【番外編】審神者合歓木の新人指導 前編

刀剣乱舞合歓木本丸

 連隊戦も無事に終わって、その数日後の晴れた日。
本丸では以前予定していた通り、刀剣男士総勢で受取箱の整理を行っていた。
受取箱の近くでは力に自身のある者から、刀や資源を取り出し、 指揮を執る刀の指示を聞きながらそれを仕分けていく。
一方審神者は、新しく顕現した道誉一文字の連結と、刀剣男士の習合の儀式に、朝から鍛刀部屋に引き籠っていた。 

「主!次は俺の番だよ」
「はーい、習合用の刀達はこれだな?じゃあここに立っててくれ」

 習合する刀も半分は終わった頃、外の寒さで頬や鼻先を赤くした鯰尾藤四郎が、習合用の同位体の刀達を抱えて入って来た。
審神者は彼から刀を受け取ると、鯰尾の足元に一振りずつ丁寧に置いていくと、刀達の前に自分の両手を掲げた。
  
「じゃあ、始めるぞ」
「うん!」
 
審神者は目を閉じて霊力を込めると、並べられた刀達は柔らかい光になって宙を浮かび、鯰尾の胸の中に吸い込まれていく。
しばらくして光が完全に鯰尾の中に入り込むと、部屋の入口近くに設置されているモニターに、彼の習合レベルが上がったと表示された。
  
「はい、終わり。習合レベルが上がったからステータスの数字が一つずつ上がったと思うんだけど、体の調子はどうだ?」
「うーん……うん!よく分かんないけど、身体は軽くなった気がするよ。あとは戦場で確認した方が分かりやすそうだな」
 
鯰尾はその場で腕を回してみたり、軽く飛んでみて自分の調子を確認すると、あまり実感できていなさそうだが、ひとまず腰に手を当てて大きく頷いた。
 
「何か異変を感じたらすぐに言ってくれよ?あ、あと資源と刀装の運び込みは今どうなってる?」
「もうちょっとってかんじかな。あと半刻もすれば終わると思……ん?」
「なんだろう、何かあったのかな」 
「大将!」

鯰尾が審神者に進捗の途中報告をしていると、遠くからばたばたと慌ただしい足音が近づいてくる。
音に気づいたふたりが部屋の入口に目を向けると、刀の仕分けをしていた筈の厚藤四郎が、何やら焦った顔で駆け込んで来た。

「どうしたんだ厚?そんな急いで」

相当急いで走って来たらしく、入口で両膝に手を乗せて息を切らしている厚を見て、鯰尾は目を丸くして彼に近づいた。
 
「鯰尾兄!政府からの遣いでこんのすけが来たんだ!」
「こんのすけ?担当の役人さんからは何も聞いてないけど」

こんのすけが来る時は、大抵この本丸の担当をしている政府の役人から、事前の連絡が来る。
それをすっ飛ばして、直接この本丸にこんのすけが来た事は今まで無かったので、審神者は不審に思って首を傾げた。
 
「なんか急ぎの用らしい。ひとまず執務室に通してあるから、それが終わったら隊長と一緒に執務室に来てくれ!隊長にも今から伝えて来るから、頼んだぜ!」
「え、あ、ちょっ!……行っちゃった」
「忙しないなあ……主?」 
  
審神者に要点だけ伝えた厚は、またすぐさま部屋を飛び出して行ってしまった。
慌ただしい兄弟刀にやや呆れ顔をした鯰尾は、苦笑いの様な複雑な表情を浮かべて、片手で口元を覆っている審神者を見て、首を傾げた。
  
「……何だろう、ちょーっと嫌な予感がするなあ」
 


「初めまして審神者様。事前の連絡も無しに突然押し掛けてしまい、大変申し訳ございません」

厚に呼ばれて執務室に来た審神者と国広は、彼が言っていた通り部屋で待っていたこんのすけが、来客用の座布団の上に乗っていた。
審神者は挨拶を返そうとしたが、頭を下げて挨拶をするこんのすけの姿を見下ろして、ふと違和感を感じた。
 
「いつも来てくれるこんのすけじゃないよな?」
「はい。わたくしは先日就任された、他の本丸の審神者様の担当をしているこんのすけでございます」
「へえ、他の本丸のこんのすけなんだな……くろのすけは来てくれた事があるけど、違うこんのすけは初めて会ったかもしれない」

 審神者はこんのすけに興味を示した様子で座布団に座り、国広は何も言わずに審神者の少し後ろに控えた。 
こんのすけは緊張しているのか、どこか落ち着きがなく、自分で持って来た小さな手拭いでしきりに汗を拭いている。
 
