「時刻表を見ていなかったから、すぐに電車が来てくれたのは僥倖だった」
「そうだね、ちょうど開園時間直前に到着だ」
あしかがフラワーパークの駅に着いた二振りは、同じ駅で降りた人達が歩く流れに添って、園の入口へ向かって歩いていた。
朝のホテルのレストランではずっと眠気でぽやぽやしていた山姥切も、出発時間ギリギリまで二度寝を決め込んで、この頃にはすっかり目が覚めていつもの調子が戻っていた。
入園料を払ってパンフレット貰い、中に入ると開園直後で人気の少ない1、だだっ広い景色が広がっていた。
「当然ながら、まだ人が少ないね」
「ここは藤が有名だからな。それにイルミネーションの時期も少し前に過ぎてしまった……可能ならば、見てみたかった」
「こればかりは仕方ないね。任務の日取りは選べないものだ。……それで、ここには最後のスタンプラリーのポイントがあるんだろう?ここのどこにあるんだ?」
「ああ、少し待ってくれ。ここからそう遠くないはずだ」
国広はここに入った時に貰ったパンフレットを広げた。
「……あった、ここだ。今回の展示を記念して作られた花手水の場所にあるらしい。ほら、他の来園者も半分程そちらへ向かっているみたいだ」
国広が前を指さすと、その先には花のあるエリアの方へは行かず、どこか別方向へ向かって行く人々の姿があった。
「確かに、これなら迷わずに済みそうだ」
二振りはここに辿り着く時と同様、前を歩く人達の流れについて行くと、花手水の撮影の為に並んでいる列があり、その近くに最後のスタンプラリーのスタンプ台が設置されていた。
「スタンプを押してくる。本歌はどうする?列に並ぶか?」
「いや、ここで待ってるよ。撮影をする訳でもないし、ここからでも充分全体が見えるからね」
「分かった。では行ってくる」
「ああ」
国広がスタンプ台に向かうのを見届けると、山姥切は撮影の列から少し離れた場所に移動して花手水を眺めた。
山姥切国広の軽装姿のパネルと立っている、主に黄色系統の花で作られた紋のパネル、真ん中に設置されているのが花手水らしく、主に細長い長方形と円形の手水に、大小様々な花が敷き詰められていた。
こちらも主に使われているのは黄色い花だが、所々に青い花も混じっていて、今回同時に展示されている本作長義の要素も取り入れられているようだった。
「『俺達』の為に花手水を作って祝ってくれているとは……ありがたい話だ」
「本歌、スタンプを押してきた。これでコンプリートだぞ」
戻って来た国広は、スタンプラリーの台紙を広げると、スタンプが六つ全て埋まっているページを誇らしげに見せた。
「はいはい、おめでとう。じゃあ、次に行こうか」
「?……ああ」
山姥切はそっけなく返して先に進んでいったが、何故か機嫌が良さそうだったので、国広は不思議に思いながらも深く聞かない事にした。
「あ」
花手水がある場所から花を見るエリアへ移動しようとした矢先に、国広は立てかけてあった看板を前に足を止めた。
山姥切もそれに目を落とすと、そこには今回の展示開催の記念として販売されている、食べ物の特別メニューの看板だった。
ここに書いてある物以外の特別メニューの食べ物があるらしく、近くにあったテーブルが集まっている場所に座っている人達を横目で見てみると、チュロスや紫色の団子を食べている者もいた。
「数量限定……」
どうやら国広は数量限定の炭酸飲料が気になっていらしい。
財布の中身を確認して、ちらちらと山姥切の横顔を伺っていた。
「まだそこまで急いでいないから、買ってきて構わないよ」
「ありがとう、本歌の分も買ってこようか?」
「まだ肌寒いこの季節に冷たい物を飲んだら、身体を冷やしてしまいそうだ。俺は入口付近にあった自販機でコーヒーを買ってくるから、気持ちだけ貰っておくよ」
「そうか。じゃあ、そこのテーブルが集まっている所で落ち合おう」
「ああ」
それぞれ自分の飲み物を買って来た二振りは、花を見る前にテーブルの椅子に座って一息つく事にした。
国広が買って来たドリンクは、パッと見た印象ではクリームソーダが一番見た目が似ているだろうか。
炭酸で泡立つソーダの上には、二つの水色の星の飾りが付いたバニラアイスが浮かんでいて、そこに刀の形のクッキーが刺さっている。
カップの底に集まっている緑色のゼリーは、国広の瞳の色とどこか似ている気がした。
そうやって山姥切がまじまじとドリンクを見ていると、国広は自分がドリンクを気になっていると思ったらしい。
国広は少しだけ迷ってから、ドリンクを目の前の山姥切に差し出した。
「本歌。気になっているなら、少し飲むか?」
「飲みたくて見ていた訳じゃないから、遠慮するよ」
「……か、間接キスなら、俺は気にしないぞ」
「間接キスをそんなに躊躇いがちに言う偽物くんに言われても、全く説得力が無いのだけれど」
「うっ……なら、このクッキーだけでも食べるか?」
