「……って、一体どこかと思えば有名な危険スポットじゃないですか」
一週間後。
予定を合わせた三人は人魚に戻って珊瑚の海の北側、彼らの実家がある場所よりも遥か北まで訪れていた。
そこは稚魚ならみんな「危険生物が多いから来てはいけない」と口酸っぱく言われる危険な場所で、アズール自身ここに来るのは初めてだ。
この休日を作る為に数日前まで仕事をかなり詰めていたアズールは、仕事による疲労と、夜明け前に起きて出発したせいで短時間しか眠っておらず、やや不機嫌だった。
「アズール、もう少しで僕達の遊び場ですよ」
「こんな所に何があるんですか?ここまで来て遊び場の正体が「超やべー魔法生物の巣窟」とかだったら、お前達諸共絞め上げられる自信がありますよ」
「え~?なにそれ、めっちゃおもしろそーじゃん」
流氷に閉ざされた暗い海の中、アズールの前を泳いで案内するリーチ兄弟達は、久しぶりに訪れる遊び場へ向かっている為か上機嫌だ。
彼らが持つ青緑に光る発光体も、心なしかいつもより光って見える。
『あれ』の正体は何かアズールが聞いても、双子は笑って「その時のお楽しみ」と言ってはぐらかされるだけで、何も答えてくれない。
かといって「疲れているから行かない」と言ってしまえば、ふたりはへそを曲げて何をしでかすか分からないので、結局アズールは、ふたりの後ろをついて行くしかできなかった。
「着きました、ここですよ」
そこはまるで「退屈」そのものを現したかの様な、何も無い場所だった。
洞穴や、特徴のある岩がある訳でも無い、海面が氷で覆われている以外は何も無い。
あるのは精々海底を這うように蠢いている、無数のヒトデやウニくらいだ。
双子達が楽しめそうな物が何も見当たらなくて、アズールは眉間に皺を寄せた。
「……本当にここなんですか?何もありませんけど」
「はい」
「アズールはさ、ここが何で来ちゃダメなのか知ってる?」
「それは、危険生物に多く遭遇するからでしょう?対処方法を知っていれば、それほど大事にはならないと思いますが」
「半分せいかぁ~い!」
フロイドの問いにアズールが答えると、彼は小馬鹿にした様にわざとらしく拍手を送った。
「……半分?」
「正確には危険生物が多く徘徊するのは春から秋にかけての温かい時期で、このように海面が凍る程の寒い時期になると、危険生物達も温かい海を目指して移動するものが多いんです。しかし冬に関しては、ここは『ある現象』が原因で危険スポットと言われているんですよ」
「……『ある現象?』」
「そ、オレ達の目当てはその『現象』が目的な訳」
ジェイド達の説明を聞いたが、核心を突かない内容に結局疑問は晴れず、アズールは腕を組んで顔を歪めた。
「お前達の言っていた『あれ』が『その現象』なのは分かりました。そろそろもったいぶらないで、それが何か教えてくれたっていいんじゃないですか?」
「あ、始まった」
「何?……なっ!?」
フロイドが動きを止めて海中を見上げた瞬間、バキバキと何かがひび割れるような音が海中に響いた。
「『あれ』を見る為には運も必要でしたので、見れるかどうかは分かりませんでしたが、ラッキーでしたね」
「な……なんですかこれ!?」
音に気づいたアズールが上を見上げると、凍っていた海面から氷が渦を巻きながらこちらへ向かって、無数に伸びていたのだ。
驚愕で口を開けて固まっている間にも、氷はスピードを上げてアズール達の元へ伸びてくる。
伸びて来た氷を避けようとしたが、反応が僅かに遅れたアズールは足の内の一本が巻き込まれそうになった。
「「アズール!!」」
双子にそれぞれ腕と腹を抱え込まれて、後ろに強引に引っ張られた事で、アズールは間一髪で伸びて来る氷に巻き込まれずに済んだ。
「あぶねー……アズール大丈夫?」
「え、ええ……」
「あれに巻き込まれると、たちまち全身凍り付いてしまうので気を付けてください。……来ますよ!」
そう言ってジェイドは迫りくる氷を回避する為に、身を翻して遠くへ泳ぎ去って行った。
「アズールこっち!」
「ちょ……わっ!?」
アズールは切羽詰まったフロイドに腕を引っ張られて両腕で抱きかかえられた。
アズールは身を捩ってフロイドの腕から逃れようとしたが、身体に回されている腕が予想以上に力強くて、びくともしなかった。
「ちょっと、放してくださいフロイド!これくらい僕にだってひとりで回避できます」
「アズール、ちょっと黙ってて!ここあの氷が安定するまで、めっちゃあぶねーから。足あんま広げないで大人しくしてて!」
フロイドの真剣な声と横顔に、アズールは口をつぐむしかできなかった。
アズールが大人しくなったタイミングで、フロイドは泳ぐスピードを一段階速くした。
なおも氷は太さと鋭さを増しながら、三人に向かって襲い掛かって来るので、フロイドは上下左右に泳ぎ、生えてくる氷の柱を紙一重で回避し続けた。
アズールは魔法を使って伸びて来る氷を一掃しようとも考えたが、氷が下に向かって伸びて来るという事は、凍ってしまう程の冷たい水の流れがある事。
もし魔法で氷を砕いてしまったら、その流れが狂って全員を凍り付かせてしまう可能性がある。
現状何もできないアズールは、フロイドの反射神経と身体能力を信じて、できるだけ彼の負担にならないように大人しく運ばれるしかなかった。

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