、誰かの食べかけでも無いようだったので、厚はまだかき氷が手に渡っていない刀がいないか辺りを見渡した。
最初は兄弟達か、かき氷を配っていた厨当番の刀達かと考えたが、燭台切をはじめ他の刀達も、既にかき氷を食べながら親しい者達と花火を鑑賞している。
では一体誰なのだろうと再度辺りを見渡すと、賑やかな場所から離れてぽつねんと一振り、部屋の一番隅にある行灯の近くの欄干に、崩した姿勢で肘をついてぼんやりと花火を見上げている国広が目に留まった。
どうやらまだかき氷を食べていないのは彼らしい。
厚は自分と彼の分のかき氷をお盆に乗せて、転ばないよう足元に気をつけながら、国広の視界に入るように近づいた。
「よっ、隊長」
「っ!?……ああ、厚か」
何か考え事でもしていたのだろう、国広は厚から声を掛けられるとビクリと跳ねて、慌てて厚の方へ顔を向けた。
「その様子だとまだかき氷食べてないだろ?隊長の分も持って来たぜ。ほら、小豆が乗ってて美味しそうだろ。練乳はどれくらいかけたらいいか分かんなかったから、少なめにしておいたぜ」
厚が差し出したかき氷は、大きなガラス製の器に深い緑色のかき氷が山となっており、その山頂を埋め尽くすくらいの小豆がこんもりと乗せられている。
更にその上には控えめな量でかけられた練乳が、花火の光に反射しててらてらと光っていた。
「ああ、ありがとう」
国広がかき氷を受け取ると、厚も彼の隣に胡座をかいてかき氷を食べ始めた。
深みのある抹茶の味は子供舌の厚にとって少し苦く感じるが、それがかえって一緒に口に入れた小豆の甘味を際立たせていた。
「……うまいな」
「っ。……っあ~~!」
「またかき込んだのか。……大丈夫か?」
突然横からのなんとも言えない声に国広が目を向けると、厚が急にかき氷を頬張ったせいで起こった頭痛に頭を抱えていた。
「ああ、大丈夫……って、おおっ!大迫力だなあ!!」
「ああ。……すごいな」
一際大きな花火が打ち上がると、厚は頭の痛みを忘れて花火を食い入るように見上げ、国広もそれに倣って花火が打ち上がる夜空を見上げた。
「……大将から聞いた。修行の許可、下りたんだろ?」
しばらく花火を見ながら無言でかき氷を食べ進めていた二振りだったが、先にかき氷を食べ終えた厚が空になったガラスの器を脇に置いて口を開いた。
「ああ」
「いつ行こうとか、考えてるのか?」
「……明日にでも、発とうと思っている」
国広が修行に出るのはもう少し先になると思っていた厚は、急な出立の予定に思わず彼の方へ振り向いた。
「みんなには言わないのか?」
「そのつもりだ」
「……そっか」
「強くなって、必ず帰ってくる」
厚は真っすぐ前を見据える国広の横顔を眺めた。
第三部隊を率いるようになった今では同じ部隊で戦う事がほとんど無くなってしまったが、この本丸の刀達の中では一番長くこの横顔を隣で見て来たつもりだ。
敵を見据える時は険しく。
仲間達を見つめる時は誠実な真っすぐさで。
審神者を見つめる時は少しだけ柔らかい。
厚はただひたすらに、ひたむきに前を見据えて歩く彼の横顔が好きだった。
そんな彼が強さを求めてようやく修行の旅に出る。
ならば自分は彼がなんの心配も無く修行に旅立てるように、彼がいない本丸を守ろうじゃないか。
厚は国広を鼓舞する為に、彼の背中を手のひらで思い切り叩いた。
「いっ…!……厚?」
「行って来いよ、隊長」
いきなり背中を叩かれて目を白黒にする国広に、厚はニッと歯を見せて笑いかけた。
「隊長が修行に行っている間は、主も、本丸も、オレ達みんなで守るからさ」
いつも勇気づけられてきた厚の笑顔を見て、国広も安心して笑い返した。
「ああ、主を……本丸を頼んだ。厚」
「おう!!任せとけ!」
「二振り共、楽しんでるか?」
二振りが振り向くと、審神者は徳利と三つの盃をお盆に乗せてやって来た。
既に審神者は飲んでいるらしく、いつもより目がとろんと溶けており、若干頬が赤く染まっている。
「あんたもう飲んだのか」
「大将。あんまり酒強くねえんだから、飲み過ぎはよくねえぞ」
「ふふ、今日ぐらい羽目を外したっていいじゃないか。これで最後にするからさ、一緒に飲んでくれよ」
そう言いながらも自分達の間に座る空間を開けてくれる二振りに、審神者は頬を緩めながら彼らの間に座った。
国広はその間に審神者が持って来たお盆を自分側に引き寄せて、お徳利を持って盃に酒を注ぐと、厚と審神者に手渡した。
「「「乾杯」」」
誰からともなく一人と二振りの盃が掲げられ、カチンと三つの陶器のぶつかる音が響いた。
盃を傾けて酒を飲む為に顔を上げると、とうに暗くなった空に淡い白に輝く月がぽっかりと浮かんでいた。
澄んだ空気の夜空に輝く星々も、今は月明かりに隠れてしまっている。