「そのアイスの頭をかち割って、断片が付着したクッキーを?」
「ぶっ……!」
この任務中できるだけ色んな物を楽しんでもらいたい思いからの、国広からの精一杯の提案だったが、山姥切からのあんまりな返しに思わず噴き出しかけた。
「……ほ、本歌、食欲が失せそうな事言わないでくれ」
「いやだってこれ、顔みたいに見えないか?こっちから見るとこの星の飾りが目に見えるんだよ」
「確かにそう見えなくもないが……」
国広がドリンクに目を落とすと、彼が言っているようにアイスが顔に見えてきた。
「いらないなら、俺が食べるが……」
「いらないとは言ってない。クッキーならありがたく貰うよ」
山姥切はアイスから刀のクッキーを引き抜くと、口に入れた。
「どうだ?」
「うん、固さがあるから食べ応えがあって美味しいね。甘さも控えめで俺好みだよ」
「そうか、よかった」
それから順調に飲み進めていた国広だったが、飲料が底をついたあたりから、難しい顔でスプーンをぐるぐる回し始めたので、山姥切は僅かに眉を寄せた。
「……さっきからスプーンをぐるぐる回して何をしているのかな?偽物くん。行儀の悪い」
「カップの底にゼリーが残ってしまったんだが、氷が邪魔で中々取り出せないんだ。……タピオカみたいに吸えばいけるだろうか」
「あれは球体だからストローの中をスムーズに通る事ができるんだ。四角のゼリーなんてどこかで引っかかって……」
「うっ、ぐ、ゲホッゲホッ!」
なんとかゼリーを吸い出そうと、カップに刺さっていた太いストローに口を付ける国広を見て、止めようとしたが時すでに遅し。
思い切り吸い込んだ反動により、物凄い勢いでゼリーが喉の奥に飛び込んで来たので、国広は思い切り咽せた。
「あー……言わんこっちゃない。大丈夫か?偽物くん」
「の、喉の奥に、急に、飛び込んできた……っ、ゲホッ」
「ほら、少し飲むといいよ」
「う、ケホ……ありがとう」
口元を押さえて未だ咳き込む国広を見かねて、山姥切がコーヒー缶を差し出すと、国広は涙目で彼から缶を受け取ってコーヒーを飲んだ。
「今はどんな花が咲いているんだ?偽物くん」
「今は寒紅梅、ロウバイ、福寿草、ビオラという花が見頃らしい。……あそこにあるのが寒紅梅だ」
飲み物を飲み終えて休憩を終えた二振りは、この時期に咲く花のエリアへと向かった。
国広が指さす先には、色濃い紅色の梅の木が生えている。
梅の木の下から見上げると、薄い花びらが無数に重なって、丸みのある花が沢山咲いていて、二振りは感嘆の息を漏らした。
「すごい……こんなに紅い梅があるなんて」
「鑁阿寺にあった紅梅よりもずっと濃い色をしているね……とても美しい梅だ」
「あそこにあるロウバイも、よく咲いているな」
「そうだね。寒紅梅は華やかな印象だけど、ロウバイの花は形が可愛らしいから、女性の身につけるアクセサリーにもなりそうだ」
花を眺めながらそんなとりとめのない話をしながら、ゆったりとした歩調で園内を歩き、そうこうしているうちに時間は過ぎて行った。
「……と。そろそろお土産を見に行かないと、電車の時間に間に合わなくなるな。時刻表を見た限り、電車を逃したら一時間近く待たないといけないみたいだし、そろそろ帰るとしようか」
「……ああ」
どんな旅にも終わりはつきもので、帰る時間が近づいてくると、国広は浮かない表情でその場に立ち止まってしまった。
「なんだ?随分と寂しそうじゃないか」
「……ああ。この任務が終わるのが……少し名残惜しい」
山姥切が軽く茶化すと、国広から直球の答えが返ってきたので、思わず面食らってその場に一緒に立ち止まってしまった。
「……まあ、気持ちは分からなくもないね。懐かしい足利の地をこの足で歩く事ができて、俺も今回の任務は楽しかった」
「!……本歌、本当か?」
「ふふ、こんな時に嘘をついてどうするんだ?……それに、これが一緒に取りかかる最後の任務になる訳じゃないんだ。またいつか、こういった二人旅みたいな任務に当たる事があれば、こうして付き合ってあげてもいい」
「…………」
「そこで黙り込まないでくれるかな」
「行こう!山姥切!」
国広が黙りこくったので山姥切がツッコむと、今度は突然大声を出した。
「足利だけじゃない。他にも沢山……あんたが望むなら、また色んな場所に行こう!」
「……あははっ!」
「次」があるのが嬉しいと分かりやすく顔に書いてあり、興奮気味に頬を染めて迫る国広を見て、山姥切はつい笑ってしまった。
その真っ直ぐさと素直さが好ましくて、山姥切は優しい微笑みを浮かべて国広の肩に手を置いた。
「その時はまた案内を頼むよ、偽物くん。さあ、そろそろ本当に時間が無くなってきた。急いで皆へのお土産を買いに行くぞ。三日月殿と鶯丸殿からリクエストを受けているんだ」
「ああ」

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