展示前夜 美術館にて

刀剣乱舞刀剣展示感想あり短編小説

西暦2025年某月某日 足利のとある美術館にて

 閉館時間をとうに過ぎた夜の展示室。
特別展を明日に控えた刀工国広の傑作の一振りである山姥切国広は、もうじき隣のケースに展示される予定の刀に思いを馳せて、いてもたってもいられずに、自分が展示されているケースの前でうろうろしていた。
 
「一番いい布を用意したがこれでいいだろうか。念入りに綺麗にしておいたが……服に乱れは……靴に汚れは……髪は乱れてないだろうか……本歌に会った時に何を言えばいいだろう……」
「あはは、またやってる。そんなに気にしなくても大丈夫だよ、山姥切の兄弟」  
「庖丁の兄弟!」

 楽しそうな笑い声に山姥切が振り向くと、別室で展示される予定の国広作の短刀、庖丁正宗の写し刀が笑顔で部屋の入口から顔を出していた。
兄弟刀の来訪に山姥切が驚いていると、庖丁は軽い足取りで彼に近づいた。

「緊張してるね」
「ああ。……正直、かなり」
「そりゃあ緊張するよね、自分の本歌様と一緒に展示されるんだもの。この気持ちに関しては写しにしか分からないよね」

胸元のシャツを握り締め、強張った顔で俯く山姥切を見て、同じ写し刀である庖丁が彼の感じている緊張に共感してうんうんと頷くと、何を思ったのか山姥切の展示ケースにひらりと飛び乗って、腰を掛けた。
 
「こっちに来て、山姥切の兄弟。髪型が気になるのなら、僕が整えてあげる」

 庖丁が微笑んで手招きをすると、山姥切はおずおずと彼の元へ近づいて、髪を整えやすいように被っていたフードを下ろした。
庖丁はそっと山姥切の前髪の中に指先を差し入れると、艶のある金色がさらさらと指をすり抜ける。
山姥切の前髪は、もう既に綺麗に整えられているので、庖丁はあくまで整えているふりをしながら、その肌触りのいい髪の感触を楽しんだ。
 
「君の本歌様とはどれくらいぶりなの?」
「前に会ったのは二十年以上前の東京だ。この足利で再び出会えるのは俺が作られて以来……確か、四百年以上ぶりになる」
「四百年以上ぶりか……すごいなあ……」

山姥切が呟いた年月の長さに、庖丁は小さく感嘆の声を漏らした。
 
「自分の生まれた地で再び自分の本歌と相見える……どちらも永く人に大切にされていないと実現不可能な事だ。……君と君の本歌様を愛する人の子達が再び引き合わせてくれたんだね」
 
今回の二振りの展示の実現に、どれだけ多くの人の思いが寄せられたのだろう……庖丁はこの展示の企画をしてくれた人、会場をセッティングをしてくれた人、自分をこの美術館に運んでくれた人達の顔を思い浮かべ、そしてこれから沢山訪れてくれるだろう来館者達に思いを馳せて柔らかく目を細めた。
 
「庖丁の兄弟、そろそろ……いいだろうか?」
「あっ、ごめんごめん。長かったね」

控えめに声を掛けられたので、庖丁が我に返ってパッと手を離した。 

「けど、本当にそこまで気にしなくても大丈夫だよ、山姥切の兄弟。君はそのままの君が一番綺麗なんだから」
「…………」

山姥切はフードを被ろうとしたが、微笑む庖丁の言葉に何を思い立ったのか、フードを被ろうとする手を途中で止めて、フードを下ろしたまま顔を上げた。
 
「あれ。フード、戻さないの?」
「兄弟が……せっかく髪を整えてくれたから」
「ふふふ、そっかそっか。ふふ、嬉しいな」
 
恥ずかしそうに目を逸らしながらも、翡翠の瞳が見えやすいように軽くいじっただけの、庖丁が整えた前髪をそのままにしてくれる様子の山姥切を見て、庖丁は口元に両手を当てて、嬉しさから来るむず痒さにくふくふと笑った。
 


「兄弟達の方は、今どうしてる?」
「ん?結構自由にしてるよ?胡座をかいて瞑想してる兄弟もいるし、兄弟同士で今までどんな主に仕えて来たかとか話してるのもいるし、布袋の兄弟なんて、「少々梅を見てくる」って言って、足利学校の方に帰っちゃったみたい。今頃梅の木の下でうたた寝してるんじゃないかな」
「はは……布袋の兄弟らしいな。……?」
「ん?……話し声だ」
 
