ガシャン!
「あれ?何これ」
突然首にかかった重量に足を止めたスレイドは、少し目線を落として自分にかけられた首輪を見下ろした。
少し触ってみると、金属と同じヒヤリとした冷たさが伝わってくる。
それと同時に自分の身体に違和感を感じて、何度か自分の手を握ったりしていると、魔法が使えない事に気がついた。
「わあ、これすごい」
自分の状況に気づいたスレイドは、オモチャを見つけた子供の様に目を輝かせて、廊下を走り始めた。
「なっ、キミ!ちょっと待っておくれ!」
彼の魔法を解くために駆け寄って声を掛けようとしたら、相手が突然走り出したので、リドルは声を掛けながら慌てて追いかけた。
「あはっ、必死になってる金魚ちゃんおもしれ~」
面白そうな気配を察知したフロイドも、ケラケラ笑いながら彼らの背中を追いかける事にした。
「バイト、バイト!」
「わっ、いてえっ!?」
昼食を取り終えて廊下を歩いていたバイトは、聞き馴染みのある声に振り向くと、いきなりスレイドに突進されて、終いには二人揃って地面に倒れ込んだ。
「いってて……って、どうしたんだよそれ」
「バイトこれ見て、すごいよこれ」
「ちょっ、分かったから押し付けんな!」
バイトは打った背中を擦りながら身を起こして、文句の一つでも言ってやろうと口を開いたが、目の前に飛び込んで来た大きい首輪に気づいて面食らった。
首輪を付けられて喜ぶ奴なんて、特殊な性癖でも持っていなければそういないだろう。
なのに目の前の幼馴染は頬を赤く染めながら、自分の首にかかっている首輪をぐいぐいと見せつけてくる。
「まさか陸に上がってそんな趣味を持ってしまったのか?」と冗談半分に思いながら、今にも顔にめりこんできそうな首輪を両手で押し返した。
「それにしても随分とでかい首輪だな。これって確か悪い事した奴とかが付けるんだろ?今度は何したんだよ」
大きな首輪をつけていると目立つし、廊下のど真ん中で床に転がったままだと他の人の邪魔なので、二人は人気の少ない廊下の端に移動した。
こんな非日常な事態が起こっているのに、それを楽しんでいるような素振りをする幼馴染に、バイトは内心ため息をつきながら眉をひそめて、彼の首輪を触り始めた。
「そうだなあ、朝に寝ていたバイトの耳に温かい息を吹きかけたくらいかな」
今朝いつもより早起きができたスレイドは、ほんのイタズラ心で、隣のベッドでスヤスヤとまだ眠っていたバイトの耳に、息を吹きかけたのだ。
耳からの突然の生温かい感覚に全身の肌が粟立って、バイトは悲鳴を上げながらベッドから転げ落ちてしまった。
それを思い出した彼は眉を吊り上げて、口の端をひくひくさせながら歪な笑みを浮かべた。
「ああそうだったな、おかげ様で最悪の目覚めだったよ」
「ふふ。毎日ずっといい目覚めだったら、何が最高の目覚めか分からなくなるでしょう?最悪を思い出せてよかったじゃない」
「いい訳あるか。……ああ話が脱線した。で、これ魔法だろ?誰にやられたんだ」
「うーん、さっきからずっと『ちょっとお待ち!お待ちったら!』って言いながら追いかけて来た小さい奴がいたから、そいつかも」
「絶対そいつだろ。何で逃げてんだよ」
誰かから魔法を受けた状況だというのに、なんでここまで暢気でいられるんだ。
でもまあ、それがコイツだったな。
全く緊張感の無いスレイドに、バイトはがっくり項垂れて長いため息を吐いた。
「すごい魔法だったから、すぐバイトに見せたかったし。逃げてたら楽しくなってきて撒いちゃった」
にっこりと笑って可愛い事を言っているつもりだろうが、やっている事はちっとも可愛くない。
バイトは額に手の甲を当てて、再び長い溜息をついた。
「はあ……なんかそいつが気の毒に思えてきた」
「そんな事よりさ、この魔法すごいよ。俺魔法使えなくなっちゃった」
「はあ!?……って、本当だ。お前の魔力が感じられなくなってる。いや、これのせいで魔力が外に出せなくなってるのか?」
とんでもない事を言われて思わず大きな声を出したバイトは、スレイドの魔力の異変に気づいて、すぐに元凶の首輪にペタペタと触り始めた。
「そうなの、こんな魔法初めて見たけどすごいよね。解けそう?」
「待ってろ、やってみる」
バイトは首輪に手をかざすと、魔力を込めてスレイドにかけられた魔法を探り始めた。
「はあ、はあ……何度も、待てと言ったのに、…聞こえて、いなかったのかい!?」
「え?」
バイトがスレイドの首輪を探り始めて数分後、途切れ途切れの疲れ切った声が背後からしたのでスレイドが振り向くと、リドルが両手を膝についてゼイゼイと息を整えていた。
まさか追いついてくるとは思わなかったスレイドは、表情は変えずに目だけ丸くした。
「あれ?撒いたと思っていたのに追いついて来たんだ。小さいのにすごいね、あんた」
「ウギッ……え、フロ?……いや、ジェイドでもない」
こちらは必死に追いかけて来たと言うのに、追いつくとは思わなかったようなスレイドの口ぶりに、リドルはカッとなって怒鳴りそうになったが、さっきまで自分にちょっかいをかけていたあのウツボにそっくりなスレイドの顔を見て、驚きで怒りが引っ込んで言葉を失ってしまった。
