【番外編】審神者合歓木の新人指導 前編

刀剣乱舞合歓木本丸

「すー……すー……」

 雪の降る、真冬の合歓木本丸の執務室。
その部屋の真ん中に敷かれた布団では、この本丸の審神者がすやすやと安らかな寝息を立てて眠っていた。
部屋の外に一歩でも出れば手足が凍り付く程の寒さだが、部屋の中はエアコンの暖房が効いていて、温かい毛布は審神者自身の体温で温められて、程良い温度になっている。
本丸に住む刀剣男士達の、ひそやかな話し声や足音を障子越しに聞きながら眠る時間は、霊力の燃費の悪い審神者にとって、霊力を回復させる為の必須の時間でもあり、至福の時間でもあった。

「おい、起きてくれ」
 
 そうやって審神者が惰眠を貪っていると、スパンと小気味良い音で障子が開けられた。
障子を開けたのは今日の近侍でもあり、この本丸の初期刀で総隊長でもある山姥切国広。
不機嫌顔の彼に開けられた障子によって、身を凍らせる冷たい空気が入り込み、心地よい温かさを保っていた執務室は、みるみる温度を下げていく。
眠っていても寒さは感じるもので、眠っていた審神者の眉間にグッと皺が寄り、小さく唸りながら身を縮こまって顔を布団の中に埋めた。 
 
「うー……そこ早く閉めてくれまんば……寒い」
「眠気覚ましにちょうどいいだろう。それにずっと暖房をかけて換気をしないのは良くない。それと政府からの文を持って来た。封筒に早めに読むようにと言う但し書き付きでな」
「…………」

 国広はそう言いながら、審神者の近くに腰を下ろしてあぐらをかくと、審神者の枕元の近くで持っていた白い封筒を、音が鳴るようにわざと大きく揺らした。 
紙が折れる乾いた音は、まだ眠りの縁にいる審神者には効果覿面だったらしい。
むずがるように布団に顔をぐりぐり押し付けてから、ほんの少しだけ顔を出して、ようやくうっすらと目を開けた。

「……あれえ?まんば……てるてる坊主復活した?」

 この山姥切国広が修行に行ってから随分と久しい。
なのでフードは被っていなかったはずだったが、今は修行前と同じ、内番着の上に布を羽織り、フードを目深に被っている。
その少し懐かしい姿に審神者は、ゆっくりと瞬きをしていると、てるてる坊主呼ばわりされた本刃はややムッとした顔をした。
 
「誰がてるてる坊主だ。耳と首の後ろが寒いから一時的に被っているだけだ」
「……ああ、そうなのか」
 
審神者は寝ぼけ眼でそう言いながら、のそのそと布団から這い出した。

「……ふわあ……ちょっと待ってくれな……んん~~~!!」

 欠伸をした審神者は布団の上で身を起こし、逆向きに指を組むと、そのまま思い切り腕ごと天井に向けて、上体の筋肉を伸ばした。 
そして何度か首を振ると、審神者はようやく目をぱっちり開けた。

「っはあ~~……あー、やっと起きてきた……うん、お待たせまんば。文の内容を教えてくれないか?」
「ああ……っ、これは!」
「ん?どうした?」
 
審神者に促されて、国広が封筒を開けて中の紙を広げてざっとその中身に目を通すと、その内容に驚愕のあまり目を見開いた。
 
「……歴史を守る為時間遡行軍と戦う全ての審神者達へ。今年はこの戦が始まって十年という大きな節目の年。全本丸の益々の活躍を願い、以下のキャンペーン、機能拡張、配布を行う。……この先、すごい事になってるぞ」
「……あ、ああ。教えてくれ」

政府からの挨拶文を読み上げた後、国広が一度言葉を切って審神者の顔を伺うと、審神者は神妙な顔で頷いた。 
 
「経験値増加等の10大キャンペーン、十周年記念プレゼント配布、新年のシールの引換所の開放、資源・便利道具・刀剣所持可能数拡張、宝物愛用度上限解放、戦闘速度調整、『特』『極の姿』の引継ぎ能力改修……そして、今後の時間遡行軍との戦いの激化に備え、戦力強化の為に審神者全員に刀剣男士百振りプレゼント」 
「百振り!!?」
 
国広から告げられた政府からの通達のとんでもない内容に、審神者は目を剥いた。

「あまりのインパクトで、今までのキャンペーンの内容が全部吹っ飛んだ……それにしても百振りって……本当に?」
「信じがたいが本当らしい。……ほら」  

信じられていない様子の審神者に、国広も戸惑い顔のまま、手に持っている紙を裏返して文の中身を見せた。 
文の中身を見せられた審神者は、動揺から震える指で文の文字をなぞりながら、政府からの通達の内容を自分の中で咀嚼した。 
 
「うわあ……本当だ……戦力強化の為に審神者全員に刀剣百振り配布か……この戦が始まってから大きな節目の年とはいえ、政府も随分と大盤振る舞いするんだな。ははっ、受取箱がいっぱいになっちゃうな!」

