「……うまい」
「せっかく楽しみにしていた店の料理なのに、もう少し具体的な食レポはできないのかな」
「……肉が、うまい」
「いや、だから……まあ、いいか。先に風呂を使わせてもらうよ」
「ああ」
数時間後。
無事時間遡行軍を倒し、予約していたホテルで山姥切と合流した国広は、部屋のテーブルで彼にテイクアウトしてもらった料理にありついていた。
濃い目に味付けされた白米と、噛めば噛むほど出てくる肉の旨味が、空腹でへろへろになっていた国広の身体に染み渡る。
目を閉じて料理の味に感じ入っている国広は、語彙力が溶けて、ただ「うまい」しか言わなくなっていたので、山姥切はこれ以上深くツッコまない事にして、彼が食べ終わるまでに先に風呂に入る事にした。
「さて。偽物くんの腹も満たされたところで、そろそろあの時間遡行軍について報告してもらおうか。政府にも報告しないといけないからね」
夕食も食べ終わり、コンビニで購入していた温かい緑茶も飲んで、ようやく人心地ついた様子の国広を見て、風呂から出た山姥切は気持ちを切り替えて、ベッドに腰掛けてトートバッグから仕事用のタブレットを取り出すと、任務の話を持ち出した。
「ああ。……一つ、気になっている事がある」
「聞かせてもらおうか」
国広は任務の話と聞いて、満腹でゆるゆるになっていた顔を引き締め、姿勢を正して山姥切に向き直った。
「俺が倒したのはあの短刀一体のみ。場所はこのホテルの裏側にある川沿いの道路だ。俺に気付いても攻撃は仕掛けずにただ逃げるだけだった。……だが、ただ無作為に逃げ回っている様子でもなく、どこかへ向かって逃げているようにも見えた。もしかしたら偵察として徘徊していた個体かもしれない」
「……他の遡行軍、もしくはどこかに敵の拠点が作られている可能性がある、という事かな?」
山姥切がタブレットを操作する手を止めて尋ねると、国広は無言で小さく頷いた。
「俺が追い付くまで、あいつはこのホテルの方角へ向かって移動していた。大通りの方へ出ようとしていたから、その前に仕留めてしまった。念のため周辺に他の時間遡行軍もいないか探したが、見当たらなかった。……今思えば、あの短刀をもう少し泳がせておくべきだったかもしれない」
「いや、偽物くんの対応で正解だ。一般人を巻き込む可能性が高くなるからね。方角のあたりを付けられただけで良しとしよう」
山姥切はタブレットで地図の画像を表示すると、ホテル周辺を丸で囲ってから電源を落として、ベッドに寝っ転がって枕に抱きついた。
「明日も早い……今日は早めに寝て回復に努めよう」
「そうだな。早めに起きないとホテルのレストランが混んでしまう」
「そういう意味じゃないんだけれどね……」
国広の斜め上の発言にぼんやりと返しながら、山姥切はとろとろとした眠気に身を委ねて目を閉じた。
ほとんどの宿泊客が寝静まった丑三つ時。
ホテルのスタッフ専用の入口付近の物陰に、六体の時間遡行軍の部隊が集まっていた。
軍勢で押し寄せて大きな騒ぎになるのを避ける為に、六体の少数精鋭で事に当たろうと考えたからだ。
準備も整ってホテル内に侵入する為に入口へ近づくと、一つの人影が彼らの前に横切った。
「夜中でホテルのスタッフが少なくなっているタイミングを狙って、ここに泊まる審神者や、将来審神者になる予定の人間を襲おうとしていた。大方そんな所だろうけど、残念だったな」
涼やかな男の声に抜刀して身構えると、そこには戦装束に身に纏った山姥切長義が、腕を組んで不敵な笑みを浮かべて、入口の前に立ち塞がった。
「俺がいる以上、ここには一歩も踏み込ませない。お前達が与えられるのは死、ただそれだけだ!」
思い切り地面を踏み込んで、いきなり敵の懐へ突っ込むと、山姥切は刀を抜く勢いで目の前の敵に斬りかかった。
逃げ遅れた一体が今の一撃で倒れ、それを見た残りの五体が一斉に襲いかかってきたので、山姥切は踊る様に軽やかな足取りで攻撃をかわし、その間に生まれた隙を突いて一体、また一体と、敵を倒していく。
最後の敵との一騎打ちで長い鍔迫り合いになると、ほんの一瞬の気の緩みを狙って相手の腹を蹴りつけ、体勢が崩れた敵へ刀を思い切り振り抜いた。
「ぶった斬る!」
とどめを刺された敵達はみるみる内に輪郭が崩れていき、最後には塵と化した。
残党がいないか確認すると、刀身に付いた血を拭って刀を鞘に納めた。
「やれやれ……少数精鋭のつもりだったのだろうけど、俺の相手をするには力不足だったかな?」
「大きな音がしたけど、誰かいるの?」
ドアが開く音に山姥切が振り向くと、戦闘音に気づいたホテルのスタッフの女性がドアを開けて外の様子を見に来ていた。
山姥切は身を隠して逃げる事なく、人好きのする優しい笑みを浮かべて、敢えて女性の元へ歩いていった。
「騒がせてしまってすまなかったね」
「え?」
「もう部屋に戻るよ、おやすみ」
「あ……はい、おやすみなさい」
そう言って女性に向かってウインクをすると、山姥切はその場を去った。
「……あれ?私、どうしてここに来てたのかしら?」
「三日月殿に人間の意識を逸らせるまじないを教えてもらっておいて助かった……危なかった」
前後の記憶があやふやになって、首を傾げながらホテル内に戻って行く女性の様子を、彼女の死角になる物陰から見届けて、内心はらはらいしていた山姥切はホッと胸を撫でおろした。

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