3、「ちょっと面白かった」

ツイステッドワンダーランド生き別れのウツボの人魚

 入部する部活を見学する為に、幼馴染のバイトと中庭で待ち合わせをしていたスレイドだったが、いきなり他の生徒に言いがかりで絡まれたので、早々に撒いて中庭から離れた廊下を歩いていた。
ただ空を見ていただけなのに絡まれたので少し不満に思いながらも、知りたかった情報も手に入り、試してみたかった魔法も実験する事ができたので概ね満足していた。
それはともかく、まだあの生徒がいるであろう中庭に戻るのも面倒だが、待たせている幼馴染のバイトとどう合流しようかと考えながら歩いていると、廊下の角で大きな人影にぶつかってしまった。

「いたた……ぶつかってごめんなさ……!?」

 スレイドはぶつけた鼻先を押さえながら相手に謝ろうとしたが、いきなり相手に自分のサングラスを取られてしまった。
突然の眩しさに咄嗟に腕で庇おうとしたが、サングラスを奪った誰かに腕を掴まれてしまってそれもできない。
眩しさと腕の痛みに顔をしかめながら、相手が誰かを確認しようとした。
細めた視界には、弓なりに細められたゴールドとオリーブの色違いの目が、自分より少し高い所からギラギラと光っていた。

「あはっ。へえ、本当にお前生きてたんだあ。さっきの見てたよお、おもしれ~事してたじゃん」
「さっきの方への貴方の魔法、とても愉快でしたよ。まさかこんな形でまた会えるとは、思いもしませんでした」

もう一つの声にスレイドが目を向けると、自分を見下ろしている目の前の男の他にもう一人、瓜二つの顔の男が廊下の向こうから現れた。

 垂れ目とつり目、左右対称に付けられた片耳だけの揃いのピアス、一房だけ色が違うメッシュと、近くでよく見比べると僅かに違いがある。
ジェイド・リーチとフロイド・リーチ、スレイドと同じオクタヴィネル寮の双子の兄弟だ。
この学園では有名な兄弟なので、彼らを知っている生徒なら、いきなり真正面からこの二人に迫られたら冷や汗をかく者もいるかもしれないが、入学して間もないスレイドはこの二人を知らない。
副寮長であるジェイドは、入学式の日に新入生の前に立って入寮の挨拶をしていたので、顔は見た事があったが、スレイドはせいぜい「髪と片方の目の色が自分と似てるなあ」程度の認識しかなかった。
 フロイドの存在をまだ知らないスレイドは、何故この前入寮の挨拶していた人が、何故二人いるんだろうと内心驚いていた。
楽し気に笑う二人の顔を交互に見ながら、スレイドは無言で自分の腕を掴んでいるフロイドの手を引き剝がそうとしたが、骨が軋むくらいの強さで掴まれているので、それはできそうになかった。

「サングラス返して、眩しい」

スレイドは目を細めながら、努めて表情を動かさないようにして、掴まれていない方の手を彼に向けて差し出した。

「あれ、お前喋れたんだ。じゃあちょっとオレ達とのオハナシに付き合ってよ。これはその間の人質ねえ」

そう言ってフロイドは、スレイドの腕を掴んでいた手を離して、彼のサングラスを見せびらかす様に手のひらで弄んだ。

「人質って、それ人じゃないけれど……」

 スレイドの若干的外れなツッコミは、フロイドの耳には入らなかったようで、「昼なのに夜みて~」なんて言いながら、彼のサングラスをかけては外してを繰り返して遊び始めた。
ようやく腕を開放されたスレイドは、彼らから少しだけ距離を取って、すぐには危害が加えられない場所まで下がり、目の前の二人の動きに注意しながら逃げる方法を考えた。
一見サングラスで遊んでいるフロイドと、それをジェイドが楽しそうに見ているだけに見えるが、二人共スレイドの挙動に注意を向けていて、彼がどう動くか様子を伺っている。
この二人相手には簡単に逃げられないと悟ったスレイドは一旦逃げるのは諦めて、眩しいのを我慢する為に外れかけた自分のパーカーのフードを深く被り直した。

「あんた達だれ?入学式の時に顔だけ見た気がするけど何で二人になってるの?……まさか増えた?あんたってヒトデみたいに増えるの?ちょっとだけ顔のパーツが違うみたいだけど」
「はあ?……ギャハハハ!!んなわけねえじゃん、おもしれ~!」

