展示前夜 美術館にて

刀剣乱舞刀剣展示感想あり短編小説

この話は山姥切二振りが展示される前に、美術館でこんな会話してくれてたらいいなと思って書きました。
 
 山姥切二振りが足利で出会うのは四三五年ぶりと聞いて居ても立っても居られず、チケットと取りやすそうな日と時間帯を狙って応募して運よく当選したので、有休をもぎ取って足利に行って来ました。
前回二振りが同時に展示されていたのが、自分がゼロ歳か一歳かくらいの時らしく、「なんでもっと早く生まれて刀にハマっていなかったんだ」と思いましたが、まさか自分が生きている間に同時展示を鑑賞する機会に恵まれたのは本当に嬉しくて、この展示を企画してくださった方々に大感謝です。

以下は展示されていた刀の感想です。
長いので読み飛ばしてもらっても構いません。

国広の刀
彫り物が上手い刀工なので、全体として銘の文字がとても綺麗でした。
特に文字数の多い銘の刀は文字が綺麗に並んでいて、深く彫られている訳でもないのにはっきりと読みやすかったです。

あと今まで見て来た刀ではあまり意識して見れていませんでしたが、国広の刀は何故か茎の鑢目に目がいきました。
特に慶長以降に作られた刀の、斜めに入っている鑢目が好きで、迷いが無い真っすぐな線が、かっこよかったです。

国広の刀身彫刻
倶利伽羅龍の鱗や鬣、不動国広に彫られている不動明王の布と火の表現
、大黒天の俵の部分、三鈷剣の柄の部分など、全て細かく表現されていて、曲線の表現がすごく滑らかで何度も見返しました。

布袋国広:刀身彫刻の布袋を形作る曲線が、「本当に彫刻刀でこんなの彫れるのか?」と思えるほどすごく滑らかで綺麗でした。
最初は笑っていると思っていたのですが、「武と美」の図録の裏表紙に布袋国広の布袋が大きく写っているので見てみたら、うたた寝しているみたいな表情でした。
 
本作長義
この刀を見るのは数年前の京都の展示以来です。
初めて見た時は知識ゼロで鑑賞して「なんか修羅場慣れしてそうな刀だな」位にしか思っていなかったのですが、「やっぱ元大太刀だから打刀にしてはごついな」でした。
鋒側に立つと、四隅のライトの影響か棟側が黒く見えて、こっちに刀が迫って来るみたいで、迫力がすごかったです。
それと茎のスペースギリギリまで詰め込まれて彫られている、長い銘が本当にすごかったです。
今回360度で見られるようになっていたので、表裏どちらも銘をじっくりと見る事ができて本当に嬉しかったです。
刃文に関しては、ずっと見てたら頭の中で情報がごちゃごちゃしてきて「あ~~~やばいカッコいいしか分からない………なんか考えすぎて訳分かんなくなって炎か蛇に見えてきた」となりました。
 
山姥切国広
まず抱いた感想が、「本当に打刀だよな?なんかでかいな!?」と「鋒がめっちゃ好み」でした。
展示されていた国広の刀は、鋒側に向かってスッと細くなっていく刀が多いイメージでしたが、姿は本作長義にかなり似ていたので、太刀じゃないのかと思える程に、実際のサイズより大きく感じる打刀でした。


どちらも予想以上に薄い刀で、それでいて身幅があって迫力がすごい二振りでした。
ケースからできるだけ離れて、二振りの全体の姿を見比べてみたら、もし戦場で刀を振るわれるほんの一瞬しか見ていなければ、本作長義と勘違いする人間も出るだろうなと思う程シルエットは似ていました。

長義の刀に姿を寄せているので、山姥切国広は国広の刀としては、刀の姿が兄弟刀と少し違う気もしましたが、近くでライトに当たって浮かび上がる細かい刃文は国広を連想させるもので、「ただ本作長義を写しただけのそっくりの刀」ではなく、「長義の刀に姿を寄せてはいるが、一振りの名刀としてちゃんと独立している国広の刀」というのがよく分かりました。

 図録や解説文を見ると、今回「相州」の単語が結構出ていて、今回展示されていた天正時代の国広の刀は、末相州風の刀を打つのを得意としていたとあって、相州備前の代表格と言われた刀工長義の刀と、天正時代では相州風の作風の刀を打っていた刀工堀川国広とは、新しい写しを作る際にとても相性が良かったのかなとも思いました。


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