 それから山姥切は自分が展示されているケースに凭れながら、庖丁と他の兄弟刀の事など他愛ない話をしていると、遠くから複数人の話し声がこちらに近づいて来る。
二振りが声の方に顔を向けると、何人かの美術館の職員達が一振りの刀を伴って展示室に入って来た。
山姥切達が隣のケースで無言で見守る中、職員達互いに声を掛け合い、細心の注意を払いながら、慎重に刀をケースの中に設置していく。
ケースの四隅に用意されていたライトが点灯されると、その刀の姿が薄暗い部屋の中に鮮明に浮かび上がった。
 
 元大太刀だった事を裏付ける広い身幅と大きな鋒を持つ豪壮な姿。
控えめな照明に反射して浮かび上がる、炎を連想させる華やかな刃文。
桜花に例えられる事もあるその刃文は、その刀を少し遠くから眺めた時に、目の前の獲物を刈り取る白銀の蛇の鱗模様にも見せた。
そして彼を彼たらしめる、茎の表裏に詰め込まれて丁寧に彫られている長い銘。
隣のケースに設置された刀は、紛う無き長義が打った山姥切国広の本歌、本作長義だった。

「わあ、すごくかっこいい……!これが山姥切の兄弟の本歌様かあ……綺麗だなあ」

刀の設置を終えた職員達が去った後、庖丁は本作長義の展示されているケースに張り付いて、兄弟刀の本歌の刀をきらきらした尊敬の眼差しで眺めた。

「でも付喪神の方の姿が見当たらないね。移動で疲れて眠っているのかな?」
「いや……そんな感じはしない。近くにいる筈だと思うが……」
 
庖丁は長義が自分達と同じように姿を取っていない事に首を傾げていると、隣の展示室から野太い歓声が聞こえて来た。
その歓声を聞いて二振りは顔を見合わせ、隣の展示室へ向かった。
 

 刀工国広が打った刀が展示されている展示室では、乱れなく整列したケースに展示された山姥切の兄弟刀達が、興奮した顔で近くのケースの兄弟同士で話しながらざわついていた。
全員色めきだっている様子に、山姥切が一体どうしたのかと一番近くの兄弟に声を掛けると、「早く奥に行け」「失礼のないように」と急かされ、二振りが兄弟に導かれるまま奥に行くと、山姥切の拵を展示しているケースの前に一つの人影があった。
 
「……本歌」
 
遠くにある記憶と違わないその銀髪を見て、山姥切が思わずと言った具合で呟くと、声に気づいたそのひとが振り返った。
自分に声を掛けた正体が誰かが分かると、山姥切の拵を見ていた刀の付喪神、本作長義は自分の写しに向けて美しい微笑みを向けた。
  
「やあ、久しぶりだね。山姥切国広」
「……は」

 長義の微笑みを目の当たりにした山姥切は、目を見開いて口元に手を当てた。
本歌に掛ける言葉を頭の中から選び取ろうとしているのか、手に覆われた唇は僅かに戦慄いている。
何も言わない隣の兄弟を見上げて、ほんの少しだけ焦れた庖丁は、「兄弟?」と控えめに声を掛けた。
 
「はわわ……」
「は?」
「ありゃ」

長い沈黙の末に山姥切の口から出たのは、なんとも言えない掠れ声で、長義は訝しげな目を向け、庖丁はその場でずっこけた。

「ちょっと、兄弟!ちゃんと挨拶しないのは失礼だよ」
「あっ、ああ」

庖丁が小声で山姥切の背中を叩いて促すと、彼は我に返って自分の本歌へ一歩踏み出した。
 
「その……久しぶりだな、本歌」
「ああ、東京で展示されて以来だったかな。今はその布を被っていないんだね」
「さっき庖丁の兄弟が髪を整えてくれたんだ。……しばらくは、このままでいようと思う」

フードを被っていない事を指摘されて、山姥切が前髪の端を摘まんで見せると、長義は山姥切の鼻先まで距離を詰めて写しの顔を覗き込み、「悪くないね」と頷いた。
 
「折角の晴れ舞台なんだ。展示期間中は顔を隠さずに、ずっとそのままにしているといい」
「……善処する」
「そちらの刀も国広殿が打った刀だね。俺は本作長義、またの名を山姥切長義だ」
「本作長義様。国広が打った短刀、庖丁正宗の写しです。足利へようこそお越しくださいました」
 
