「アズール、フロイド、無事ですか?」
「ええ」
「稚魚の時よりオレ大分身体でかくなったから、避けんのギリギリでめっちゃ大変だった。あ~……疲れた」
「ありがとうございますフロイド。……助かりました」
「いいって。……でも、ちょっと休ませて」
十数分後。
氷の大半が海底まで伸び切ってかなり安定したので、アズール達は伸びた氷の少ないそれなりにスペースのある海底ギリギリの場所で休んでいた。
休むといっても、海底まで到達した氷は今もなお勢いを止める事なく、海底を這っていたヒトデ達を凍りつかせながらその範囲を広げていたので、足や鰭が海底に付かないように注意をしながら海中を漂うしかないが、体力を回復させるには充分だった。
縦横無尽に泳ぎ続けて氷を避けていたふたり、特にアズールを抱えていたフロイドは、アズールの大きな足を凍らせないよう神経を使って泳いでいたので、その疲労でややぐったりしている。
フロイドに抱えられていてさほど体力は消耗しなかったアズールは、ふたりから余り離れすぎないようにしながら、自分達を襲いかかって来た氷を観察し始めた。
海底まで伸びた無数の氷は、海面までそびえる白い柱の様になっていて、夜明けが近く明るくなってきたお陰でより神秘性が増し、一帯を見渡すとまるで神殿の回廊にでも迷い込んだようだ。
最初にアズールが巻き込まれかけた氷は、手首位の太さだったが、今ではアズールの足の半ばくらいの太さまで成長している。
よくよく近づいて見れば氷の中は空洞になっているらしく、中にも水が流れているのが確認できる。
どうやらこの中にある水の流れが、下に伸びる氷を作る元凶になっているらしい。
柱に向かって自分が凍りつくギリギリの距離まで手を伸ばしてみると、痛い程の冷気が伝わってきた。
「……触れたら即ゲームオーバー。なるほど、命知らずのお前達にはピッタリの遊び場と言う訳ですね」
「いいえアズール、本当に面白いのはこれからです。そこで見ていてくださいね」
いつの間にかアズールの背後にいたジェイドは、彼が答えを外したのを楽し気に笑いながら、しばらく休んで復活したフロイドと一緒に、上に向かって泳ぎ始めた。
「いきますよ、フロイド」
「オッケー、ジェイド。目ぇ逸らしちゃダメだからねアズール」
ジェイドとフロイドは流氷ギリギリの場所で止まると、互いに顔を見合わせて両手に魔力を込め始めた。
バチバチと小さな雷を帯びた二人の魔力の塊は、一つに合わさると更に大きさを増していき、辺りの氷の柱を照らす程に輝きも更に増していく。
「「せーのっ!」」
二人は掛け声と共に、作り上げた魔力の塊を無数に生える氷の柱の向こうへ思い切り放り投げた。
もしこれが攻撃魔法の類なら、氷の柱が崩れてこちらも無事ではすまないだろう。
双子が言った通り目は逸らさなかったが、アズールはいつでも逃げられるように身構えた。
充分な距離まで飛んで行った二人の魔力は、眩しい閃光を放ちながら花火の様に弾けた。
どうやら彼らが放ったのは、魔法を覚えたばかりの稚魚でも覚えられる閃光魔法だったのだ。
弾けた光は氷の柱の中で乱反射して、氷の柱を虹色に光り輝かせた。
元の氷の色の白が、魔法によって柔らかい色彩の虹色に輝いて、更に夜明けの時間になって差し込む日の光で、より幻想的な光景を生み出していた。
「……すごい」
「すげーでしょ、オレ達は『虹の柱』って呼んでんだ。どう?アズール」
「……すごく、綺麗ですね」
閃光魔法が消えた後でも、氷の柱達は最初から自ら輝いていたかの様に、なおも虹色に光り続けている。
現実離れした美しい光景を前に、普段の豊富な語彙力はどこかへ行ってしまったのか、アズールから出たのはとてもシンプルで素直な感想だった。
目の前の景色にすっかり釘付けになってしまっているアズールの顔を見て、戻って来た双子達も満足そうに笑った。
「この辺りの海は近くの島にある魔法石が採れていた鉱山の影響で、海水に結晶化する前の魔法石の成分が含まれているらしいんです。その影響でここで魔法を使うとその成分が反応して、こうして虹色に光って見えるそうです」