「それで、今日は何の用で来たんだ?」
「は、はい!此度は審神者様にお願いがあって参りました」
「お願い?」
「はい。審神者:合歓木様に、わたしが担当している本丸の審神者:月桂樹様の本丸に実際に来ていただいて、本丸の運営の指導をお願いしたいのです」
「えっ!?」

こんのすけからの予想外の依頼内容に、審神者は驚いてその場で飛び上がった。
その声量を正面から受けてしまったこんのすけは、目を丸くして固まってしまった。
 
「……あ、ああいや、すまない。驚いてつい……それにしてもなんで自分が?自分で言うのもなんだが、同期の審神者の中ではそこまで優秀とは言えないぞ?」

審神者は動揺した自分を取り繕うように座り直して、こんのすけに理由を尋ねた。

「今回あなた様にご指導をお願いした理由は、審神者としての成績ではなく、あなた様の本丸を運営する手腕です」
「手腕?」

こんのすけが述べた理由が、審神者にはいまいち理解できず、思わず聞き返した。
 
「時間遡行軍との戦いの中、毎年新しく就任する審神者様の中には、あなた様のように特殊な体質や、バグを抱えた刀剣男士様を顕現してしまう審神者様が一定数いるのはご存じですよね」
「ああ」
「では、審神者様。そんな本丸の運営の継続率はご存じですか?」
「継続率?……なんか難しそうな話になって来たなあ……まんばはどう思う?」

苦手そうな分野の話の予感に、審神者は顔をしかめて、後ろに控えている国広に視線を送って助けを求めた。

「本丸の数は膨大だ。俺達のような刀剣男士が多く顕現している本丸なんざ、別に珍しくないだろう。他の本丸と大して変わらないんじゃないか?」
  
先程から話の真意が見えない国広はやや苛立って、少々圧のある言い方でこんのすけを見据えた。

「いいえ。山姥切国広様」

こんのすけきっぱりと言い切って、首を横に振った。
 
「三年以内に約半数が、五年以内に七割以上の審神者様が辞めてしまわれるのです」
「「えっ!?」」

予想外の数字に、審神者と国広は同時に声をあげて目を丸くした。

「でも、どうして?」

審神者が尋ねると、こんのすけは神妙な表情で俯いた。 
   
「特殊個体、バグ個体にも色々種類がございます。色や姿かたちが違う、性格が大きく異なる、中には戦闘や日常生活に支障が出るようなバグを抱えた刀剣男士様もいらっしゃいます。そういった情報は他の審神者様に出回るのが早く、謂れのない中傷を受け、「正しく顕現してやれなかった」と心を病み、審神者を止めてしまう方が後を絶たないのです。審神者様も、少なからずお心当たりはあるのではないでしょうか?」
「そんな……でも、そうだな。ほんの少し、身に覚えがあるよ」

こんのすけから静かに語られた事実に、審神者は言葉を失い、以前受けた苦い経験を思い出して下唇を噛んだ。 
 
 
 世に言う『普通』から外れた、異端の烙印を押された者は、すぐにつまはじきにされてしまう。
自分達の事を碌に知らない外野からの心ない声を、ただの雑音として払いのけられるようになるまで、個人差はあれど、それなりの年月と葛藤を必要とするのを、審神者は身をもって知っていた。
 
「話を戻しましょう。審神者様の本丸の刀剣男士様達は、いずれも眠りに関して特殊な体質をお持ちです。全員が特殊個体と言っても過言ではないでしょう。そんな刀剣男士様達を誰ひとり欠ける事なく、本丸の運営に組み込めているこの本丸はとても珍しいのです」
「珍しい……」 
「今回指導をお願いしたい審神者様は、先日の百振り配布によって就任して間もなく、いきなり百振りの刀剣男士様達を率いる事になりました。そしてその中でかなりの割合の刀剣男士様達が特殊個体として顕現されております。……中には人の姿をしていない方もいらっしゃいます。その為審神者様も、かなり苦心されているご様子で、出陣すらままならず、日々顔色を悪くされる一方なのです」
「……政府からの支援は望めないのか。それに審神者の仕事のサポートをする為に、あんた達こんのすけはいるんじゃないのか」
「全てはわたくしの力不足が致す所、山姥切国広様のご指摘はごもっともでございます」
 
国広が再度静かに、そして厳しい声で糾弾すると、こんのすけは彼の言葉を受け止めるように目を閉じて、悔しそうに俯いた。
 
「わたくしもできる限りのサポートはしておりましたが、わたくしができるのは審神者としての基本的な業務をお教えする事くらいで、日常生活の細やかな事はお力になれないのです。……お願いです、審神者:合歓木様。どうかうちの本丸の審神者様のお力になって頂けないでしょうか、どうか……どうかお願いします!!」
 
