十八、山姥切国広の修行

刀剣乱舞合歓木本丸

 日が高く昇った昼前、審神者はあくびを噛み殺しながら、執務室の前で大きく伸びをした。
春の強すぎない日差しを浴びていると、凝り固まった体の筋が伸びていく。
温かい空気に時折吹いてくる丁度いいそよ風、どこからともなく聞こえてくる鶯の鳴き声に、さっきまで寝ていた審神者だったが、この絶好の昼寝日和にもう一度眠ってしまいたくなる。

「おはよう大将。今日はいつもより早いんだな」
「ふわあ~……おはよう薬研。昨日は早めに寝たからな、今日は頑張って早く起きたかったんだ」

廊下の向こうから今日の近侍の薬研藤四郎が片手をあげてやって来たので、審神者もあくびをしながら片手をあげて返した。 

「今日の書類は大丈夫か?」
「多少は溜まってるけど、今はそこまで切羽詰まってはいないかな」
「分かった。じゃあ手入れ部屋の用意が出来次第、手伝いに行くよ」
「助かる。……出陣する予定の部隊は?」
「厚と五虎退が昼寝から起きてからだな。いつもより早めに寝てたから、もうそろそろ起きている頃だ」
「うん、じゃあ起きて準備ができてから出陣だな」

 今日は初期の第一部隊が新しい戦場へ出陣する。
今の審神者を横目で見上げると、数カ月前、新しい戦場へ向かう刀達の後姿を不安から険しい表情で見つめていた姿とは対照的に、少しだけ口元の端を持ち上げてまっすぐに前を見据えて歩く姿は自信に満ち溢れていた。

「……いい顔になったな、大将」
「え?」 
「少し前まではずっと思いつめた顔をしていたからな」
「……ああ。もう大丈夫だって、教えてくれたからな」
 
 結論から言うと、審神者が恐れていた修行から帰って来た国広の体質の変化は、特に現れなかった。
ある程度の期間戦場での国広の様子を見て、ようやく大丈夫だと判断した審神者は、少しずつ他の刀達にも修行の許可を出すようになっていった。
今隣に立っている薬研自身も、修行から帰ってきた刀の内の一振りだ。
最初は心配でよく思い詰めていた審神者だったが、修行から無事に帰ってくる刀達を見て徐々に元の明るさを取り戻していた。

不安が完全に無くなったと言えば嘘になる。
けれど、もしこれから大きく体質が変わった刀が現れたとしても、また他の刀達と協力して、その刀を戦略で活かす為に策を考えればいい。
  
「どんな俺達でも、俺達がどう変わっても、あんたならきっと上手く扱える」 

己の初期刀がそう言ってくれたおかげで、審神者はようやくそう思えるようになったのだ。
  
「そうか」

憑き物が落ちた笑い方をする審神者に、薬研も目を細めて笑い返した。


 
 そのまま審神者と薬研が雑談をしながら廊下を進んでいると、大広間に出た。
大広間には複数の短刀達が眠っていて、皆畳の上で揃いの薄くて青い掛け布団を被って、すやすやと眠っている。
この丁度いい温かさだと他の刀剣達も昼寝がしたくなってしまうのだろう、本丸自体も今日は静かだ。
 
その外では既に新しい戦装束に着替えている厚と、すっかり大きくなった虎を連れた五虎退が談笑していた。

「あ、おはようございます。あるじさま、薬研兄さん」
「おっ、おはよう大将、薬研!大将今日は早いな」

審神者と薬研の存在に気づいた二振りは、パッと表情を明るくして彼らに近づいた。 
 
「ああ、おはよう」 
「おはよう二振り共、用意が早いな」
「おう!今日は久しぶりの第一部隊での出陣だからな」
「僕は虎君の装備の用意があったんで、少し早く起きたんです。虎君、今日は頑張ろうね」
 
