「放置本丸?」
『そうです』
執務室の入り口付近に座していた長義が聞き返すと、正面に設置されている合成音声の無機質な声が、ノイズ混じりに部屋に響いた。
この本丸には審神者がいない。
政府から支給されている霊力補給装置で、この本丸の刀剣男士は顕現出来ている。
その為、出陣や任務などの指示は、シルエットしか分からない液晶に写った人物から受けていた。
彼なのか、彼女なのかは分からないが、おそらく政府の役人ではないかと長義は予想している。
『数年前、時間遡行軍に襲撃されて全滅した為、放置されていた本丸があったのですが、どうやらその本丸に微弱ながら刀剣男士の反応があると、報告が入ったのです』
「……全滅した本丸に生き残りがいたのか?しかし、襲撃にあった本丸には、政府の救援部隊が必ず本丸に向かうはず。彼らはその刀剣男士を見落としていたと言うのか?」
そう言って眉を顰める長義に、液晶の人物は『いいえ』と否定した。
『当時本丸が襲撃された時、救援部隊が向かうと既に本丸には折れた刀剣と、既に事切れていた審神者の死体が発見されており、顕現している刀剣男士の姿は一振も見つからなかったと、当時の救援部隊から報告書が上がっています。部隊には顕現している刀剣男士を感知する装置を持ち込んでいた為、見落としていた可能性も低いかと思われます』
「……では、他の本丸の刀剣男士が入り込んでいるとでも?」
『それを調査して欲しいと、政府からの依頼です』
これ以上の質問には答える必要はないとばかりの、液晶の人物の畳みかけるような口調に、長義はため息をついて立ち上がった。
「分かった。ならば早速向かうとしよう」
そのまま長義は部屋から出ようと、襖に手をかけた。
『山姥切長義』
「……何かな」
液晶の人物から呼び止められて、長義はゆっくりと振り返った。
『あなたがこの本丸に来てから、この本丸がこなせる依頼がかなり増えました。これからもあなたの働きを期待しています』
「期待、ねえ……」
液晶の人物の言葉に長義は、小さな声で反復した。
「こんな俺に、一体何を期待しているのかな?」
口の端を歪めた笑みを浮かべた長義は、不揃いの色の目を僅かに細めた。
通常の本丸と違い、政府が直接管理している特殊な本丸がある。
政府からの特殊な依頼を受ける本丸、政府の救援部隊の援護に向かう本丸、時間遡行軍の新たな動向を探る為の本丸など種類は様々だ。
この本丸も政府に管理された本丸の一つで、政府からは『療養本丸』と言われていた。
『療養本丸』は主にブラック本丸、もしくはそれに準じた本丸で、身も心も傷ついた刀剣男士を休ませる為の本丸だ。
特にここでは重症の者が多く、もし刀解しても本霊へ還る事が出来ない者もいた。
長義もその重症と言われる刀の一振だ。
彼が配属した本丸の審神者は、長期間に渡って長義を蔵に閉じ込め、彼にとって悪質な言霊を浴びせ続けた。
その為、彼を構築している逸話が山姥切国広の物と混ざってしまい、霊核が元に戻せない程変質してしまった。
発見当時は錯乱が酷く、自我を失いかけていたが、政府の医師の懸命な治療とカウンセリングのおかげで、大分症状は落ち着いた。
しかし変質した霊核は元に戻る事は無く、それに引きずられるように、見た目も僅かに変わってしまった。
左に流された冬の様な白銀の髪は、一房金色に変わり、瑠璃色だった左目は彼の写しと同じ翡翠色に変色してしまっていた。
本丸の依頼をこなせるまでに回復した頃、周りの好奇の視線を気にするようになり、変化してしまった髪と目を隠す為に、本来身に着けていたストールではなく、いつしか監査官時代のフード付きマントを身に着けるようになった。
一度霊核が変質した刀剣男士が、元に戻る可能性はほぼゼロに近く、刀解しても本霊には還れない。
ならば通常の刀剣男士には戻れなくても、せめて折れるまで自分にできる事があればと、長義はこの本丸で政府に微力ながらも手を貸していた。
改めて自分の防具の具合を確かめて、装備に不備が無いか確かめる。
一通り確かめた後で監査官時代のマントを羽織って、ゲートの前に立った。
「こんのすけ」
「はい」
長義がこんのすけを呼ぶと、どこからともなくドロンと煙の中から、小さな管狐が現れた。
「お待ちしておりました」
「例の依頼された本丸へ、ゲートを繋いでくれ」
「かしこまりました。では本丸コード*******へ繋ぎます」
