夢は終わり

刀剣乱舞刀剣乱舞 一話完結小説

 月日は巡り、国広があの本丸から発見されてから早くも半年が経った。
国広がどういった状態なのか分からなかった為、長義は政府からの任務を一時的に休んでいたが、彼の意識が戻らないとはいえ霊力は安定してきたので、再び依頼を受けるようになっていた。
 今日長義は演練場の警備の手伝いの依頼を受けている。
本来は政府の刀剣男士がするものなのだが、繁忙期になると人手が足りないらしく、たまにこの本丸にも来る、そう珍しくない依頼だった。
長義が不在の間は、国広の事は燭台切に任せる事にした。
今の国広は彼を認識する事が出来ない事から、頼んでも大丈夫だと判断した長義が、朝餉の後に頼んでみたのだ。
最初は戸惑った態度を見せたが、逡巡しながらも燭台切は頷いてくれた。

 戦装束に監査官時代のマントを身に着けて、おかしな所はないかと一通り確認して、今一度自分の本体の刀の状態を確認する。
大丈夫だと確認したら、部屋の隅にある小さな文机の引き出しから、手のひらに収まる大きさの、紺色の箱を取り出した。

「……これを使うのは、随分と久しぶりな気がするな」

 そう呟いて開けた小箱の中には、一対の耳栓が入っていた。
大体の耳栓は無地のデザインが多い気がするが、この耳栓はただの耳栓とは違う。
黒地に小さな赤い文字が全体にびっしりと書かれていて、かなり毒々しいデザインになっている。
 この耳栓には特殊な術式が込められていて、これを耳に付けると音は聞こえていても、声だけが認識出来なくなるのだ。
審神者の言霊によって変質してしまった長義が、外に出てこれ以上歪められないようにと、ここに来た時に渡された物だった。
長義は療養本丸の外で誰かと接触する際は、自分への措置としてこれを身に着けるようにと義務付けられている。
長義は無表情でしばらくそれを見つめていたが、すぐに慣れた手つきで耳栓を取り付けて、フードを被りながら本丸のゲートへ向かった。


『療養本丸の山姥切長義だ。演練場の警備の依頼で来た』
『ご苦労。協力感謝する。では演練場Bの第四区の警備を頼む』
『了解した』

 演練での警備は政府に属する刀剣男士か、長義のように政府が管理している本丸から派遣された刀剣男士が大半を担っている。
中にはバグを抱えた刀剣男士しかいない本丸から来ている者や、声が出せない者や、耳が聞こえない者、長義のように声のみ認識出来ないようにした者もいたりもするので、ここでの会話は端末での文字入力か、ハンドサインで行う事になっている。

『認識阻害の根付だ。この演練が終了したらここに返しに来るように』
『わかったよ』

そう言って、長義は政府の係の者から政府の紋章が付いた根付を受け取り、自分のベルトに身に着けて、言われた持ち場へと向かった。

 演練場の警備の仕事は大きく二つに分かれる。
一つは政府所属の刀剣男士が巡回をして、迷子の保護や審神者間でのトラブルを解決したり、稀にブラック本丸の疑惑がある者を捕獲したりする。
もう一つは本丸から派遣された刀剣男士が、認識阻害の根付を身に着けて、他の者から認識されにくい状態になり、それぞれの持ち場で演練をこなす刀剣男士達と、それを引きつれている審神者が順当に試合を行っているかを見張り、何か異常があれば政府の刀剣男士に通報する役目だ。
 会場は広いので、政府の刀剣男士だけが巡回していても、どうしても目が届かない場所が出来てしまう。
それを防ぐために本丸から応援を呼んで監視の目を増やし、政府の男士がすぐに駆け付けられるようにしたのだ。
長義はフードを目深に被りなおして、目の前を行きかう人や刀を無感情に眺めた。

 数時間もして警備の任務が終わり、根付を返してさっさと帰ろうとしたが、次の演練の試合が始まる数分前のサイレンが鳴り響き、長義はふと足を止めた。
どうせこれから自分がここで戦う事はないので、見ても悔しい思いをするだけだと、演練の試合を長義は一度も見た事は無かった。
しかし、今日はたまたまそんな気分だったのだろう。
長義は吸い寄せられるように、誰でも試合を見る事ができる観覧席へと足を運んだ。

