1、「せっかく陸に来たんだから、楽しまないとね」

ツイステッドワンダーランド生き別れのウツボの人魚

「おい」
「……」
「おい、起きろってスレイド」

 海の底にそびえる、岩壁の中にあるかなり大きな隙間の中。
聞き馴染みのある声に目を開けると、うっすら光る少し濁った緑の大きな目と、鋭い歯がゾロリと並ぶ大きな口があった。

「……起きてるよ、おはようバイト……ふわあ……」

岩に寝そべっていた体を起こして軽く伸びをすると、俺はゆっくりと尾びれを動かして、岩の隙間から顔だけ出した。

「ひひっ、こんな所じゃあ朝か夜かなんてほとんど分かんねえけどな」

小さい頃から一緒にいる幼馴染のダルマザメの人魚のバイトは、何が面白かったのかうっすら体も光らせてその場で一回転した。

「起きた時がおはようの時間でいいんじゃないの?」
「それじゃあ本当の朝が行方不明になっちまうぜ。まあ、こっちも『ごきげんよう』とでも言っておくよ。オレが巣穴にこんなに近づいているってのに、そんなだらけた格好で寝そべっているなんて、不用心な奴だな」
「バイトの気配だったから」
「ふーん。で、また昔の夢でも見てたのか?」
「ばれた?」

図星をつかれた俺は、敢えておどけた様な声を出した。

「お前がその夢を見てた時は、いつも以上にぼんやりしてるからな。ったく、昔を振り返ったって、何も変わりゃしねえのに。油断して抉り取られても知らねえぞ」
「そう簡単にやられたりしないよ」

 前にもやった事があるようなやり取りをしながら、俺はさっきまで見ていた夢の事を思い出した。
暗闇の海の底、『船の墓場』と言われているこの場所に来る前の夢は、成長した今でも時折見ていた。

この目で見なくなってから久しい、眩しい位の明るい海。
一緒に生まれた兄弟達。
もしあの時海流に飲まれずにあの海で育っていたら、俺はどうなっていたのだろうかと、あの夢を見るたびにふと思ってしまう。
一緒に生き残っていたみんなを「兄弟」って呼んで、一緒に遊んでいたりしたのかな。

……なんて、どんな奴がいたかも覚えていないし、ここの生活が気に入っているから帰りたいとも思わないけれど。


「陸って実際はどんな所なんだろな。爺さんももう少し教えてくれたって良かったのによ」

漂い始めた思考を遮るようにバイトが話題を変えると、先ほどまで頭に浮かんでいた光景は、海流に流されるように消えてしまった。

「爺さんにも知らない事があったんじゃない?」

 爺さんはここに落ちてきた俺を育ててくれた、リュウグウノツカイの人魚だ。
なんで爺さんなのかって言うと、俺が長い間爺さんの名前を「爺さん」だと思っていて、本当の名前を聞いたことが無かったからだ。
爺さんも自分から名乗ったことは一度もなかったし、呼ぶ名前が変わったしても爺さんは爺さんだから、結局俺は名前を聞かずに爺さんの事は「爺さん」と呼び続けた。
どこにも行く所がなくて家に居座り続けた俺を、爺さんは一度も追い出そうとはしなかった。
ぶっきらぼうだったけど、俺の知らない事を何でも知っていて、色んな魔法も、文字も言葉も、文句を言いながらも沢山教えてくれた。
意地っ張りで、頑固で、笑った顔はほとんど見た事は無かったけれど、それでも俺はそんな爺さんの事は好きだった。

 そんな爺さんは少し前に寿命で泡になって、跡形もなく消えてしまった。
爺さんがいなくなったこの岩壁の隙間には、今は俺ひとりで住んでいる。
けどやっぱり爺さんがいないだけでここはすごく広く感じて、爺さんがいなくなってからしばらくは、胸にぽっかり穴が開いたみたいだった。
 それから少し退屈になった毎日を過ごしていると、一通の手紙が届いた。
初めて見る封筒に首を傾げながら封を開けると、ナイトレイヴンカレッジと言う学校からの入学許可証だった。
どうやらバイトにも届いたらしく、手紙を持ってやって来たので、中身を確認したら同じ内容だったから一緒に読んだ。
案内を読みながら海の学校にも行った事が無いのに、いきなり陸の学校に行く事なんてできるのかなって思ったけど、案外そこは大丈夫らしい。


「なあ、明日だろう?『馬車』って奴が来るのって」
「そうだったっけ」

 行った事の無い場所からの誘いにちょっとだけ興味が湧いた俺は、バイトと一緒に学園へ行く事に決めた。
明日はその迎えの馬車が来る日で、今日はこの家で過ごす最後の日になる。

「おいおいしっかりしてくれよ、お前が文字を読んでるんだからよ」
「ふふ、冗談だよ」

呆れた風に言いながらも笑っているバイトに、俺も小さく笑った。

 バイトは生まれつきほとんど目が見えていない。
だから一緒に届いた入学許可証も、一緒に読んでいた本の文字も、全部俺が彼に読んで聞かせていた。
今でも目の前で顔を合わせていても、どこか分からない宙を見つめていて一度も視線が合わない。

「ああそうだバイト、今日家に泊めてくれる?」
「急だな。まあ、どうせオレしかいねえからいいけどよ」

 バイトはここが船の墓場と言われる所以である、沢山の沈没船の内の一つにひとりで住んでいる。
だから俺のお願いにバイトは不思議に思いながらも、二つ返事で頷いてくれた。

「陸にいる間はここ閉じるから。明日だと時間なくてさ」
「じゃあ、今やっちまえばいいんじゃねえか?手伝ってやるよ」
「……そうだね。バイトがいると助かるよ」

スレイドはバイトの顔を見つめながら、岩の隙間から抜け出した。


必要な荷物だけ外に持ち出すと、俺は留守中家に他の奴らが入らない為に、魔法を掛けようとした。

「あ、そうだ」

呪文を唱える前に、俺は隣にいるバイトの髪の毛を何本か思い切り引きちぎった。

「いってえ!!なにすんだよ!!」

 怒り出したバイトは放っておいて、俺は呪文を唱えながら自分の髪の毛も抜いて、構築していく術式の中にふたりの髪の毛を組み込んだ。
バイトも悪態をつきながらも、術式の構築と魔法をかける為の魔力の補助をしてくれた。
家の入口に大きな魔方陣を張り終えて、次はそれが見つからない為の魔法をかけると大きな魔方陣は姿を隠して、はたから見たらただの岩壁にしか見えなくなった。

「こんなもんかな」
「おい、オレの髪の毛を使うなら先に言え!いきなり引きちぎりやがって、ハゲたらどうするんだ!!」
「若いんだからすぐ生えるって」
「爺さんみたいな事言うんじゃねえよ。……ああ~まだヒリヒリする。で?オレが手伝ったんだ。上手くいったんだろうな」

 引きちぎられた髪の部分を荒っぽく摩りながら、バイトは俺をギロリと睨みつけるので、俺は魔法をかけ終えた場所をもう一度眺めて、術の出来栄えを眺めた。

「……うん。これで俺かバイトが帰ってこないと誰も入れなくなった。本一冊も持ち出す事はできないよ」
「念には念をって奴か……じゃあほら、さっさと行くぞ」
「うん」

俺は少ない荷物を持って、先に泳ぐバイトの後ろを着いて行った。

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