そう言ってこんのすけはしばらく宙を見つめると、こんのすけの目の前に画面のような物が現れて、短い手足でポチポチと、澱みなく画面の中のボタンを押していった。
「こちらのゲートをあちらの本丸空間へ繋げました。それではお気をつけて」
事務的な事とはいえ、こんのすけの無事を祈る言葉に短く礼を言って、長義はゲートの向こうへ足を踏み入れた。
「これは……酷いな」
ゲートの向こうは、打ち捨てられてから数年経っている本丸だ。
予想はしていたが、本丸は酷く荒れ果てていた。
屋根や柱はボロボロで、庭の池は枯れて底の土はひび割れている。
空はどんよりと澱み、分厚い雲に覆われて太陽の光は一筋も見えない。
一番酷いのは、辺り一面を多い尽くす程の雑草だ。
背の高い草が地面を隠し、長義の腰辺りまで伸びてしまっており、足元には蔦の様な雑草も隠れていて、数歩進むとたちまち足に絡みついてくる。
足を取られないように気を付けながら進むと、所々にこの本丸にいた刀達であろう破片が、草の陰に隠れる様に転がっている。
草をかき分けながら本丸の建物にたどり着き、建物の中へ足を踏み入れた。
中の部屋はどこも争った形跡があって、床や壁は刀傷でボロボロで、家具などがめちゃくちゃに散乱している。
障子は押し倒されて真っ二つになっていたり、破れてしまっている物がほとんどで、綺麗な状態の物が一つもない。
縁側の方に出ると床の一部が抜けていて、腐っている部分もあるのか、軽く踏み込むと嫌な音を立てながら沈むので、踏み抜いてしまわないように一歩ずつ確かめながら進まないといけなかった。
蔦状の雑草はここまで伸びてしまっていたらしく、部屋の中まで覆い始めている箇所もあった。
周囲に警戒しながら足を進めていると、僅かながら何者かの気配を感じて、長義は足を止めた。
それは風で揺らめく小さな蝋燭の炎の様で、ほんの少しでも気を抜いたら、消えてしまいそうな位に弱々しいものだった。
意識を集中してその気配の方へ、再び庭の方へ足を下ろして周辺を歩くと、何か大きな物に躓いた。
「……っと」
転ばないように咄嗟に前に足を出して踏みとどまると、長義は躓いた物に目を向けて息を止めた。
長義が躓いた物、それは人の足だった。
足の大きさからして、打刀か太刀だろう。
長い雑草に隠れて見えにくくなってしまった事と、気配が余りにも弱い為に気づけなかったのだ。
慌てて草をかき分けて、その人物が誰かを確認すると、喉から引き攣った声が漏れた。
「山姥切…国広」
伸びた蔦を身体中に絡ませて、その刀は横向きで倒れていた。
装備からして既に極になっている個体のようだが、至る所を斬られてボロボロになっている。
散らばった髪に隠れて最初は分からなかったが、僅かに目が開いている。
しかし、そこから除く瞳は宝石の様に輝くものではなく、ひび割れたガラス玉の様にくすんでいて、何も写してはいない。
彼の口元に手をかざしてみると、かすかではあるが息遣いが感じられた。
「ずっと……ここで一振り、倒れていたのか?」
思わず出てしまった言葉にも、反応する様子は無い。
目は開いていても、意識は無いらしい。
近くにボロボロになったお守りが落ちていたので、おそらく彼は一度折れたのだろう。
ひとまず彼を回収する為に、長義は持って来ていた端末を開いて本丸と連絡を取る事にした。
「こちら山姥切長義。依頼されていた放置本丸にて、重傷の山姥切国広を発見した。おそらく他の本丸ではなく、この本丸の刀剣男士だ。これから保護した後、帰還する」
『分かりました。帰還の際は、再度こんのすけをお呼びください』
「了解した」
端末を閉じて、彼を保護する為に彼の体に絡みついた蔦を斬りにかかった。
彼の足元には本体である刀が転がっていて、それにも蔦が何本も絡みついていた。
所々刃こぼれしており、一部にはひびが入っていたので、蔦を乱暴に切って本体の刀が折れる事が無いように、長義は慎重に蔦を一本一本斬っていった。
続いて彼の体に絡みついている蔦も斬っていると、彼が手に何かを持っている事に気が付いた。
手を開かせようとしても、固く握りしめられており、ちょっとやそっとでは開きそうにない。
一本一本、固まった関節を剥がすように指を開いていくと、そこには小さな刀の破片が一つ、彼の手のひらの中に納まっていた。
その刃文を見て、長義はそれが何なのかがすぐに分かった。
それはあまりにも見慣れた刀、山姥切長義の刀の破片だった。

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