穴が開くほど見つめたい

刀剣乱舞刀剣展示感想あり短編小説

「えっと……今回編成した刀剣男士達と、戦場についてと、そこで現れた時間遡行軍の戦力についてと……あと報告書に書くのはそれくらいかな?」

 審神者は政府へ提出する書きかけの報告書を見直しながら、長い廊下を歩いていた。
一昨日の出陣の件で作戦を練り直した審神者は、再び第一部隊を同じ戦場に送り出した。
審神者の読みとあらかじめ考えていた作戦は当たり、部隊は敵の大将を撃破する事に成功した。
無事帰還した第一部隊の隊員達は、今は戦場での怪我や疲労を癒すべく、それぞれ手入れ部屋で手入れを受けていたり、風呂や食堂へ行っている。
 審神者が報告書に向かって落としていた目をふと上げると、隊員の内の一振り、その本刃の部屋にある大倶利伽羅の本体の刀が、床の間の刀掛けに鎮座しているのが目に留まった。
いつもなら目に入れただけで、そのまま部屋の前を通りすぎてしまうのだが、今回は何故かその場で足を止めてしまった。
当の本刃は現在風呂に入っており、しばらくはこの部屋に戻って来ない。

なので、ふと好奇心が湧いた。
いや、魔が差したと言ってもいい。
審神者は無意識に息を潜めながら、大俱利伽羅の部屋に足を踏み入れた。
   
 まず床の間ぎりぎりの場所に座って、まず拵を見る事にした。
近くまで顔を寄せてよくよく見てみると、塗られた漆黒の下にある木の細かい凹凸が見える。
派手な装飾がない分、かえって拵の黒が際立って存在感がある。

その黒に引き寄せられるように、両の手を伸ばして掴み取る。
……ほんの少し、少しの間だけなら大丈夫だろう。
審神者は生唾を飲んで意を決すると、手に力を込めてゆっくりと鞘から刀を抜いた。

「おお……」
  
 その刀の輝きと堂々とした佇まいに、思わず吐息のような声が漏れた。
元が大太刀だった為か、思ったよりも身幅が広い。
表にある龍の彫刻は磨上げされているので薄れているが、元の模様はこうだったのだろうかと想像できるくらいには残っている。
残っている彫刻の細かさを見る限り、さぞ立派な倶利伽羅龍の姿があったのだろう。

 もう少し倶利伽羅龍の彫り物を見ようとしたら、ふと視線を感じてドキリと心臓が跳ねた。
慌てて顔を上げて周りを見渡しても、部屋の中には誰もいない。
しかし視線は途切れる事無く、未だ自分を捉え続けている。
その視線に引き寄せられるように再び刀に目を落とすと、刀の中にある二つの目に射抜かれた。
 俱利伽羅龍の彫り物の中に、もう一つ龍の目の様な刃文がある。
光に当ててみると、それが更にはっきりと浮かび上がって見えた。 
キョロキョロとこちらを見つめる小さな目は、鋭くありながらもどこか愛嬌があって可愛らしい。
まさか俱利伽羅龍以外にもう一匹龍が隠れているとは思わなかった。
こうして審神者になってじっくりと本体を見る機会がなければ、一切この事を知らずに一生を終えていただろう。

 次に刀を裏返してみると、刃文と地金の複雑な模様に目を奪われる。
刀に当てる光の加減を調節すると、刀身に浮かび上がる沢山の曲線が絡み合って、刃文と地金との境目がどんどん曖昧に見えてくる。
まるで刀全体が大きく揺らいでいる炎を纏っている様だ。
 
炎はめらめら、ぐらぐら揺れ動く。

右に、左に揺れる炎は、こちらを呑み込まんとする勢いでどんどん大きくなって……。

「わっ!」
「わあああっ!?」

突然後ろから目を塞がれて抱き込まれ、驚いた審神者は悲鳴をあげて足をばたつかせた。
 
「えっ、な、なに、何!?」

暴れても目を塞ぐ大きな手は自分を捕らえて離さない。
自分よりも遥かに差のある力に、審神者ができる事はほとんど無い。
助けを呼ぶために大声を出そうとしたら、それに気づいた犯人はパッと手を離した。