五虎退は修行を経て大きく成長した虎の顔を両手で包んで微笑むと、虎は彼の言葉に応える様に短く吠えた。

「ははっ、五虎退の虎も今日は張り切ってるみたいだな」 
「はい。虎君もすっかり大きくなったんで、新しい戦い方を考えたんです。今日はそれを戦場で実践しようと思ってるんです」
「最近よく外で一緒に特訓してたもんな。うわっ!?」 

薬研が縁側の縁まで近づいて五虎退の虎の顔を撫でていると、虎も撫でられて気を良くしたのか薬研の顔をべろべろと舐め始めた。

「ああっ!虎君駄目だよ!薬研兄さん、大丈夫ですか?」 
「昨日も厩当番で馬に顔を舐められたってのに……」
「薬研」
 
五虎退が慌てて虎を下がらせるが時すでに遅く、薬研の顔は虎の唾液でびちゃびちゃになってしまった。
薬研が眼鏡を外して渋い顔をしていると、内番姿の巴形薙刀が廊下の向こうからやって来た。
  
「救護当番の皆を集めておいた。できる事から始めているが、道具の数がちゃんと揃っているか確認して欲しい。……大丈夫か?」
「ああ大丈夫だ、ありがとう。顔洗ったらすぐ行く」
「そうか?……では、手入れ部屋で待っている」 

巴形は顔がびしょ濡れになっている薬研に首を傾げながらも、そのまま手入れ部屋へ戻って行った。
審神者はそんな彼の後姿を見て、嬉しそうに目を細めた。
  
「巴形も救護当番の仕事ぶりも大分様になってきたな。最初は薬研によく着いて回ってた大きな雛鳥みたいだったのに」
「ああ。他の奴らも俺が付きっきりで指示しなくても動けるようになってきた、俺も安心して頼りにしてる。じゃあ、俺は手入れ部屋の様子を見に行ってくる。大将、後でな」
「ああ、頼んだぞ」
「厚、五虎退。頑張れよ」
「おう!」
「はい!」

薬研は各々に声を掛けると、顔を洗いに廊下の向こうへと消えていった。 


 厚と五虎退と一旦別れて、鍛刀するために妖精に資材を渡して新しい刀が来るの待っている間、そろそろ第一部隊が出陣する時間になっていたので、見送りに行こうと審神者が廊下を曲がろうとすると、丁度向こう側から歩いてきた誰かとぶつかった。
ぶつかった鼻をさすりながら、数歩下がって見上げると、褐色肌と黒い布地が目に入った。
 
「悪い」
「すまない、大丈夫か?」 
「すまない……って、大倶利伽羅と膝丸か。おはよう」
「ああ、おはよう主」

 目の前に立っていたのは、大倶利伽羅と膝丸だった。
大倶利伽羅は審神者がぶつかったであろう倶利伽羅龍が彫られた左腕をさすり、膝丸は肩からずれてしまった大きなバッグを再度抱え直した。

「随分大荷物だな。どこか行ってたのか?」
「いや、これから出かける所だ。新しい本を購入するついでに、俺の部屋にあった読まない本を売りに出そうと思ってな」

そう言って膝丸がバッグの中身を開いて見せると、中には大小様々な書籍が入っていた。
 
「そうだったのか、じゃあまた面白い本があったら貸してもらおうかな。あ、この前膝丸から譲って貰った小説面白かったよ。少し渋い内容だったけど、それがかえって主人公が格好良く感じられてさ」
「それは良かった。この前貸して貰ったあのシリーズを読んでいた君なら気に入ると思ったんだ」

審神者が膝丸に勧めて貰った小説の感想を話すと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
 
「ああ、また今度続き読んでみるよ。大倶利伽羅もあの小説家さんの新作、忘れないでくれよ?長谷部も楽しみにしてたから」
「ああ、買ってくる」
「うん。あ、あとあの古書店のお爺さんによろしくと言っておいてくれ。いってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」  
「行ってくる」