「その影響で危険生物とかめっちゃ成長しやすいらしいよ」
「そうなんですね……」
「アズール、聞いてる?」
「ああ、はい」
「おーい」
「……はい」
景色に見惚れるあまり生返事しか帰って来なくなったので、少し退屈になったフロイドは、アズールに構ってもらう為に彼の前に回り込んだ。
「ねえ、アズー……」
フロイドはアズールに再度声を掛けようとしたが、彼の瞳を見て息を飲んだ。
虹の柱の光が、アズールのきらきら光るスカイブルーの瞳に淡い虹色を彩らせていて、その輝きはフロイドが生きてきた十七年、今までに見て来たどの宝石よりも美しく見えた。
フロイドの視線にようやく気づいたアズールは、若干居心地悪そうに顔を顰めた。
「……なんです?」
「……これ見てたらラウンジのメニュー一個思いついた」
「本当ですかフロイド」
フロイドの言葉に、アズールは面白いほど食いついた。
彼の虹色に彩られた瞳が商売の気配を感じ取って、火がついた様にギラついた光を放ち始める。
彼の目に火をつけたのが自分だと思うと気分が良くて、フロイドは今なら何でも出来るような気がした。
「あはっ、今ならいいの作れるかも!」
「でしたら気が変わらない内に早速戻って試作を作りましょう、メニューに出すか考えます。……そういえばジェイドはどうしました?」
アズールが辺りを見渡してみると、気がつけばジェイドがいなくなっていた。
好奇心の塊の様なウツボだ、恐らく何か面白そうな物でも見つけてどこかへ行ってしまったのだろう。
「あれ?どこいったんだろ……あ、いた。ジェイドー!」
「フロイドが新メニューを思いついたそうなので、そろそろ戻りますよ!」
フロイドはジェイドを見つけると、手を振りながら大声で片割れを呼んだ。
どうやら彼はこちらから見ると、人差し指程の大きさに感じる程の遠い場所まで泳いでいたらしい。
何かを捕まえていたようで、海底の方で忙しなく手や尾鰭を動かしている。
やがて目当ての物を仕留めると、彼は何かを抱き抱えてこちらへ戻って来た。
「さっきからいないと思ってたら、何をしていたんです……って、でっっか!?なんですかそれ!」
「ヒトデです」
「それは見れば分かりますよ」
ようやく戻って来たと思えば、ジェイドは満面の笑みで自分の顔が余裕で隠せる程の大きさの黄色いヒトデを抱えて戻って来たので、その大きさにアズールは思わず目を剥いた。
「繁殖期前のこの季節から急激に成長する種類なんです」
「ジェイドー……まさかそれ食うつもり?」
フロイドが顔をしかめながら尋ねると、ジェイドはニッコリ笑顔で「ええ、もちろん」と頷いた。
「前に来た時は、うっかり氷に尾鰭を付けてしまったせいで捕まえられなかったので、次に来た時は必ず手に入れたいと思っていたんです」
「そういやジェイドが昔氷に尾鰭巻き込まれ掛けたのって、凍ったヒトデ捕まえる為だったっけ。オレぜってー食わねぇからね」
「ふふ、ほら遠慮しないで。かわいいですよ」
「いらねーつってんだろ」
ジェイドがヒトデを自分の顔に押し付けて来る勢いで迫ってくるので、フロイドはげんなりとした顔でバッサリと切り捨てた。
「お前たち、遊んでないで早く帰りますよ」
「はい」
「はぁい」
そうして双子達はしばらくギャイギャイとヒトデを押し付けたあっていたが、既に先を泳いでいたアズールが呼びかけられると、素直に彼の後ろを泳ぎ始めた。
後日フロイドが『虹の柱』と『それを見ていたアズールの瞳』を参考に作った氷を使ったデザートは、冬季限定のデザートメニューとして出されて、とても写真映えするデザートだと、食べに来た生徒達から好評だった。
そしてこれは余談となるが、己の好奇心に忠実に従い、巨大ヒトデを調理した料理を全て一人で完食したジェイドは、案の定ヒトデの毒に当たって盛大に腹を壊し、キレ顔のフロイドに看病されながら数日寝込む羽目になった。
2024年5月27日 Pixivにて投稿

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