審神者がリラックスした様子で身体の後ろに手をつくと、敢えておどけるように笑ったが、対して国広はジトリと審神者を睨めつけた。 
   
「あんた、今保管されている受取箱の刀と資源はどうするつもりだ?上限が無いとはいえ、あそこに放置された刀は十、二十どころではないんだぞ」
「う”っ……そうなんだよなあ……今やってる連隊戦で、習合と刀解が追い付かなくて、ドロップした刀を受取箱に放置していっぱいだったっけ……まんば、どれくらい刀があるか分かるか?」
「文を受け取ったついでに確認してきたが、ざっと見て百二十といった所だ。それとまだ受け取っていない資源と刀装も沢山あった」
「ああ。新年に政府から支給された、小判とか資源もそのままだったっけ……そうだな……」
 
国広からの指摘と、現状の受取箱の様子を聞いて、審神者は苦い顔を浮かべると、すぐに腕を組み目を閉じて考え込んだ。
しばらくしてようやく打開策が浮かんだ審神者は、表情をパッと明るくして、「よし!」と大きな声を出した。
 
「連隊戦が終わって、その百振りが来たら受取箱の刀や資源を全員で取り出す日を儲けよう。量も多いし、刀は習合、錬結、刀解用に分けないといけないしな。資源と刀装は鯰尾と五虎退に、小判は博多に指揮を任せよう。自分は鍛刀部屋に引き篭もりになると思うから、まんばは受け取った刀をどうするか、みんなに指示を出してくれるか?日取りはその百振りが届く日が分かり次第、後で考えよう」
「分かった」
「まあ今回配布される刀達は、既にうちで顕現しているから、習合かこの前報酬で顕現させた道誉さんへの錬結と、残りは刀解になるだ……ん?」
「…………」
「どうした?まんば」

審神者は宙を見上げながら、てきぱきと指示を出していたが、返事が無い事を不思議に思って言葉を切ると、何故か国広が柔らかい眼差しで審神者を見つめていた。
 
「いや、あんたが今や百振り以上もの刀を従える審神者になっていると思うと、感慨深いものがあるな、と……倒れる度に申し訳なさそうにしていたあんたも、随分心強くなったものだ」
「……そうだな。あの小さな本丸がここまで大きくなるなんて、審神者に就任した時は想像もしていなかったよ。みんなと……まんばのおかげだよ」

審神者は彼の言葉に目を見開くと、嬉しそうに微笑みかけた。

 審神者がこの本丸に配属されてから、五年以上の年月が経った。
この本丸で顕現した刀剣男士達の大半は、審神者の体質によって、眠りに関して特殊な体質を抱えていて、最初は出陣どころではない日も少なくなかった。
己の体質に戸惑い、悩みながらも、審神者とこの本丸の刀達は話し合い、時に衝突しながら、各々の体質をそれぞれの個性として扱い、日々の運営に支障なく活動できる本丸の体制を作り上げていった。
 自分の体質のせいで、刀剣男士達が極の姿になる際どのような影響が出るか、その不安から刀達を修行に出すのを頑なに拒んだ時期もあった。
しかし国広に「どんな俺達でも、俺達がどう変わっても、あんたならきっと上手く扱える」、そう言われた審神者は修行の許可を出す勇気が持てて、刀達を修行へ送り出すようになり、この本丸は一層強くなった。
 
同時期に就任した他の審神者よりも、歩みは遅いかもしれない。
しかしこの本丸はそうしてここまで強く、大きくなったのだ。
 
「それにしてもこの百振りって、最近就任した審神者にも配布されるんだよな?」
「あ、ああ。その筈だ」

突然話を変えた審神者に、国広は少し不思議に思いながらも頷いた。
 
「こういう大量配布をしてくれる度に思うんだけど、こういった時期に就任しないで本当に良かったよ。就任してすぐに百振り、しかも全員眠りに対して特殊な体質を持ちだったら……まんばがいてくれたとしても、お手上げだったかもしれない」
「言われてみれば……考えただけでぞっとするな。そう思えば、うちは時期に恵まれていたんだな」
 
 この本丸の刀剣男士達の中には、自分の体質を理解して適切な睡眠の習慣を身に着けるまでに、かなりの期間を要した者もいる。
彼らの体質に対応できたのは、一振りずつしっかりと向き合う時間と余裕があったのが大きい。
もし百振りが一度に一気に顕現したら、そのような対応ができずに、出陣どころか本丸の運営も破綻していたかもしれない。
そんな最悪な「もしも」想像して、ふたりで審神者が就任した時期に恵まれていた幸運に、腕を組んで「うんうん」と頷いた。
 
「数年前に六十振り超えの配布があった時も、その時期と就任が被った審神者が育成に手間取っていたという話は、多く聞いていたというのに……百振りはさすがに新人と初期刀だけでは、とても対応できないだろう。政府はその辺りのフォローを考えているのだろうか」
「さあなあ……もしかしたら政府から、「一気に百振り来てパンク起こした新人審神者を助けてやれー」、なんて言われるかもしれないな。はははっ!」
 
国広が口元に手を当てて溢した疑問に、審神者は笑って冗談を言った。
 
……よもやその言葉がフラグになっているとは、この時の審神者は知る由もなかった。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!

コメント