一方その頃、フロイドに化けているスレイドは、実験室で錬金術の授業を受けていた。
スレイドは実験室にいる一つ上の学年の面々を眺めて、その中から頭一つ抜けているターコイズブルーの髪の持つ長身を見つけると、周りの人の間をすり抜けるように進んで彼に近づいた。
「ジェイド~バディ組もう」
「ええ、『フロイド』。もちろんです」
「げっ、フロイド」
フロイドの様にどこか間延びした口調を真似ながらスレイドがジェイドの後ろに立つと、彼は振り返って微笑んだ。
その時ジェイドの隣にいたリドル・ローズハートは、フロイドの姿をしているスレイドを見て、露骨に顔を歪めた。
「フロイド、ジェイドはボクと組んでいるんだ。今日は二人組で授業を進めるとクルーウェル先生が言っていただろう、他を当たってくれないか」
「俺のクラス、今日一人休んでるから余るんだよね。だからここに混ぜてよ」
スレイドはあらかじめフロイドから言われていた事を言うと、リドルはさっと辺りを見渡した。
他の生徒は皆ペアを組んでおり、彼の言った通り余った生徒は見当たらなかった。
「成程。非常に不本意だけれど、そういう理由なら構わないよ」
「やった」
リドルから了承を貰ったスレイドは、偽物の垂れ目を細めて笑った。
「フロイド、鍋を混ぜるのをお願いしてもいいですか?」
「はぁい」
いつもの錬金術の授業でもついていくのがやっとなのに、二年生の授業なんて分かる訳がないだろうと思っていたスレイドだったが、フロイドが言っていた通り、ジェイドがフォローとして上手く立ち回ってくれているお陰で、難しい作業はしなくて済んだ。
「……今日のキミは妙に素直だな、何か企んでいるんじゃないだろうね?」
「ふふ。今日はそういう気分なの」
「普段からそうしてくれればいいんだけれどね」
特に問題も起こさずに普通に授業を受けている様子を見て、怪訝な顔で見上げてくるリドルに、スレイドはフロイドが言いそうな台詞を言って小さく笑うと、リドルは納得したのかいつものツンとした表情に戻った。
正直『そういう気分』と言うだけで、相手が納得するのはどうかとも思ったが、あのフロイドだからそうなんだろうと、スレイドは深く考えずに考えを完結させた。
「ああ、そこで反対方向に二回転だ」
リドルの指示通りにかき混ぜると、ポンッと小さな音を立てながら鍋から紫色の煙が上がり、煙の中から赤い石が飛び出した。
スレイドが空中でキャッチして光に透かすと、まるで自分から輝いているかのように、石は窓から差し込む日の光を反射させた。
「わあ……綺麗」
その赤い輝きに、スレイドは思わず感嘆の声を上げた。
「フロイド。いつまでそれを眺めているんだ。少しはこっちの道具の片付けも手伝ってくれないか」
クルーウェルから追加点を貰えた三人は、無事授業を終了して道具を片付けていた。
しかし実験室の窓際で石をずっと眺めて、道具を片付けるジェイドとリドルを手伝おうともしない彼に、リドルは眉を顰めて彼に近づいた。
「だってあんたの髪の色と同じ色だよ。ほら、すごく綺麗」
リドルは自分の髪に出来上がった石を近づけて微笑むフロイドの、その無邪気な表情に少し虚を付かれたが、その言葉遣いに違和感を感じた。
「ん?……あんた?」
「あ」
明らかに失態を犯したという表情を浮かべた彼に、リドルは不審の目を向けた。
「おかしいと思ったんだ。フロイドが一度もボクをからかわずに、この授業を普通に受けているなんて。それにフロイドは今まで一度もボクの事を『あんた』と呼んだ事はない。……キミは一体誰なんだ?」
「……」
リドルが目の前の男に尋ねると、彼は先程の笑顔を消し去って完全な無表情になった。
何の温度も感じられない凪いだ表情は、気分が落ち込んでいるフロイドとは少し違う異質さを感じて、リドルは背筋に嫌な汗が伝うのを感じた。
「……ジェイド、やっぱりこれ無理があるって」
しばらくしてようやく口を開いた彼は、少し困ったような表情を浮かべてジェイドに声を掛けた。