首を傾げながら突拍子もない事を言ったスレイドに、フロイドは目を丸くすると突然腹を抱えて笑い出した。

「ふふふ……別に増えていませんよ。僕達は双子の兄弟なんです」
「あ、そうなんだ」
「相変わらず変な奴~」
「思った以上に愉快そうな方で安心しました」
「……で、あんた達は?初対面の相手にはジコショウカイってやつをするもんじゃないの?」

ずっと笑っている双子に、馬鹿にされているような気がして少しムッとしたスレイドは、ちょっとだけ棘のある口調でもう一度二人の事を尋ねた。

「おや、僕達の事は覚えていないと?薄情な方ですね、悲しくて泣いてしまいそうです。しくしく」
「あ~、ジェイド泣いちゃったじゃん」
「どう見ても嘘泣きじゃない。どうせならもう少し上手くやってよ」
「おや、手厳しいですね」

 噓泣きをするジェイドにフロイドも便乗したが、スレイドは取り合わずにバッサリと切り捨てた。
そんな彼に気を悪くする訳でもなく、むしろ楽しそうにジェイドはすぐに嘘泣きを止めた。

「では、入寮式の時にも自己紹介しましたが改めて。ジェイド・リーチと申します」
「フロイドでぇす」
「ジェイドとフロイド……ああ、あんた達が『リーチ兄弟』なんだ。俺があんた達に似ているって話が出回っているみたいだけど、そんなに似てる感じしないなあ」
「他の方にとってはそう見えるのかもしれませんね」
「他の雑魚達がしょっちゅう聞いてくるからちょ~ウザかったあ」

にこやかに笑う双子の顔をまじまじと見ながら、スレイドは率直な感想を言った。
双子達も周りの噂にはうんざりしていたらしく、にこやかな顔でその噂話に対しての不満を零した。

「あ、そういえばさっきあんた達に文句がある奴に絡まれたんだけどさ。『商売』がどうって言ってたけど、それって入寮式の時に言ってたモストロラウンジってお店の事?」
「そちらとは違いますね。簡単に言えばアズールが個人でしている『お悩み相談』といった所でしょうか、彼は困っている方に手を差し伸べずにはいられないんです」
「ふうん。お客さんに胸ぐらを掴まれるなんて、『お悩み相談』っていう『商売』って大変なんだね」

スレイドは感心したように、捉え方によっては嫌みにも聞こえる感想を言った。

「あはっ。ウツボちゃんも興味ある?」
「えっ、『ウツボちゃん』って俺の事?」
「だってお前ウツボじゃん」
「合ってるけど……まあいっか」

いきなりあだ名で呼ばれてスレイドは困惑したが、フロイドがさも当然の様な口ぶりで告げたので、スレイドは首を捻りながらも納得して頷いた。

「ウツボちゃんも困った事があったら、アズールに相談するといいよ」
「スレイドさんも、何か悩みがあればアズールに相談するといいですよ。彼は慈悲深く貴方の悩みを聞いてくれるでしょう」
「んー……今は無いからまた今度ね」

双子はクスクスと笑いながら誘いをかけたが、スレイドは少し考えてから、また今度とその場では断った。

「あれ、俺の名前言ったっけ?それにさっきから聞いてたらあんた達、俺の事知ってるの?」

さっきから自分の事を知っているような彼らの口ぶりに、スレイドは首を傾げた。

「知ってるもなにも、僕達は血の繋がった兄弟ではありませんか。名前は貴方がここに入学してから初めて知りましたが」
「……きょうだい?俺とあんた達が?」
「ええ」

ジェイドが告げた言葉に、スレイドが目を丸くした。
しばらくして彼が発した言葉は、初めて聞いた異国語でも喋る様なたどたどしさがあり、青年にしては少し高い声は、幼い子供の声の様にも聞こえた。

「……何で俺があんた達の兄弟だって思うの?顔が似ているウツボの人魚だから?」
「貴方のそのユニーク魔法ですよ。昔まだ名前が無かった稚魚の頃に、僕達はサメの群れ相手にその魔法を使っている貴方を見ていたんです」
「……あの時の実験、見てたんだ」

別に見られても困る代物でも無かったが、なんとなくこの二人に見られていた事に、スレイドは何故か若干のバツの悪さを感じた。

「お前あの魔法使って、昔サメ達を岩に思い切りぶつけて笑ってたじゃん。見ててすげえ面白かったあ!」
「兄弟達の中でも劣っていた方だったと思っていたのに、本来ならありえない程の早さで魔法を使いこなしていて……今までの認識をあの一瞬で覆した貴方はとても興味深かったです」
「なるほどね……あの実験を知っているって事は、確かに俺の兄弟なのかもね」
「かもじゃなくて、そうだって言ってんじゃん」
「……」

