「無事に図録も二種類買えて良かった。まさか特典のファイルまでもらえるとは」
美術館を出た国広は、無事に展示の図録を二種類買えて、無表情のままにホクホクと紙袋を抱えていた。
紙袋を手に提げて、端末で今の時間を確認すると、次の目的地の閉館時間を考慮すると、すぐにでも歩き始めないといけない時間になっている。
国広が山姥切に声を掛けようとすると、その前に彼から肩を叩かれた。
「偽物くん。次の目的地に行く前に、少しあの書店に寄っていいかな」
山姥切が指さした先は、美術館のほぼ真向いにある書店だった。
「ああ。欲しい本があるのか?」
「少し気になっている本がここで売っているらしいんだ。どうやら限られた場所でしか販売されていないらしくてね。欲しい物は既に決まっているから、すぐに終わらせるよ」
「分かった」
今日初めて山姥切から行きたい場所を聞いたので、国広は二つ返事で了承して、書店に入っていく彼の背中について行った。
書店の中はちょうど人が少ない時間だったらしく、整然と本が並んでいる本棚の間には自分達以外の客はおらず、店内の奥で動いているのはおそらく店員だろう。
山姥切は迷う事のない足取りで、店内のある一角へと歩き出した。
彼が足を止めた場所には、今回の催しの為に用意された書籍コーナーで、刀剣関連の書籍が平積みされていたり、設置された小さいマガジンラックにも雑誌が表紙を並べられている。
山姥切はそのコーナーの一番前に並べられている、タイトルの文字だけが書かれたシンプルなデザインの表紙の小説を三冊手に取った。
「それが目当ての小説か?」
「ああ。今全部で三巻出版されていて、今回の展示に合わせて最新作が出版されたらしい。……軽く流し読みしてみると、文字も大きくて読みやすい。ちょっとした息抜きに気軽に読むには、ちょうど良さそうだ。……表紙の汚れも、傷も無し、乱丁も無さそうだ……よし、早速購入しよう……ん?」
パラパラとページを捲って本の中と状態を確認した山姥切は、レジに向かおうとしたが、途中の本棚に置いてあった『ある物』が目に入って、足を止めた。
そこにあったのは、山姥切国広の本体がプリントされた横長のクッションだった。
「ふむ、パソコンを使う時のリストレストに使えるかな……仮眠用の枕にも使えそうだ」
「ほ、本歌……!これは駄目だ!」
「な、なんだよいきなり」
山姥切がクッションを一つ手に取り、本と一緒に腕に抱えてレジへ向かおうととすると、国広が彼の腕に抱き着いてそれを阻止した。
そのあまりにも必死な様子に、山姥切は思わず面食らって立ち止まった。
「いきなり腕に抱き着かないでもらえるかな?俺が何を買ったって問題は無いだろう?」
「これに関しては大ありだ!展示の時期でもないのに、鞘にも柄にも包まれていない……ぜ、全裸の俺がプリントされているんだぞ!二次元のキャラクターが、ラフな格好で寝そべっている状態がプリントされた抱き枕の様な物じゃないか!全裸の俺がプリントされているクッションを普段使いに使うつもりなのか!?本当にいいのか本歌!?全裸だぞ、全裸の俺だぞ!?」
「静かにしなよ偽物くん、ここは本屋だぞ」
「あだっ!?」
国広の大声に顔をしかめた山姥切は、目の前のにあるおでこを、赤くはならない程度に、でも痛くは感じる程度の力加減で軽くはたいた。
「そんなに全裸全裸と連呼しないでくれるかな。俺まで恥ずかしくなってくる」
「うう……でも……」
「そこまで嫌がるなら……可愛げのない偽物くんの代わりに、この偽物くんは仮眠室で俺が満足するまで愛でてあげよう」
「なっ!?」
もごもごと口ごもる国広を見て悪戯心が湧いた山姥切は、スッと目を細めて、敢えて抱えていたクッションのパッケージに表示されている『山姥切国広』の写真を、その本体の棟側をつう、と指先でなぞった。
その手つきはどこか蠱惑的で、国広はボッと顔を真っ赤にして固まった。
「な……なっ……なな……!」
「ふふ、冗談だ。そのままいい子に待っているんだよ」
国広の初な反応に満足した山姥切は、写しをその場に置き去りにして、今度こそレジへと向かって行った。
「お待たせ。……まだ固まっているのか?」
「はっ!?」
数分もしない内に会計を終えて帰ってきた山姥切に声を掛けられて、国広はようやく我に返った。
彼は先程の山姥切の仕草に、再度顔を真っ赤にして声をあげようとしたが、突然顔を薄っぺらい物に覆われて言葉を遮られる。
慌てて顔を覆った物を掴んで、自分から引っぺがすと、それは黒いクリアファイルだった。
「それは偽物くんにあげるよ」
「え?」
山姥切からの思わぬプレゼントに、国広は思わず間の抜けた声を漏らした。
「いい、のか?」
「事務仕事の道具は足りているし、他に良い使い道が思いつかないからね。さっきお前が貰っていたクリアファイルも含めて、経費の申請に添付する領収書をまとめる時にでも使えばいいよ。いつもばらけさせて、整理に手間取っているだろう?」
「……ありがとう。大切に使う」
「こうして互いの荷物を見てみると、かなり多くなってきたな。それにこの数時間歩き通しだ。そろそろ一度、荷物の整理も兼ねてどこかで休息を取った方がいいだろう」
「それなら、今足利に住む人間が所有している刀剣を展示している会館へ行こう。休憩所としても場所を開放してくれているらしい」
「分かった、じゃあ案内を頼むよ」
荷物が増えてきたのと、長時間の徒歩の移動で足に疲労が溜まってきて、一時休息を取る事にした二振りは、国広の端末の案内を頼りに、次への目的地への道のりの途中にある会館に辿り着いた。
大きなテーブルと椅子が並べられている休憩所は、今は誰もいなくて二振りだけで大きなテーブルを独占できている状態だ。
二振りはテーブルを挟んで向かいに座り、それぞれ自分の荷物を整理したり、持ってきていた水筒で水分をとったりと、各々ゆっくりしていたが、途中で国広の腹から盛大な音が鳴った。
「相変わらず、盛大な腹の虫の声だな。まあ、もうこんな時間だから無理もないか」
「……すっかり昼食を食べ損なってしまったな」
山姥切が自分の腕時計で時間を確認すると、そろそろおやつの時間で、昼食をとるには遅すぎる時間帯になっている。
空腹から腹に手を当てて俯く国広は、いつもより少しだけ元気を失っていた。
「……そら」
そんな国広を見かねて、山姥切はトートバッグからどら焼きを取り出して、その半分を彼の前に差し出された。
「いいのか?」
「元々かなり歩き回る予定だったから、昼食どころじゃなくなる可能性も考えて、コンビニで朝食と一緒に買っていたんだ。俺の隣で空腹で動けない、なんて情けない姿を見せて欲しくないからね。半分分けてやる」
「ありがとう。……いただきます」
国広は山姥切からどら焼きを受け取ると、あんこがある方からどら焼きに一口かぶりついた。
程よいあんこの甘さが、疲労で知らず知らずのうちに重くなっていた身体に染み渡る。
空腹である事も一助して、いつもより美味しく感じるどら焼きに、国広の頬は自然と緩んでいった。
「……うまい」
「それならよかったよ」
目の前で美味しそうにどら焼きを頬張る国広を見て、山姥切は僅かに口角を持ち上げ、自分も半分になったどら焼きを頬張った。

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