「ふふ、初めてにしては上出来でしたよ。スレイドさん」
「は……スレイド!?この前の一年生かい!?」
「ふふ、こんにちはリドル先輩」
演技するのを止めたスレイドは、フロイドの顔のままいつもの静かな笑みを浮かべた。
その表情を見て、リドルはやっぱり別人だったと言うのがはっきりと分かった。
「何故キミがフロイドに成りすましているんだ?」
「フロイドに「空飛びたい気分だから代わって」って言われたんだ。正直無理があると思ったんだけど、フロイドが今日の魔法薬学の課題教えてくれるって言うから授業入れ替わったの。薬草の見分け方がまだ難しいし、飛行術苦手だったからちょうど良かったんだ」
「ジェイド、その様子だとキミも知っていたのか」
リドルがジェイドに鋭い目を向けると、彼は「ふふ、ええ」と悪びれも無く頷いた。
「フロイドが「ウツボちゃんを代わりに寄越すから、フォローよろしく」と頼まれまして」
「ボクがいる前でそんなふざけた事をするなんて……いい度胸がおありだね」
「ジェイド~!ウツボちゃ~ん!」
口の端を引き攣らせながらリドルが今にも爆発しそうになっていると、元の姿に戻ったフロイドが満面の笑みで実験室に入って来た。
「あ、フロイド」
「お疲れ様です、フロイド。飛行術は楽しかったですか?」
「うん。ダルマザメちゃんに速攻で入れ替わりバレた」
「気配がうるさいって言われたんじゃない?バイト耳がすごくいいから」
「あたり~、ダルマザメちゃんいい耳持ってるよね」
三人は入れ替わりの感想を楽し気に話しているだけだが、他の生徒から見たら、ジェイドと二人のフロイドが楽し気に話をしている恐怖でしかない状態が出来上がっていた。
「フロイド!」
「あ、金魚ちゃん!」
一時的に置いてけぼりにされていたリドルだったが、すぐに我に返ると眉を吊り上げてフロイドに詰め寄った。
「スレイドまで巻き込んで、他のクラスの授業に参加するなんてどういうつもりだい!?」
その後、部活の準備で早めに実験室に来たサイエンス部の生徒は、全員首輪を嵌められた状態でリドルの説教を受けているターコイズブルーの頭が、仲良く三つ並んでいる光景を目撃したので、即回れ右をしてその場を離れていった。
「とにかく、これは重大なルール違反だ。それはお分かりだね?」
「はーい……」
数十分の説教の末スレイドはすっかりしょぼくれて、リドルへの返事もすっかり元気を無くしていた。
「よろしい。次は無いからね」
そう言って、リドルは実験室から出て行った。
「あ~あ、金魚ちゃんに怒られちゃった。ウツボちゃん大丈夫~?」
「……」
「スレイドさん、大丈夫ですか?」
ジェイドとフロイドの間で怒られていたスレイドは、俯いたまま黙って肩を震わせていた。
「お~い、聞こえてんの?」
「……ふふ……クスクス」
フロイドが再度声を掛けると、俯いたフードの中から押し殺した笑い声が聞こえて来た。
「次は無いなんて酷いなあリドル先輩。こんな面白い遊び、またやりたいに決まってるじゃない」
顔を上げたスレイドはとても愉快そうに口角を上げて笑っており、先程までのしおらしい仕草が嘘の様に消え去っていた。
「ウツボちゃんは授業楽しかった?」
「うん。一年の錬金術ってまだ実技ができないから、材料の説明とか器具の扱い方ばっかりで正直あんまり面白くなかったんだけど、上手くできるとこんな綺麗な石が自分で作れるようになれるなんて、錬金術ってちゃんと勉強すれば面白いんだね」
「ふふっ、スレイドさんにも楽しんで頂けたようでなによりです」
手の中の赤い石を見て微笑むスレイドを見て、両隣を挟む双子も笑顔を浮かべた。
「あ、後で課題の魔法薬学教えてね」
「じゃあ後で図書室ね」
「うん、じゃあ後で」
目の色と髪の長さを戻したスレイドは、大事そうにポケットに石を入れて代わりにサングラスを取り出すと、目に掛けながら満足そうに笑って実験室を立ち去った。

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