「あれ、固まっちゃった……えっと、なんか用?」
「あ、ああ。その魔法、キミを狙ったつもりはなかったんだ。すまない、すぐに外すよ」
「ごめん、それちょっとだけ待っててくれる?」
少し戸惑ったようなスレイドの声に我に返ったリドルは、首輪を外す為にマジカルペンを向けようとすると、彼は手で控えめに制した。
「バイト、どう?」
スレイドの言葉に、リドルはバイトの存在にようやく気が付いた。
男性としては平均的な身長だが、スレイドの長身に隠れて見えていなかったのだ。
「んー……かなり強力な魔法だが作りは単純だな。……眼鏡無い方が集中できるな、ちょっと持ってろ」
「うん」
半分生返事のバイトは、自分の眼鏡を外して目の前の幼馴染に押し付けると、再び首輪を触り始めた。
首輪を見ているようで、何処も見ていない彼の目つきに、リドルは何とも言えぬ妙な心地がした。
「魔法を当てておいて悪いけれど、ボクも暇じゃないんだ。早くそれを解除させてくれないか」
彼が時々呟いている言葉を聞いていると、どうやらリドルの掛けた魔法を診ているようだが、この魔法は自分じゃないと解除する事はできない。
こうしている間にも昼休みの残り時間は無くなって、既に予定していたスケジュールが大幅に狂っているので、とっととこの用を済ませてしまいたい。
そんな思いで声を掛けると、スレイドの影にいたバイトがひょっこりと顔を出した。
焦点が合わない緑の目をグッと細める仕草は、自分の眼鏡を探している時の自分の幼馴染とよく似ていた。
「誰だ?わりいけど、もうすぐ終わるからもう少しだけ待っててくれ」
「だから一体何を…」
「なあんだ。魔法当たった奴ウツボちゃんだったんだ」
再び首輪に目を落としたバイト相手に、もう一度リドルが口を開こうとすると、間延びした声が遮った。
一同が振り返ると、リドルの本をもったままのフロイドがふらりと歩いてきた。
「フロイド、ついてきたのか」
「何か面白そうだったからついて来ちゃった。これ持ったまんまだったし」
「あっ。その本を返せフロイド!」
「え~どうしよっかな~」
フロイドの持っている本に気づいたリドルが、それに向かって手を出したが、彼はひょいと本をリドルには届かない高さまで持ち上げた。
ムキになって何度も飛びながら本に手を伸ばすリドルを面白がりながら、フロイドは本を彼の手から遠ざけた。
「フロイドもこの人と鬼ごっこしてたの?」
「うん、金魚ちゃんで遊んでたんだあ。さっきからダルマザメちゃん何してんの?」
「バイトがダルマザメって分かるんだ。まあいいや、もうちょっとだから見てて」
「よし、これでやってみるか!」
首輪を視終わったらしいバイトが、大きな声を出して胸元のマジカルペンを取り出した。
強気な笑みを浮かべる彼に、思わずスレイドも口の端を吊り上げた。
「思ったより早かったね。自信の程は?」
「ひひっ、もちろん自信たっぷりだぜ。『錠には鍵を。鎖は絶たれ、枷は外れる』」
バイトが短い呪文を唱えてマジカルペンでスレイドの首輪を軽く叩くと、首輪に沿ったデザインの鍵が現れた。
それを首輪の鍵穴に差し込んで捻ると、カチャリと軽い音を立てていとも簡単に首輪が外れた。
「なっ!?」
自分の魔法を解除されて驚くリドルを余所に、バイトは鍵を消して、スレイドの首から外れた首輪を抱えた。
「ほらよ、どうだ?」
マジカルペンを取り出したスレイドは、小さな水魔法を発動させた。
ペンが光ると、水鉄砲くらいの小さな水が飛び出した。
「うん、使えるようになったよ。ほら」
「ちょっ、おいやめろって!服が濡れるだろうが!」
「ふふ、ちゃんと後で乾かしてあげるから」
自分が出した魔法の感触を確かめると、スレイドはマジカルペンをバイトに向けて、さっきの水鉄砲レベルの魔法を何発か放った。
慌てて後ろに飛びのくバイトを見て、スレイドはクスクスと笑った。
「信じられない……完璧に魔法は掛かっていたのに一体どうやって!?」
「ダルマザメちゃんすげーじゃん!どうやったの?」
リドルは未だに信じられないように目を見開き、フロイドは目を輝かせてバイトに尋ねた。
「ただの解除魔法だよ。この首輪を錠に見立てて、解除する為の鍵を作ったんだ。正しい方法で解除してねえから大分魔力を持っていかれたけどな」
「うわ、本当だ。ブロット溜まってる」
簡単に説明したバイトのマジカルペンは、一部が真っ黒に染まっていた。
「ブロットがどれだけ溜まっているか、これで分かるようになったのはいいけどよ。完全に掛かった状態で下手に何回も解除したらオーバーブロットものだぜこれ。簡単にホイホイ外せるものじゃねえよ。本当に強力な魔法だな」
「うん、対象に嵌めた瞬間から外に魔力が放出できないようになってるし、本来は掛ける人間にしか解けないようになってる。これ普通に発動させようとすると魔法の構築にかなり時間かかっちゃうよ。それを一瞬なんて、この魔法本当にすごいね」
魔法を掛けた本人を目の前にして、二人はリドルの魔法について話しながら、外れた首輪をペタペタと触った。

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