夢は終わり

刀剣乱舞刀剣乱舞 一話完結小説

「よう。久しぶりだな、長義の旦那」
「久しぶりだね、薬研君」

翌日、政府所属の薬研藤四郎が長義の部屋を訪れた。
片手をあげて長義に笑いかける彼の腕には、政府所属の刀である証の腕章が身に付けられている。
この本丸の刀は治る見込みは殆どない者が多いが、今以上に状態が酷くならないように、政府からの刀剣男士が時々派遣される。
簡単な体調のチェックから、霊力の流れを診たり、穢れを祓ったりと、種類は刀によって違う。
長義に関しては、簡単な体調の健診とカウンセリングのみで、時間はほとんど取らない。
なので今回は、国広の健診をメインに診てもらおうと考えたのだ。

「国広の旦那の健診は初めてだったな」
「よろしく頼むよ」
「ああ」

薬研は横たわる国広の傍らにしゃがむと、持参していた黒革の大きなカバンから、聴診器やよく分からない医療に関係している道具を何点か取り出していった。
先程まで男らしく笑っていた薬研は、今ではすっかり医者の顔をしていた。

「じゃあ、ちょっと失礼するぜ」

 そう言って薬研は、目を開けて虚空を見つめている国広の着流しの前を開けて、彼の胸を空気にさらした。
そして首にかけた聴診器を彼の胸元や腹などに当てて、体の音などを聞いていく。
その他にも腕にベルトの様な物を巻き付けて何かの数字を計ったり、細いペンライトを彼の目にかざしたり、ヘラなどを使って口を開けさせて喉の中を診たりと、医者が人間にする診察と変わりない物だった。
 一通り終わったのか、薬研は一旦機械などを鞄に戻して、今度はバインダーと紙とペンを取り出して、何かを素早く書いていった。
長義が座っている少し離れた場所からも、彼が書いている物が見えたが、専門用語が多すぎて内容までは分からなかった。
ひとしきり書き終わったらそれを床に置いて、今度は国広の手のひらを包んだ。

「国広の旦那、分かるか。俺は薬研藤四郎だ。この声が聞こえていたら、手を握って欲しい」

ゆっくりと、はっきりとした口調で、薬研は国広の耳元で呼びかけた。
さほど大きな声量ではないが、あれだけ至近距離で呼びかけられたら、かなりうるさい筈だ。
しかし、国広はそれに反応する事は無く、薬研に包まれた手が動く事は無い。

「……うん。声の呼びかけに対する反応はなし…か。じゃあ、ちょっと痛くするぞ」

そう言って今度は、国広の腕を痣ができる程の強さで、思い切りつねった。

「……ぅう゛」
「国広の?」
「…………」

かすかな呻き声に、長義が薬研の隣まで移動すると、国広が僅かに顔をしかめていた。
起きるかもしれないと、長義は希望を見出したが、薬研が手を離すと再び元の状態に戻ってしまった。

「……起きないのか」
「うん。痛みには反応する…と、……こんな所か」

そう呟いて、薬研は聴診器を外しながら胡坐をかいて、再びバインダーを手に取って何かを書き足した。

「薬研君……何故、彼は起きないのかな」
「う~ん……断言はできないが、最初は長い期間重傷のまま放置された事によって、霊力が枯渇していた事が原因だと思っていたが、長義の旦那の霊力供給のお陰で、国広の旦那の霊力も大分安定した。体の方には異常は無さそうだし、体は眠っている状態と変わりない。となると……やっぱり精神的なものかもしれないな」
「……そう」

長義が国広の手を取ってみても、相変わらず握り返される事は無く、手を放すと重力に逆らう事なくボトリと布団の上に落ちた。
国広を見つめたまま、どこか苦しそうな表情をする長義の横顔を見て、薬研はバインダーに書く手を止めた。

「……偽物とは、言わないんだな」
「……え?」
「他のあんたの同位体は、山姥切国広の事を偽物と呼ぶ事が多いからな、少し気になった」
「ああ」

薬研の質問に、長義は顔を曇らせて俯いた。
下を向いた事で、金色が混じった銀糸がサラリと流れる。
その間から覗く翡翠色に変色した瞳はくすんでいて、諦めと自嘲が浮かんでいた。

「……俺にはもう、彼を偽物と言う資格はないからね。今後俺が国広のを『偽物くん』と言う事は無い、かな」
「……そうか」

 薬研が配属されている政府の医療部にも、山姥切長義はいる。
そんな彼は比較的温厚な性格の個体だったが、それでも彼が彼である為の矜持は持っているし、自分を貶めようとする者達には一切の容赦が無い、苛烈な部分も持っている。
そんな彼を見ていている分、この本丸の山姥切長義はやはりどこかが違う。
彼の中で『山姥切』の認識が、歪められているせいなのだろう。
時々訪問するたびに、少しずつ彼の認識を正そうと試みて、様々なアプローチをしてみたが、今のところ成果はほとんど出ていない。
写しに対して気にかけているのは、本歌としての本能がまだ残っているのかもしれないが、意図的に歪められた認識が、自分は彼の本歌ではないと思いこませているようだ。

(こちらも変化は無し……か)

彼のどこか空虚な表情を見て、薬研はそうバインダーに追加で書き記した。

「まあ、事前に渡されていた資料に比べたら、国広の旦那の霊力は安定してきたし、僅かながらも反応する事は分かったんだ、それだけでも大きな進歩だ。旦那はまだここに来てから日も浅いし、長い目で見ていこう」
「……それもそうだね」

表情を切り替えて明るく薬研が長義の背中を叩くと、長義は不器用に笑って見せた。


「じゃあ。俺は他の刀も診て回るから、二振り共何か異変があったら、すぐにでも連絡してくれ」
「ああ、ありがとう」

 道具を鞄に片付け終えて退室する薬研を、長義は手を振って見送った後、いつの間にか目を閉じていた国広に目をやった。
先程はだけられていた着物の合わせは、きちんと直されている。
布団から肩がはみ出していたので、首元まで布団をかけなおそうとすると、先程薬研につねられていた腕が目に入った。
相当強い力でつねられたのだろう、つねられた部分は真っ赤に腫れている。
数日後には紫に変色して、痣になってしまうだろう。
長義は部屋にあった救急キット持ち出して、その中から湿布を取り出して、彼の赤くなっている部分に貼り付けた。
冷たかったのか、貼り付けた瞬間に彼の指先がピクリと跳ねた。

「あれだけつねられても起きないなんて、一体どんな夢でも見ているんだか……」

長義がそっと国広の頭を撫でてやると、柔らかい髪の感触が指先を滑った。

「……夢の中はそんなにも心地いいのかな」

ポツリと零した声に、返してくれる者は誰もいなかった。

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