「あっ、見てバイト。これ見た事ある」
しばらく色んなゲームの箱を眺めていた二人だったが、何かを見つけたスレイドはそれを指さした。
「どれだ?」
「ほらこれ」
スレイドが手に取った箱は、チェスの駒と台が入った箱だった。
自分にとっては初めて見る物に、バイトは不思議そうに彼が持っている箱を見つめた。
「なんだこれ?お前知ってんのか?」
「これ『繰り返しの豪華客船』であったやつだよ。この馬の形のやつ見た事あるし、ここにもあるんだ」
「ふーん……あの船のどこにあったんだ?」
「えっと……『チェックメイト』『う~む、そうきたか。どうやら私の負けのようだ。いやはや、チェスでは貴方には勝てませんな』『いえいえ、あなたの腕も大したものですよ。途中何度もヒヤリとさせられました』」
「ああ!一等談話室の男二人か。へえ~、チェスってこれなんだな」
一年生二人が楽しそうに箱を挟んで会話しているのを、イデアとアズールはいつの間にか自分たちのゲームの手を止めて、彼らの話に聞き耳を立てていた。
「……随分と変わった会話をしていますな、あの二人」
「誰かの会話を復唱しているみたいですが……二人共あの会話で特定の場所を連想しているようですね」
「『繰り返しの豪華客船』って一体どこの漫画の世界?アズール氏知ってる?」
「聞いた事もありませんね」
「ねえ、アズール氏」
「「アズール氏!?」」
イデアしか言わないような呼称でアズールを呼んだスレイドに、二人は思わず声を上げた。
二人の大きな声に彼は驚いて、箱を抱えたままビクリと肩を揺らした。
「えっ、違ったっけ?さっきイデアさんがそう呼んでたけど」
「僕の事はもう少し別の呼び方で呼んでもらえませんか」
呼び方を訂正させようとしても、スレイドは分かっていないようで、目をパチパチさせて首を傾げた。
「リョウチョウ、センパイ、アズール・アーシェングロットにアズール氏、確かシハイニンもあったし……あんたいっぱい呼び方があるんだね。で、どれが名前?」
「寮長と先輩と支配人は敬称です」
「軽傷?あんた怪我してるの?」
「違います」
「ああ悪いアズール先輩。こいつに呼び方の事言っても、ほとんど分かってねえから」
先程の素直さとは対照的に話が通じない彼に苛立ち始めたアズールに、不思議そうな顔をしたまま立っているスレイドの後ろから、バイトがすかさずフォローをし始めた。
「こいつは初めて会った奴相手には、その時近くにいた奴に呼ばれていた呼び方で呼ぶんだよ。オレも初対面の時は、爺さんに「小僧」って言われてたから「小僧」って呼ばれてたし。ちなみにイデア先輩の事を「イデアさん」って呼んだのは、あんたがそう呼んでたからだ。分かりやすい呼び方を教えてくれたらちゃんと覚えるぜ」
「はあ……分かりました。ではせめて「アズール」と呼んでください」
「わかった。アズールだね」
スレイドはそう言って小さく笑いながら頷いた。
これ以上の言い争いは時間の無駄と考えたアズールは、名前で呼んでもらう事で妥協した。
後輩に呼び捨てにされるのは寮長としてどうなのかとも思ったが、あのウツボ達と似た顔で敬称付きで呼ばれると、酷い違和感を感じそうだったので、「さん」付けで自分を呼んでもらう事は諦めた。
それからアズールとイデアは、チェスの遊び方を聞いてきた二人に自分達の対戦を見せながら、簡単なルールを教えた。
何度も対戦してきた二人の勝負はレベルが高い。気が付けば熱中して説明するどころでは無くなってしまっていたが、それでも一年生二人は面白そうにその様子を見つめていた。
「……と、まあこんなものですね」
「すごく色々考える遊びなんだね。面白かった」
「ただ駒を置いているだけじゃねえんだな」
対戦を見終えた二人は、興味深げに勝負が終わった盤とアズール達を見下ろした。
「そういえば先程面白そうな話をしていましたが、貴方達の所でチェスはどんな物だったのですか?」
「ああ、それ拙者も気になった。『繰り返しの豪華客船』とか……」