「……そういえば、二振りが初めて一緒に出陣した日の夜もこんなかんじの月だったな」
「そうだったか?」
ふと呟いた審神者の言葉に、半分ほど酒を飲んだ国広は審神者に目を向けた。
「まんばは霊力無くなって寝ちゃってたからな、自分もそうだったけど」
「ははっ。顕現初日の出陣で隊長も大将も倒れて起きなくなって、どうしようか途方に暮れたあの夜が懐かしいな」
「う゛っ……あの時は本当に悪かった厚」
「体質の事で謝るのは無しだぜ、大将」
あの夜の次の日、目を覚ますと涙を滲ませながら無言で腰に抱き着いてきた彼の姿を思い出し、審神者は言葉を詰まらせて謝ると、厚はもう気にしていないとばかりにけらけらと笑って手を振った。
彼も審神者譲りで酒が弱いので、まだ一口しか飲んでいないのに頬がほんのりと色づいている、どこか語尾がふわふわしているのもそのせいだろう。
その後も審神者達は「あんな事があった」「こんな事があった」と、思い出話に花を咲かせた。
実は厚が顕現してから、三番目の刀である五虎退がこの本丸に顕現するまでに少し日にちが空いていて、その間本丸には審神者と国広と厚の、一人と二振りしかいなかった時期がある。
自分達の体質の特殊さを知ってから、生活の基盤を整えるだけで精一杯で、戦に出られるどころではなかったのだ。
これからの本丸の方針、本丸の設備や周りの地理の把握、細々とした生活用品の用意、審神者が本丸に正式に着任した事による諸々の手続きなど、色んな事を話し合っては行動した。
厨で一緒に食事を作って食卓を囲み、昼寝として一人と二振りではまだ広すぎる大広間で雑魚寝した事もあった。
それから仲間を少しずつ増やし、互いに言葉や思いを交わし、沢山の失敗や困難を乗り越えて、そうして今の本丸は作り上げられていったのだ。
「……ふっ。確かに、そんな事もあったな……本当に、色んな事があった」
国広は柔らかく笑うと、振り返って賑わっている仲間達の姿を眺めた。
大きい本丸の屋敷の中、たった一人と二振りしかいなかった期間があったからこそ、今こうして大所帯になった賑やかな本丸がとても眩しく見える。
少し遠くでは連隊戦の報酬として新たに仲間になった笹貫が、粟田口の短刀達に誘われて持ってきていたトランプの遊び方を教わっている。
慣れない事に戸惑いながらも刀剣男士として顕現して、身体を得た事を彼なりに楽しんでいるらしく、内番などで身体の使い方にも早くにも慣れ、第四部隊で長谷部や山姥切の指導を受けて遠征にも出るようになっている。
国広自身は自身の部隊の指揮などもあって中々接点は持てていなかったが、他の刀達の手助けのお陰で本丸にも大分馴染めてきているようだった。
……数年間。
そう言ってしまえば刀として数百年生きて来た自分達にとっては、ほんの微々たる年数だ。
しかし肉の身体を得て審神者と出会い、厚や他の刀達と出会い、少しずつこの本丸を大きくしてきた。
自分の厄介な体質に辟易する事もあった。
刀剣男士として顕現して、人間の身体に戸惑う仲間達へうまい言葉を掛けてやれず、そんな自分を歯がゆく思った日もあった。
敵に中々勝てなくて、悔しさに血が滲むまで拳を握りしめた事もあった。
体質の事でうちの審神者を揶揄する他の本丸の審神者に、斬りかかりたくなる程の怒りを覚えた事もある。
その度に皆と話し合い、色んな事を決めては試行錯誤を重ね、時に失敗し仲間同士ぶつかりながらも、様々な壁を乗り越えて来た。
色んな困難があった、沢山の辛い思いもした。
でもそれを乗り越えた一歩一歩があったからからこそ、ここまで来る事ができた。
今となってはこの本丸は、自分にとって無くてはならない大切な場所だ。
主の為にも、仲間達の為にも……そして自分の為にも、強くなりたい。
顕現したての頃では考えた事も無かった自分の思いに、国広はほんの少しだけ面映ゆい気持ちになった。
「……ふふふ」
「……主?」
空気に溶けるような微かな笑い声と、不意にかかった肩の重みに国広が目を向けると、先程よりも酔いが回った審神者が彼の肩にもたれかかっていた。
既に夢うつつの状態らしく、目は半分程閉じかかっている。
しかしその口元は、楽し気な夢でも見ているかの様に緩やかな弧を描いていた。
「大将、眠いのか?」
厚が手から滑り落ちそうになっている審神者の盃を少し遠くにやって顔を覗き込むと、審神者は笑みを深くして国広の肩にすり寄って目を閉じた。
「まんばも……厚も……本丸のみんなは自分の誇りだよ」
幸せそうにむにゃむにゃとそれだけ呟くと、審神者は今度こそ夢の世界へと旅立っていった。

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