二振りの背中を見送って、また図書室が賑わいそうだなと思いながら、審神者は元の目的地へ足を運んだ。

出陣する為の門の前に着くと、先程会話した厚と五虎退を含む初期第一部隊が既に集まっていた。

「主、おはようございます。よく眠れましたか?」
「おはよう、長谷部。今日も快眠だったよ」

新しい黒いカソックの様な戦装束に身を包んだへし切長谷部が、いつもと変わらず礼儀正しく微笑んで頭を下げると、審神者も微笑み返して片手をあげた。

「おはよう主」
「おはよう三日月、新しい装束に不備は無いか?」
「ははは、主は心配性だな。どこも不備はないぞ」

長谷部の隣に立っていた三日月宗近は、朗らかに笑いながらその場でくるりと回って、前より落ち着いた色合いになった戦装束に不備が無い事を見せた。
 
「新しい戦装束が前のより複雑になったように見えるからな。紐とかは緩んでいないか?」
「ご安心ください。俺も確認したので大丈夫です」

長谷部からのお墨付きもあったので審神者はようやく頷き、再度隊員全員の顔を見るため辺りを見渡すと、編成していた隊員が二振り足りない事に気づいた。

「あれ、そういえば国広と鯰尾は?」
「今鯰尾が部屋に迎えに行っています。……まったく、相変わらずあいつは……」
「まあまあ、まだ時間じゃないし大目に見てやろうぜ」

額に手を当ててため息をつく長谷部に、厚がその肩を軽く叩いて宥めていると、遠くから二つの足音が近づいてきた。

「すまない、待たせた」
「お待たせ!」
 
二つの声に全員が振り向くと、新しい装いに身を包んだ山姥切国広と鯰尾藤四郎がやって来た。
  
「遅いぞ。今日は全員修行を経て初めての初期第一部隊での出陣だというのに、また寝坊でもしていたのか」
「今日はちゃんと時間通りだから問題ないだろう」
「でも隊長、俺が言わないと寝ぼけていつもの布を被って出陣する所だっただろ?しかもその後中々鉢巻が見つからないって慌ててたじゃん」
「ゔっ」

長谷部に小言を言われて言い返した国広だったが、鯰尾に図星を突かれて彼は気まずそうに目を逸らし、長谷部もそれを聞いて何とも言えない表情になった。
 
「……まあいい。だがいつも言っているが主へ勝利をもたらす為に、戦場での怠慢は許さんぞ」
「ああ、主の期待には応えるさ」
 
長谷部の言葉に、国広は力強く頷いた。
これで今日出陣する部隊、修行を経て一回り強くなった初期第一部隊が全員揃った。

「うん、皆刀装も装束の不備も無さそうだな。最後に皆、お守りは持ったか?一番大事だからもう一度互いに確認してくれ」
「大丈夫だ、皆ちゃんと持っている」

国広が胸元に入れていたお守りを見せると、他の刀達も自分のお守りを審神者に見せた。

「うん。……今回の出陣先は新しい戦場だ!だが命令する事はただ一つ、全員無事に帰ってこい!!」
「「「「「「応!!」」」」」」
 
審神者の激励に、六振りの力強い声が響き渡った。


「では主、行ってくる」
「ああ。頼んだぞ、隊長」

 眠気から完全に覚醒した国広の前よりも見やすくなった翡翠の瞳が、日に照らされて爛々と光っている。
ああ、やはり彼の瞳は敵を前にしたこの出陣前が最も光り輝いて美しい。
とはいえそれをいざ本刃に伝えると、彼は相も変わらず顔を真っ赤にして「綺麗とか言うな!」と慌てた声を出すのだろう。
けれど、ほんのたまにはそれを伝えてもいいかもしれない。

 額に巻いた鉢巻をはためかせながら、スッと背筋を伸ばして戦場へ向かう隊長を先頭に、初期第一部隊はゲートの向こうへ消えていった。
彼らの姿が完全に見えなくなると、審神者は提出する予定の書類を裁く為に、再び執務室に戻る事にした。
 
この本丸に帰ってくる彼らへ一番に「おかえり」と言って出迎えるために。
今日の書類を頑張って片付けようと、審神者は腕まくりをして長い廊下を歩き始めた。

2023年8月16日 Pixivにて投稿

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