「その端末の推定移動時間、間違えているんじゃないかな!?これだけ歩く距離なら本来タクシーかレンタルサイクルを利用するものだろう!」
「本歌だったらいけると思ったんだ!書いてあった距離も、大した距離じゃ無かった!」
「休日に兄弟で山登りする体力バカの偽物くん基準で考えないでくれるかな!本当に急がないと入場時間ギリギリになるじゃないか!」
心通院のスタンプを押した二振りは、その場所を見るのもそこそこに、大急ぎで元来た道を歩いていた。
行きの移動時間が、端末に表示されていたものより遥かに時間が掛かってしまったので、普通に歩いていたら予定していた展示時間に間に合わない危機に陥っていたのだ。
「その端末貸してくれ偽物くん!」
「あ、ああ!」
山姥切は国広から彼の端末をひったくるように受け取ると、画面を操作して地図の範囲を広げ、ざっと目を通して美術館へのルートを確認した。
「よし、こっちだ!」
「本歌!?さっき通った道と反対だぞ!」
大股で前を歩く山姥切が、目の前の分かれ道で行きに歩いていた道と真反対の道を選んだので、国広は目を剥いてそれを指摘した。
「さっきスタンプラリーの台紙を貰った場所へ戻るぞ!ついでにスタンプも三つ集めたから景品も貰いに行く!走るからついて来い!!」
「はあ…はあ……間に合ったからよかったものの……なんであれだけ走って偽物くんだけ息一つ乱れていないんだ……」
「本歌のお陰で景品のポストカードも無事に貰えた。明日貰おうと思っていたが、まさか開始三時間足らずで景品を手に入れられるとは、思ってなかった」
結局二振りは、心通院からスタンプラリーの台紙を貰った場所までノンストップで走り、景品を貰ってからも美術館まで走って、無事展示時間の十分前に美術館の前に到着した。
ずっと走り通しだった山姥切は息を切らしながら恨めしげに国広を睨んだが、当の本刃はケロリとした顔で景品のポストカードを眺めている。
山姥切の息が整ってからチケットの代金を支払い、スタッフの案内に従って待機列に並んだ。
「元々十分前に並ぶくらいでちょうどいいと思っていたけど、皆ずっと前から既に並んでいるんだな」
「既に展示を見に来た人のSNSの投稿を見たら、三十分前から並んでいた奴もいたらしいぞ」
「そんなに早くから?」
山姥切が少し背伸びをして前に並ぶ多くの来館者を眺めていると、国広が事前に得ていた情報を聞いて、思わず目を丸くした。
「なんでも二振りが展示されている部屋に一度に全員入れないから、最初にそこに行きたい奴が早めに待機列に並んでいるらしい」
「へえ……悪い気はしないね。展示を見る際に、まず二階に向かう方が良いというのは、そういう理由だったのか」
真っ先に自分達の本体を見る為に、ここまで早くに並んでくれていたのかと、改めて前に並んでいる多くの来館者達を見つめると、山姥切は少しだけ頬を緩ませた。
「……そろそろ時間だな」
そうこうしている内に前の待機列が動き出したので、二振りは前の人間に続いて、山姥切国広と本作長義が展示されている部屋へ向かった。
待機列に並んでいた人達は、事前に調べていた通り大半が二階へ向かい、山姥切達もそれに続く。
階段を上ったら目的の刀二振りが展示されている部屋と、刀工堀川国広が打った刀が展示されている部屋の入口が見えてきた。
「……さて。俺は目的の展示室の列に並ぶけど、向こうの部屋の警戒がおざなりになってはいけない。一度二手に分かれて、偽物くんは向こうの部屋を見てきてくれないかな。ついでに兄弟達に挨拶してくるといい」
階段を上った瞬間、国広が堀川国広の刀の展示室に目を向けたのを見逃さなかった山姥切は、任務で護る刀の展示室とは反対方向の展示室を指さした。
「山姥切……ありがとう、行ってくる。一通り回ったらそっちに向かう」
「ああ、頼んだよ」
兄弟の刀達も展示されると聞いて、彼らを一目見たいと思っていた国広は山姥切にお礼を言うと、やや弾んだ足取りで兄弟達の展示室へ向かっていった。
待機列で数分待ってから目的の二振りの展示室に入った山姥切は、室内に作られた鳥居をくぐると、四方を来館者達に囲まれた二つの展示ケースがあった。
向かって左は自分の本体である本作長義、右は写しの本体の山姥切国広。
二振りの本霊はケースの中で跪座の姿勢を取り、伯仲の出来と言われるに相応しい輝きを放ってそこに鎮座していた。
自分がこの刀を見に来た人間の来館者なら、他の人達のように刀の姿を比較して眺めたり、ケースの前に少しかがんで刀の刃文をゆっくりと鑑賞していただろうが、分霊とはいえ自分と後輩もあの二振りなので、周りから不審がられない程度に、他の来館者から一歩引いた場所からケースの周りをゆっくり回って、本体を鑑賞する来館者の中に怪しい動きをしている者がいないか目を光らせた。
「本歌」
数分後。
横から小声で声を掛けられたので振り向くと、隣の展示室を見ていた国広が立っていた。
「もういいのか?」
「ああ。お陰で兄弟達にちゃんと挨拶ができた。一階も見回って来たが、遡行軍らしい姿は見当たらなかった」
「そうか、ありがとう。ここまで警戒されていると、向こうもここを狙うのは難しいのだろう。二十分後に俺も他の展示室を回る。警戒を怠らずにこのまま展示時間終了までこの部屋を見張ろう」
「ああ」
それから二振りは、時折交代で片方が他の展示室を見回りながら、本霊の刀の見張りを続けたが、何も起こらない状態でずっと同じ部屋に突っ立っていると暇になってくる。
ふと本霊の山姥切国広と目が合ったので、気まぐれを起こした山姥切が、笑いかけて小さく手を振ってやると、山姥切国広はきょとんと目を丸くして、キョロキョロと辺りを見渡してから、おずおずと控えめに手を振り返してくれた。
「ふふ、本霊のお前は中々可愛げがあるね」
「…………そ、そんな……」
「どうした?」
隣からの震える声に山姥切は目を向けると、国広は目を見開いて自分の本霊を見つめたまま、わなわなと震えていた。
「本霊の俺が修行に行っていない筈なのに布を被っていない……!しかも本歌に手を振り返すなんてファンサまで!本霊の俺はいつの間に極めていたんだ!前髪もいつもより整っているし、本当に俺なのか?」
山姥切国広の本霊は初の姿にも関わらず、フードを下ろした状態でそこに座っている。
山姥切から見ればフード以外いつもと全く変わらないが、分霊である国広にとっては、本霊の前髪はいつも以上に整えられているらしい。
そんな本霊の姿を見て戦慄する国広に、山姥切は盛大にため息をついた。
「正直いつもとどう違うのか分からないけど……この晴れ舞台でだらしない姿をしていたら、相手が本霊の偽物くんだろうと引っ叩いているところだよ」
そうこうしているうちに展示時間終了五分前になり、退場を促すアナウンスが流れたので、二振りは人の流れに乗って展示室を後にした。

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