未だに半信半疑の様子のスレイドに、フロイドは若干苛立った声を上げた。

「……あんまり覚えてないから、よく分かんないや」

しばらく考え込む様にうつむいたが、再度顔を上げたスレイドは、すっかりいつもの凪いだ無表情に戻っていた。

「兄弟がいたのは覚えてるけど、誰がどんな奴だったか覚えてないから、あんた達がいたかも分かんないし。正直あんた達を見てもハジメマシテとしか思えない」

スレイドは表情を変えることなく、いつの間にか真顔になっている目の前の二人の顔を見据えた。

「……もういい?俺待ち合わせしてるし、十分オハナシしたから。サングラス、返してね」
「あ?……いってえ!?」

 スレイドは話を切り上げる為にフロイドに歩み寄ると、相手と握手でもするような気軽さで、サングラスを持っていた彼の手を軽く捻り上げた。
いきなり手を捻られて悲鳴を上げたフロイドも、その隣で目を見開いたジェイドも、スレイドの動きが余りにも自然すぎて全く反応ができなかった。
フロイドが痛みで怯んだ隙に、スレイドはするりと彼からサングラスを取り返すと、そのまま岩の間でもすり抜ける様に、彼らから再び距離を取った。

「腕掴まれた所、結構痛かったから。これでおあいこね」

先程フロイドがしたように、スレイドは小さく笑いながら取り返したサングラスを見せびらかした。

「……ってえなあ……お前オレに絞められてえの?」

 捻られた手首を押さえながら、そこらの生徒なら竦みあがる程恐ろしいフロイドの睨みを目の当たりにしても、スレイドは目を瞬かせるだけで動じる様子はなく、むしろニィと口角を吊り上げて歓迎する様に両腕を広げた。
目を三日月形に細めながら鋭い歯を見せて、あのサメを追い払った時と同じ笑顔で笑っているスレイドの目には、捕食者としての強い光が宿っていた。

「別にいいよ?その前に俺が絞め落としてあげるから」
「へえ……言うじゃん」
「ふふ」

 口の端を歪に吊り上げて、凶悪な笑みを浮かべながら低い声で凄むフロイド相手に、スレイドはただ面白そうに笑うだけで何も仕掛けようとはせず、そのまま取り返したサングラスにヒビが入っていないか確認し始めた。

「兄弟どうこうって話はよく分かんないけど、「逃げるの難しそうだなあ」って思ったのは久しぶりだったし、ちょっと面白かった。これからよろしくね、ジェイド、フロイド」

満足そうにサングラスをかけたスレイドはひらりと手を振ると、そのまま軽い足取りで去っていった。


「……フロイド、手は大丈夫ですか?」
「ん~……さっきはすげー痛かったけど、大丈夫みたい」

 スレイドが廊下の向こうへ見えなくなってから、ジェイドはフロイドへ声を掛けた。
フロイドは捻られた手をぐるりと回して調子を確かめると、スレイドが一瞬だけ激痛が走るように工夫して手首を捻っていた事が分かる。
その事に気づいたフロイドは、面白そうにケラケラと笑い始めた。

「あはっ。何もできなかった、オレだっせ~」
「ふふ。警戒を怠った訳ではありませんでしたが、彼の動きが自然すぎて近づかれても何もできませんでしたね」

楽しそうに笑ったジェイドは、ニィと口の端を吊り上げた。

「『兄弟』として認識されていないのならば、違う形でアプローチをするまでです。スレイドさんが『彼』だった事が分かっただけでも大きな収穫ですし、今日の所はここまでにしておきましょう」
「ここなら追いかける時間は沢山あるし、今度こそは逃がすつもりはないもんね」
「そうですね」

フロイドも目を三日月型に細めて、ジェイドに笑いかけた。

「ジェイド、フロイド」

背後からの声に二人が振り向くと、彼らの寮長であるアズール・アーシェングロットが、既に寮服に着替えた状態で不機嫌そうに腰に両手を当てていた。

「お前達いつまで油を売っているんですか。早くラウンジに戻りますよ、開店準備の時間に間に合いません」
「「はい/はぁい」」

ジェイドとフロイドは、やや早歩きで歩くアズールの後ろに着いていった。

「あいつ今でも面白そうな奴だったから、また遊んであげよ~」
「その時は僕も混ぜてくださいね」

ウツボの人魚二人は、獲物を捕らえる為の鋭い歯を見せながら、無邪気な子供の様にクスクスと笑った。

2022年2月4日 Pixivにて投稿

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