長義に声を掛けられたので、庖丁は自分が考えられるできるだけ丁寧な口調と仕草で挨拶をしようと、兄弟達が挨拶をしていた時の姿の真似をしてお辞儀をすると、彼は「展示期間の間、どうぞよろしく頼むよ」と微笑んだ。


「せっかくの本歌様と水入らずなんだし、ふたりで話して来なよ!」
 
 そう言って自分の展示ケースへ戻って行った庖丁の言葉に甘えて、長義が特に目的もなく歩く半歩後ろに山姥切がついて行く形で、二振りはしばらく館内を無言で歩いた。
一階をしばらく歩いていた長義が、二階に続く階段の踊り場で足を止めたので、山姥切も足を止めて大きな窓から外の景色を眺めた。
 もうすっかり真夜中なので、窓から見える建物はほとんど明かりがついておらず、人の気配が全くしない。
痛い程の冷たい風が吹きすさぶ寒空の下、街灯の明かりだけがポツポツと美術館前の道路を照らしていた。
二振りで外を見つめている中、山姥切は場を和ませる為に何か会話をしようと、表面上は無表情を保ったまま、頭の中できっかけになる言葉をぐるぐると探していたが、幸運にも長義の方から口を開いて沈黙を破ってくれた。
 
「足利も随分と様変わりしたものだね。あの時の足利とすっかり景色が変わってしまっているのに……懐かしいと思えるのは、不思議なものだ」
「ああ……時代の移り変わりは早いな」

久しぶりの足利の景色に感慨深いものを感じているのか、長義の声はどこかやわらかい。
ぼんやりと相槌を打ちながら、山姥切が隣に立つ長義の横顔をそっと伺うと、視線に気づいた長義は僅かに眉を寄せた。
  
「……何だ?」
「……本歌が足利にいるな、と」
「はは、なんだよそれ」

今更な事を口走る山姥切が面白かったのか、長義は片眉を上げて揶揄うように笑った。
 
「さて。明日は改めてお前の兄弟達にちゃんと挨拶しに行こうと思うけど、それ以降は時折外に出て足利の街を見て回ろうかな」
「外に出るのか?」
「隣の駅の近くの施設に、俺達をイメージした花手水が作られていると聞いてね。時間を見て見に行こうと思うんだ」
「……本歌。もしかして、事前に調べてくれていたのか?」
「なっ!?」 

この展示の開催にあたって、足利の地では様々な催しや取り組みが行われている。
それを知っている様子の長義の口ぶりに、山姥切は目を丸くして尋ねると、図星を突かれた長義はカッと顔を赤くしてたじろいた。
 
「た、たまたま俺をここに運ぶ時に、職員の人達が話しているのを聞いて興味を持っただけだよ」
「今あそこは梅が見頃なんだ!特に寒紅梅は色濃くて晴れの日にはとても鮮やかに映えるらしい。それに展示期間の途中までは夜にイルミネーションもやっているらしいから、ここの閉館時間の後に急いで行けば見られるぞ」

 山姥切は長義に彼が興味を持っている場所について、先程までの会話のとっかかりを掴もうと、ぐるぐる考え込んでいた時と真反対の、怒涛の勢いで話し始めた。
興奮気味に話す勢いで、彼はぐいぐいと長義に迫って距離を詰めて行く。
その勢いにポカンとしている長義を見て我に返った山姥切は、慌てて数歩後ずさった。

「あっ、す、すまない!」
「ぷっ……くくく」

写しが真っすぐな目で必死に話してくる姿が面白くて、長義は小さく噴き出して、拳の甲で口元を隠して押し殺すような笑い声を漏らし始めた。
突然本歌が笑い出したので、今度は山姥切の方がポカンと呆気に取られて、しばらく笑い続けている彼の笑顔を見つめた。
 
「……ほ、本歌?」
「くくくっ……ああ、すまない。お前がそれだけ饒舌に話したくなる程の場所なんだな」
「そこだけじゃないぞ。この展示に合わせて他の場所で公開する刀もあるらしいし、この街の人が企画してくれた催し物もあるんだ。もちろん閉館時間の後でしか出歩けないし、人間と同じように催し物に参加する事はできないが、きっと本歌が楽しめる物がきっとあると思う」
「そうか。……そこまで言うのなら、もちろん案内してくれるんだろう?国広」
「ああ、沢山見て欲しい。今の足利を」

2025年3月2日 Pixivにて投稿

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