 席に座って見てもよかったが、知らない本丸だしそこまでじっくり見ようとも思っていないし、その上あまり人目にも付きたくない。
結局観覧席の入り口付近で立って、演練を見る事にした。
試合で戦う部隊のデータを見てみると、どちらの部隊もかなりの高練度の刀剣男士達ばかりで、かなり激しい戦闘が予測される。
両端のゲートが開き、二つの部隊がそれぞれの部隊長を先頭に入って来て、その内の一振の刀に目を留めた。
 片方の部隊長は極めた山姥切国広だった。
朱色の鉢巻を結び、翡翠の瞳は鋭い光を帯びて、しっかりと前方の相手部隊を見据えている。
作戦の確認でもしているのだろうか、前を見つめながら自分の部隊の者と何かを話していた。
互いに準備が終わるのを見計らって、試合開始の合図が鳴り響いた。

 山姥切国広の戦いは勇猛の一言に尽きた。
彼が真っ先に敵陣へ突っ込んで相手部隊長に斬りかかり、それを皮切りに彼の仲間達が続き、それぞれの相手に斬りかかった。
部隊長同士での戦いはとても高度で、互いの攻撃の一撃一撃が重いのが、遠目で見ても分かる。
鍔競り合いになって睨み合い、両者一歩も退く様子は無い。
それでも相手の隙をついて、山姥切国広は相手の胴体に蹴りを入れてバランスを崩させ、相手が立て直す前に彼に斬り伏せられた。
他の隊員達も接戦ではあったが、次々と確実に相手を倒していく。
相手部隊に対しての編成の相性が良かった事もあって、彼の本丸は何とか勝利を収めた。
 刀を納めて仲間の方へ向かう途中、他の仲間に背中を叩かれて、彼は僅かにつんのめったが、何か軽口でも叩いたのか、笑う仲間につられて彼も笑った。
眉尻を下げながら目を細め、僅かに口角を上げるだけの控えめな笑みだったが、頬をうっすら赤く染めて、花が綻ぶ様な笑顔だった。
傷だらけになってはいたが、部隊の仲間達と笑いあう山姥切国広は、長義にはとても眩しく、遠いものの様に感じられた。

 演練が終わり、部隊が去っていくまで長義はその山姥切国広を見つめていたが、遠くの観覧席で長義の方を見て、ひそひそと何かを話し合っている審神者が目に入り、長義はフードを深く被り、無言でその場を後にした。


 長義が帰ってくる頃には、本丸はすっかり夜になっていた。
フードと耳栓を外して軽く頭を振ってから髪を整えていると、今日は月が出ている事に気が付いた。
国広がいる自分の部屋に戻る前に、彼の体を拭くために厨へと向かう。
桶と手拭いは途中の風呂場で用意して、厨のポットにスイッチを入れる。
お湯も風呂場で調達してもいいが、風呂場が湧くまでもう少しかかる時間帯の為、こちらの方が断然早い。
早々に沸いたお湯を桶の中に入れて、自分の部屋へたどり着くと、留守の間国広の事を見ていてくれた燭台切が振り返った。

「あ……長義君、おかえりなさい」
「ただいま、燭台切殿。すまないね、遅くなって」
「ううん、大丈夫……ご飯は、どうする?」
「……今日は、遠慮するよ」
「分かったよ、じゃあ僕は部屋に戻るね……おやすみ」
「ああ、おやすみ」

 簡単な挨拶だけして、燭台切は早々に退室した。
部屋の真ん中に横たわる国広には、何も変化はないようだ。
長義は傍らに膝をつき、眠っている国広の頬に手を添えた。
彼に話しかける時に頬に手を添えるのは、気が付けばここ半年ですっかり癖になってしまっていた。

