夢は終わり

刀剣乱舞刀剣乱舞 一話完結小説

「……はあ」

 沈んだ気分に、つい重い溜息をついてしまった。
自分の部屋で昼寝をしていたのだが、途中で夢見が悪くなって、先程とうとう起きてしまったのだ。

 夢の中で横たわっていた俺は、誰かに首を絞められていた。
抵抗しようとしても、何故か体は思うように動かせなくて、手足を震わせる事しか出来ず、声を出して助けを求めようとしても、声を出す事すらままならなかった。

 首を絞めているのは、顔の部分だけが霞がかっていて、誰なのかを確認する事は出来そうにもない。
どんな声色で、誰のものだったまでも思い出せないが、首を絞めながらその誰かは「起きろ」「目を覚ませ」と低い声で、何度も俺に言い続けた。
苦しいまま何もできなくて、とうとう意識を手放しそうになった時に、相手は急に俺の首から手を離した。
急に息ができるようになって、俺が必死に咳き込んでいる間、その誰かは酷く動揺していた。
ようやく息が整ってきた頃には、その誰かは苦しそうに俺の胸に顔を埋めていた。

「起きてくれ……」と最後には懇願するような、震えた声が聞こえた。
それは、あまりにも辛く苦しそうな声で、今にも泣きだしそうな程の悲しみを孕んでいて、「あんたは誰なんだ?」と聞こうとした所で夢は終わっている。

あれは一体、誰だったのだろう?
普段夢を見てもすぐに忘れてしまうのに、あの悲痛な声が妙に現実味を帯びていて、耳にまとわりついて離れてくれそうにない。
それが俺の気分を再び沈ませた。

……夢の事に囚われても、仕方がない。
気でも晴らすために散歩でもするかと思い、フードまでは被らなくなった襤褸布を羽織って、部屋の外に出た。


「ん?」

 縁側を歩いているとふと視界に赤が横切ったので、思わず足を止めた。
数歩下がって床を見下ろすと、小さな血痕が落ちている。
それはポツポツと続いていて、縁側の向こうまで続いている。
それを辿って縁側の曲がり角を曲がると、少し歩いた所の柱に、こびりついた様な大きな血の痕が広がっていた。
出陣して重傷を負った者が、手入れ部屋に運ばれる際に、血が落ちて床が汚れる事はそう珍しくない。
今回もそうなんだろうなと、床を拭く物を取りに行った。

「あれ、兄弟?今日掃除当番だっけ?」

 水を入れたバケツと雑巾を持って、さっきの場所に向かっていると、兄弟に呼び止められた。
掃除当番ではない俺が、掃除道具一式を持っているのを不思議に思ったのだろう。
そんな兄弟は畑当番だったらしく、土塗れの手袋をつけていた。

「いや。誰か負傷でもしたのか、そこの縁側に結構な血が落ちていてな、拭っておこうかと思ったんだ」
「血?……何も付いてないよ?」

俺が血が付いている柱を指差すと、兄弟はしばらくそこを見つめて、不思議そうに首を傾げた。

「そんなはずはない。ほら、ここに大きな血だまりがあるだろう?」
「今は誰も出陣していないから、そんな大怪我になるような事には、ならないはずだよ?」

兄弟の言葉に、慌てて柱を見直した。
やはり俺には、大きな血がべっとりと柱にこびりついているように見える。
こんなに大きな血だまりを兄弟が気づかない訳がない。
けれど、兄弟の表情を見たら嘘をついているようには見えなかった。

「……見えてない、のか?」
「兄弟、どうしちゃったの?今日何か変だよ?」
「……あ、ああ。そうだな、すまない兄弟。疲れて見間違いでもしたみたいだ」

困惑した表情を浮かべ始めた兄弟を見て、本当に見えていないのだと分かった。
これ以上兄弟を心配させたくなくて、俺は慌てて取り繕った。

「そう……?これ直しておくから、兄弟は今日はゆっくり休んでて。ただでさえ仕事が多いんだから、たまにはゆっくりしないと!」

そう言って俺が持っていた掃除道具を取り上げると、そのままどこかへ行ってしまった。
しばらく自分より小さな背中を、俺は見えなくなるまで見つめていたが、頭の中では混乱していた。


おかしい。
これはおかしい。

何度見返しても柱には血が付いている。
本丸の家事を進んで行う堀川の兄弟が……いや、誰が見てもこんなに大きな汚れを見たらすぐにでも気づくだろう。
それなのに、兄弟は何もないと言った。

本当に誰もこれに気づかないのか、俺はしばらく離れた所に隠れて、その柱の近くを通る者達を眺めた。
しかし柱の近くを通る者は、誰もその血だまりに目を向けなかった。
綺麗好きな蜂須賀や歌仙ですら、表情一つ変えずにその血だまりを踏み越えていく。
いつもの二振なら、血だまりを見るとすぐに顔を歪めて、柱を綺麗にし始めるだろう。
それを見ていた俺は、一つの事にようやく気付いた。

「俺にしか、見えてないのか?」

柱の血だまりに手を触ってみると、やはりヌルリとした感触があり、手のひらには真っ赤な血がべっとりと付いた。

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