「ふう……取り敢えず峠は越したかな」
先刻、出陣していた第一部隊が、かなりの痛手を食らった状態で本丸に帰って来た。
行った事の無い時代だったので、戦場の情報収集を目的に、本丸の中でも指折りの実力を持った刀達を送り込んだが、戦場の後半にもいかない場所で、部隊は撤退せざるを得ない状況まで追い込まれたのだ。
ほとんどの刀が軽傷、または中傷になってしまい、その中で殿の役割を買って出た同田貫が重傷になった。
映像で見ていたが、大太刀の大きな一撃を刀で受けた時にできた隙を突かれて、他の敵に袈裟斬りで肩からバッサリと斬られたのだ。
ここは手入れ部屋の一番奥の部屋。
他の刀達に手当てを頼み、審神者は本体に霊力を注いで直す事に専念して、先程ようやく一区切りついた所だった。
負傷した同田貫は、今は身体の至る場所を包帯に包まれて眠っている。
本体の手入れは終わっているので、あとは時間が来るまでここで眠っていれば傷は癒えるだろう。
審神者は彼の寝顔を見てから退室しようとしたが、ふと彼が眠っている布団の隣の台の上に置いている本体の刀が目に入って、思わず動きを止めた。
そういえば審神者に就任してから数年経つが、刀剣男士達の本体の刀をしっかりと見た事が無い。
一番しっかりと見たといえば、研修を終えて審神者に就任した時、自分の初期刀を選んだ時くらいだろうか。
あとはこうして手入れをする時に本体を見ているが、霊力を注ぎ終えて粗方本体を直し終えたらそのまま部屋を出てしまっていたので、時間を掛けて刀剣男士の本体の刀を眺めた事がなかったのだ。
……日本刀の持ち方や鑑賞方法は、審神者になる前の研修で一通り習っている。
短時間なら、本体に傷を付けずに鑑賞するくらいならできる筈だ。
審神者はちょっとした好奇心から、懐に入れていた布を取り出して、台に乗っている刀を手に取った。
「うっ、重……」
手に取った瞬間、その刀のずっしりとした重さが両の手に伝わってくる。
刀を少し斜めに傾けてみると、予想していたよりもかなり分厚く作られているようだ。
物打ちの方に重心があるように作られているから、それで余計に重たく感じるのだろうか。
自分のような貧弱な腕では持ち上げるだけで精一杯で、これを振り回して相手を斬るなんて無理だろう。
それこそ普段の彼のように、日常的に鍛錬を積み重ねて来た肉体でもないと無理だ。
……これがもし、自分に向かって振り下ろされたとしたら。
鎧武者が自分の頭上に刀を振り下ろそうとする姿が思い浮かんだ所で、首を振ってその光景を頭の中から消した。
仮に峰打ちだったとしても、頭に一撃を食らったらひとたまりもないだろう。
兜割りすらできた刀だ、たちまちの内に骨が砕けるに違いない。
次は角度を調整して天井の光を刃に当てて、光の当たる部分を茎の方から鋒に向かってゆっくりずらしていくと、乱れ刃の刃文が浮かび上がる。
所々刃文を沿うようにある丸い模様、これが「飛び焼」というものだろう。
じっくりと眺めて刃文を堪能してから、戦闘時に同田貫が大きな一撃を受け止めていた部分に目を向けた。
既に大まかな手入れは終わっているので、刃の欠けや細かい傷は無くなっている。
それでもここに運び込まれた時点でも、この刀には曲がりもしていなければ、罅一つすら入っていなかった。
「……丈夫な刀だね、強い訳だ」
折れず曲がらず、装飾や美しさをできるだけそぎ落とし、とにかく実用性に特化させた、シンプルな強さのある刀。
だがそこがいい。
まさに彼が顕現した時に言っていた、質実剛健という言葉を体現した様な刀だ。
もう少し眺めていたいが、ここに長居しては同田貫がゆっくり休めないだろう。
審神者はゆっくりと刀を台に戻すと、できるだけ音を立てないようにしてその場を後にした。
誰もいなくなって静かになった手入れ部屋には、ひらりひらりと音も無く、桜の幻影が舞い踊っていた。
「おはよう同田貫、傷はもう大丈夫?」
「おう」
翌日、審神者は手入れ時間が終わって、手入れ部屋から出てきた同田貫と出くわした。
寝起きらしく気だるそうな素振りを見せているが、体調に問題は無さそうだ。
「同田貫、今日は昨日の映像で戦場の分析をするから。今日はゆっくり休んで、また明日からお願いね」
にっこり笑う審神者を見て、同田貫は昨日の手入れ部屋の事を思い出して、口をへの字にして目を丸くした。
普段から刀剣男士達に気さくに声を掛けてくれる審神者だが、それはいつも普段の鍛錬や戦績の事ばかりだった。
なので不意打ちで本体そのものについて褒められて、胸がカッと熱くなって、審神者が手入れ部屋からいなくなった後でも、嬉しい時にたまに出てしまう桜を抑えるのにかなり苦労していたのだ。
ようやく収まった矢先に審神者と出くわしたせいで、昨日の言葉をまた思い出してしまい、抑え切れなかった桜の花びらが再び舞い出した。
「同田貫?顔赤いけど大丈夫?」
「~~っ、何でもねえ。明日からいくらでもぶった斬ってやるから、楽しみにしてろ」
同田貫は自分の顔を隠す為に顔を背けると、不思議そうに首を傾げる審神者の頭をわしゃわしゃと撫でると、足早にその場を去って行った。

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