「……ただいま、国広の」

反応が無いのも、この半年ですっかり慣れてしまった。
自分の籠手と手袋を外して、既に筈にて床に畳んでおいたマントの上に置いて、桶のお湯に手拭いを浸した。

 布団を剥がして横たわる国広の帯をほどき、着物の合わせをはだけさせると、白い肌が現れる。
移動中に、程良くぬるくなっていたお湯から手拭いを取って固く絞ると、彼の胸に手拭いを這わせた。
腕、腹、脚、つま先と彼の身を清めていく。
最後に背中を拭くために、彼の首の後ろに手を添えて、上半身のみ起き上がらせた。
力が入っていない体は、ぐらりと長義の方へ倒れかかってくる。
そのまま前から抱き込む体制のまま、彼の背中からうなじへ手拭いを滑らせて、終わったらもう一度着物を着させて、元通りに国広を布団へ横たわらせた。
 
 国広の寝顔をしばらく見つめていると、今日の演練で見た山姥切国広を思い出した。
真っ先に相手に斬り込んで、あの激しい剣戟を見せたあの刀と、今ここで眠っている国広は同じ極めた山姥切国広だと言うのに、全く違って見える。
個体差と言ってしまえばそれまでだが、そうと思わずにはいられなかった。

何故、彼は起きないのだろう?

 時折長義が思ってきた事だ。
薬研の診断では眠っている状態と変わらない、精神的な物が原因で意識が無いのだということだが、一向に状況が変化する兆しは見られない。
ぐるぐる、ぐるぐると思考は回って、怒りや苛立ちの様な感情が胸の奥に灯った。

どうすれば彼は起きる?
瞼に隠された瞳を見る事は、本当にできないのか?

……起きざるを得ない状況にしたら、彼は起きるのだろうのか。

 寝息を立てる彼の白い喉元が目に入る、一度それが目に入るとそこから目を離す事ができなくなる。
長義は馬乗りになる様に国広に跨り、両手を伸ばして彼の首をやんわりと包んだ。
国広の首は温かく、血が通っているのが分かる。
ドクドクと聞こえるのは彼の脈動なのか、それとも自分の心臓の音なのか、もしかしたら両方かもしれない。
今の自分は少しおかしい、そう思っていても、長義は今の自分を止める事ができそうになかった。
 少しずつ、少しずつ体重をかけて、彼の首に力を込めていく。
すると、パカリと国広の目が開いた。
起きたのかと思いもしたが、いつものと変わらない虚ろな瞳、あの山姥切国広とは程遠い、人形の様な意思の宿らない瞳だ。
それすらも今の長義には、酷く心をざわつかせるものだった。

「……起きなよ、国広の」

長義が更に首に圧力をかけると、彼の体がビクリと跳ねる。
投げ出された手は、ピクピクと細かく震え出した。
意識の無い体でも生存本能はしっかり働くのだろう、唇が薄く開き、酸素を求めて小さな声が漏れ始めた。

「……は……ぅア゛」
「抵抗してみなよ……目を覚まして、この手を引きはがしてみなよ」
「……んぁ……あ……」
「起きろよ……俺が、お前を殺してしまうよ?」
「……」

長義は祈る様に、呪う様に、国広へ言葉を零した。
どんどん彼の顔から血の気が引いていき、手や足の震えも弱くなってきた頃、長義はハッと正気に戻り、持てる力を使って自分の指を一本一本剥がすように、彼の首から手を離した。

「かはっ……はっ、ケホッ……」

急に気道を開放された国広は、弱弱しい咳を何度も繰り返した。
僅かに眉を寄せて苦しそうな顔で咽る国広を見て、長義は途端に大きな罪悪感に襲われた。

 自分がした事が、信じられなかった。
ただ彼に目覚めて欲しい、それだけだったのに、先程まで長義は国広の首を絞めて……殺そうとしたのだ。
こんな事をするつもりなど、無かったのだ。

 後悔や懺悔、苛立ちや悲しみなどの感情が、頭の中でぶつぶつと浮かんでは消えて、言葉はぐるぐると脳内で渦を巻いたが、喉からせり上がる苦しい感情を表す言葉を、今の長義には見つける事は出来ない。
意識のないままか細い息を繰り返して、息を整えようと難儀する国広を見て、長義は叫び出したいような、泣きだしたいような衝動を押し殺すように下唇を噛んだ。

「そろそろ起きてくれよ……国広の」

国広のいつもより早い胸の鼓動を聞きながら、長義は縋る様に彼の胸に顔を埋めた。

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