 こんのすけは畳に額を擦りつける勢いで頭を下げた。
半ば悲鳴のような声で懇願する姿は、それだけ必死になる程、彼らの本丸が相当追い詰められているのが想像できる。
頭を下げるこんのすけの姿を見つめてから審神者は、何も言わずに後ろの国広に視線を送ると、視線に気づいた国広は一度こんのすけを見下ろしてから、静かに口を開いた。
 
「俺はあんたの決定に従う。あんたは、どうしたい?」
「…………」

国広の真っすぐな目を見つめてから、視線をこんのすけに戻し、審神者は目を閉じて考え込むと、数分間たっぷり時間を使ってから、ようやく目を開いた。
 
「……分かった。その話、受けるよ」
「本当でございますか!?」

審神者が静かな声で依頼を受ける旨を伝えると、こんのすけはガバリと勢いよく顔を上げた。
 
「ああ、二言は無い。どこまでできるか分からないけど、できる事はやってみるよ。話を聞く限り日常生活もままならないみたいだから、ひとまず生活の基盤を整える事を目標にすればいいか?出陣に関してはこっちがあまり口出ししていいものじゃないだろうし」
「は、はい!ぜひお願いします!」

こんのすけは安堵からか涙目になり、「ああ、よかった……」と小さく声を漏らした。
 
「それで、具体的にはどうする?相手の本丸も百振りいる。あんた一人だけ行ってどうにかするのは難しい。それぞれの当番で何振りかまとめて連れて行くべきだ。それにこちらの本丸の運営も考えないといけない。久しぶりの本歌……ゴホン!いや、聚楽第の特命調査も控えているしな」

国広がすぐさま具体案を尋ねて来た表情を見て、別紙で書いてあった聚楽第の特命調査の知らせを見て、先日から彼がそわそわしていたのを思い出し、審神者は思わず小さく吹き出した。
あまり表情には出していないが、自分の本歌の習合レベルを上げる好機を楽しみにしていたのだ。
 
「そうだな。こんのすけ、こちらでどの刀を連れて行くか考えたいから、そちらに行くのはもう少し待ってくれないか?長くても一週間でそちらに行けるようにするから」
「もちろんでございます!後程こちらの本丸についての説明を兼ねた文をお送りします。お早めのご連絡お待ちしております!」

その後何度も頭を下げるこんのすけをゲートまで見送ると、審神者は長く座って凝っていた背中の筋肉を伸ばすように、その場で背伸びをした。

「おっ、大将!隊長!こんのすけとの話は終わったんだな。小判と資源は全部倉庫の中に入れ終わったぜ」

国広に代わって指揮を執ってもらっていた厚が、作業が一段落した報告をしにやって来た。
 
「ああ、厚。お疲れ様、そっちは大きなトラブルとかは無かったか?」
「おう。あとは大将の習合と刀解待ちの刀だけだぜ」
「あー……予想外の来客が来たから、今日全部やるのは難しそうだな……今日は習合だけやりきってしまって、刀解は明日に回そうか」 
    
審神者はやや傾いてきた太陽を見上げながら、ぼんやりと呟いた。
そのやや疲れた横顔を見て、厚は審神者には声を掛けずに、国広に近づいた。
 
「なあ、隊長。随分話し込んでたみたいだったけど、何があったんだ?」
「今回百振り刀剣が配布されただろう。さっき来たのは、それで運営に支障が出ている本丸のこんのすけだった。うちの主に本丸の運営について、向こうの本丸に行って新人の審神者に、手ほどきをして欲しいと助けを求められたんだ」
「えっ。……ああー…確かに一気に百振りも来たら、指揮を執るのは難しいよな。でもなんでうちなんだ?」
「どうやら向こうの本丸も、かなりの割合で特殊な個体が顕現しているらしい」
「なるほどな。それで変わった体質持ちのオレ達がいる本丸の大将に白羽の矢が立ったって訳だな」 
   
厚からの至極当然の疑問に国広が簡潔に答えると、彼はそれだけで理解したらしく、腕を組んで「うんうん」と何度も小さく頷いた。

「じゃあ、これからどうするか決めないとな。大将が本丸をしばらく留守にするなんて初めての事だし、大将一人で向こうに行かせる訳じゃないんだろ?鶴丸さんと長谷部呼んで来ようか?」
「そうだな。みんなの習合が終わって夕餉が終わったら、全部隊隊長に集まってもらおう。後一緒に本丸当番の統括をしている刀も何振りか……そうだな……燭台切、堀川、薬研も呼んで欲しい」
「わかった、夕餉の時にでも伝えて来るよ」 
「ああ、頼んだよ」
「……新年早々、忙しくなりそうだな」
「ああ。結構大変な仕事になりそうだ」

呟くように独り言つ国広に向かって、審神者は腰に両手を当てたまま苦笑いを浮かべた。 

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