「ああ。それ俺達がいた所にあった一番大きな船で、俺達が勝手にそう呼んでるの。出来事も、ゴーストの行動も会話も、全部同じ内容をずっと繰り返すからそう呼んでるんだ」
アズール達が尋ねると、二人は盤の上に残っている駒をつっつきながら話し始めた。
「昔船内の爆発事故で沈没した船らしくてさ。沈没する日の朝から事故が起こるまでの時間を、ゴーストになった船の人間がずうっと繰り返してんだよ。印象に残っているゴーストの会話とかなら大体覚えたぜ」
「その会話で船のどこにある誰の話とか、よくバイトと当てっこしてたんだよね。チェスはその船の一等談話室にいたゴーストがしているのを見て知ったんだ」
「へえ~……どこぞのホラゲーの舞台みたいな場所なのですな」
「ホラゲー?……はよく分かんねえけど、確かに何かのお話の舞台にはなりそうだよな」
「沈む前ははどんな感じだったのか分からないけど、船の墓場の中では一番大きくて綺麗な船だもんね」
二人のゲームに出てくるような話に、イデアもやや前のめりになって相槌を打った。
「船の墓場は凶悪なゴーストが多いと聞いていましたが、話を聞くと随分と印象が違いますね」
「ヤバいのも多いけど、害のないゴーストも多いからな。オレの家にもたまに気配は感じるし」
「えっ、まさかのバイト氏ゴーストと同居?」
サラリととんでもない事を言った後輩に、イデアは思わず突っ込んだ。
「ああ、たまに出てきてベッドに座って写真見てるゴースト?」
「そう、多分そいつ。あのゴーストそんな事してんのか?」
「うん。大きい人間と小さい人間が映ってる写真をいっつも見ていて、しばらくしたら消えてる」
「オレがベッドで寝てる時によく出るみたいで、何かぶつぶつ言っているのは分かるんだけどよ、一度もなんて言ってんのか聞き取れた試しがねえんだよな。まあ何もしてこないから放っておいてるけどさ」
「頭半分無くなってるもんね。だからまともに喋れないんじゃないの?」
「ええ……海コワ……」
「一緒にしないでください」
彼らの日常話に完全に置いて行かれたイデアは、ドン引きしてチラリとアズールを見た。
その表情に自分達の故郷にまで風評被害が来そうな気配を察知した彼は、苦虫を嚙み潰したような顔をした。
それから雑談に花を咲かせていると部活終了時間を知らせるチャイムが鳴り響いた。
窓の外を見ると、空はすっかりオレンジに染まっていた。
「ああ、もうこんな時間ですか」
「もうちょっと遊びたかったなあ、残念」
「今日はここまでだスレイド。課題もしないといけねえし、楽しみはまた今度に取っておこうぜ」
残念そうに机に頬杖をつくスレイドに、バイトは彼の背中を叩いて立ち上がるように促した。
「……それもそうだね」
バイトをちらりと見上げたスレイドは、名残惜しそうに席を立った。
「入部届はいつでも受け付けておりますよ、ぜひまたいらしてください」
「えっと、よかったら……また来て」
にこやかな笑顔のアズールと、おどおどしながらもまた今度と誘うイデアに見送られて、二人は一度顔を見合わせると笑顔を浮かべた。
「ああ、また来る」
「今日楽しかったからまた来るね。イデアさん、アズール」
二人が手を振って教室から出ていくと、イデアは気力を使い果たして近くの椅子にドカリと座った。
「あ~……随分と濃いキャラの二人でしたな。もう拙者お腹いっぱいですわ」
「ええ本当に、思ったより癖のある方達で……ですが中々面白い話も聞けました。ラウンジのフェアのコンセプトに使えるかもしれません」
「……相変わらず商魂たくましいですな、アズール氏」
「当然です。何が商売に繋がるか分かりませんからね」
疲れ切った顔でヘラリと笑いながら自分を見上げるイデアに、アズールは勝気な笑みを浮かべた。
後日二枚の入部届がボードゲーム部に届けられ、新しい部員が二人迎え入れられる事になった。
2022年3月19日 Pixivにて投稿

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