「主、俺だ」
「えっ」

聞き覚えのある声に審神者が暴れるのを止めて後ろを振り返ると、自分を背中から抱きかかえて笑う真白の太刀、鶴丸国永の顔があった。
 
「……鶴丸?」
「ははっ、俺が驚く程驚いてしまったみたいだな。大丈夫か?」
「あ……うん。って、あっ大俱利伽羅の刀!?」
「大丈夫、ちゃんと持ってるよ」

 手に持っていた重さが無くなっている事に気づいて、審神者が我に返って慌てて起き上がると、いつの間にか来ていた燭台切光忠が、審神者が手を離してしまった大俱利伽羅の刀を持ってくれていた。
 
「よかった……燭台切が持っててくれたんだね、ありがとう」
「主、本刃が側にいないのに勝手に本体の刀に触っちゃ駄目だよ」
「そうだぜ、何かあったら危ないだろ?」
「……ごめんなさい」
 
刀を元に戻して、静かな声で諫める燭台切と鶴丸の真剣な目を見て、審神者はしゅんとして俯いて謝った。
 
「みっちゃーん!鶴さーん!主見つかったかー?」

近づいてくる足音と溌剌とした声に審神者達が振り向くと、太鼓鐘貞宗が部屋の入口から顔を出していた。
 
「おっ。なんだ、みんな伽羅の部屋にいたのか。ずんだ餅の準備出来たから、早く一緒に食べようぜー」
「おっ、用意がいいな貞坊」
「ありがとう貞ちゃん。ほら、主も一緒に食べに行こうか」
「うん」
 
燭台切に背中を押されながら、審神者は太鼓鐘の後ろについて行こうとしたが、部屋に留まっている鶴丸に気が付いて、思わず踏みとどまった。
 
「あれ、鶴丸?行かないの?」
「ああ、ちょっと野暮用だ。先に行ってくれ」
「そう?じゃあ、先行ってるね」
「ああ」

 手を振って笑う鶴丸に、審神者は首を傾げながらも太鼓鐘達に続いて部屋を出て行った。
審神者達が去ってからしばらくすると、慌ただしい足音を立てながら大俱利伽羅が部屋に駆け込んできた。
風呂からあがってすぐにここへ戻って来たらしく、肩にはタオルがかけられたままで、まだ濡れている髪の先からは雫が滴り落ちていた。

「遅いぜ、伽羅坊」
「……本体が触られた気配がしたんだが」
「ああ、主が触っていた。あのままじゃ焼かれていただろうな」
「なっ!?」

鶴丸の言葉に、大俱利伽羅は目を見開いた。
 
 刀剣男士の本体の刀は、それぞれ持ち主の神気を纏っている。
持ち主以外の誰か、特に人間が持ち主の同意なしに本体を持ってしまうと、神気が拒絶反応を示し、相手に向かって牙を剥いて襲い掛かる事があるのだ。
 
「戦場から帰って来たばかりで、まだ気が立っていたんだろう?本体から出ている伽羅坊の神気に主が呑まれかけていた。……気を付けなきゃ駄目だぜ伽羅坊。人の子である主に、あれは強すぎる」
「……すまなかった。止めてくれて助かった」

 先程審神者に見せていた朗らかな笑顔から打って変わって、鶴丸は腕を組んで冷たい真顔で大倶利伽羅を見据えると、大俱利伽羅は苦虫を嚙み潰したように俯いて謝罪した。
反省している大俱利伽羅の顔を一瞥すると、鶴丸は足を踏み出したすれ違いざまに、彼の背中を思い切りはたいた。

「痛っ……!」
「さあ!これでこの話は終わりだ」

突然の背中全体に走った痛みに、大俱利伽羅はよろめきながら自分の背中をはたいた相手を見返すと、鶴丸はいつもの明るい笑顔に戻っていた。

「貞坊と光坊とでずんだ餅を作ったんだ。ちゃんと髪を乾かしたら厨に来いよ?早くしないと俺達で全部食っちまうぜ」

そう言ってからから笑いながら部屋を出て行った鶴丸の背中を、曲がり角で見えなくなるまで見つめていた大俱利伽羅は、ひとまず彼の言う通りにタオルで自分の濡れた髪を乾かし始めた。

2024年7月25日 Pixivにて投稿

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