芸術系の選択科目の中の一つ、美術。
思い描いた通りの魔法を使うのに必要なのはイマジネーション、想像を具体化する力を養う為に絵を描く魔法士は少なくない。
どんなに正しい知識や魔法式が身についていても、頭で想像している魔法のイメージが、幼児がクレヨンで描いた様な拙いものだと、魔法が上手く発動しない事だってある。
魔法士養成学校であるナイトレイヴンカレッジの美術の時間では、対象物に対してイメージする力や観察力を身に着ける為に、特に絵を描く事に力を入れていた。
今日の美術の授業の内容は、ペアを組んで互いの似顔絵を色鉛筆で描く事だ。
そんな授業を選択していたオクタヴィネルの一年生、スレイドは支給されたスケッチブックを抱えて、ペアを探す為にキョロキョロと美術室の真ん中で辺りを見渡していた。
「やあ、よかったら私とペアを組まないかい?」
耳通りのいいテノールの声にスレイドが振り向くと、金髪の切りそろえられた髪に、羽がついた大きな帽子をかぶったポムフィオーレの生徒が笑顔で立っていた。
「いいよ、ちょうど俺もペア探してたし」
「メルシー、じゃああそこにでも座ろうか」
「うん」
金髪の男に促されて、スレイド達は窓際の椅子に座る事にした。
「そういえばジコショウカイしてなかったね。俺スレイド、あんたは?」
「ああ、私も名乗っていなかったね。私は三年のルーク・ハント。ル・シャソゥ・ドゥ・アムールと呼んでくれても構わないよ」
「……ル?」
ルークが名前の後に長い呼び名を言ったので、スレイドは内心少し混乱して目を瞬かせた。
「ええっと……確か「愛の狩人」って意味だっけ。……長いから狩人さんでいい?」
「構わないよ、ムシュー・深淵」
「アビス?それって俺の事?」
スレイドがルークへの呼び方を決めると、今度は彼が変わった呼称でスレイドを呼んだ。
スレイドがまた混乱して目を瞬かせたていると、その反応を面白がるように目の前の狩人は微笑んだ。
「ああ。キミの静かな眼差し、まとっている気配、底知れない何かを秘めているようでとても興味深い。だから私はキミをそう呼ばせてもらうよ」
「ふうん……まあ嫌な気はしないからいいよ」
そういえば名前以外の呼称で呼ばれたのは、爺さんが最初の頃呼んでた「小僧」とフロイドの「ウツボちゃん」以外は無かったなあと思いながら、スレイドは抱えていたスケッチブックを開いた。
「おお、黒鉛筆一本でここまでの再現できるとは、ボーテ!」
数十分後、描く時間を終えた二人は反省会として互いの絵を見せ合った。
スレイドは黒鉛筆のみでルークの絵を描き、ルークは反対に色とりどりの色鉛筆を巧みに使った絵になっている。
どちらも細部まで細かく描かれており、様子を見に来た教師からも高い評価を貰っていた。
「それなら狩人さんの絵の方がすごいよ、写真みたいに細かい所まで描かれてるし。俺色鉛筆で色付けしようとしたら、思った色にならなくて変な絵になっちゃうから」
「そうなのかい?」
「そうなの。あんたみたいに綺麗に色づけできたら楽しそうだけどね」
「ふむ……」
残念そうに俯くスレイドを見て、ルークは少し考える素振りを見せるとすぐに顔を上げて彼に迫った。
「スレイド君。この授業の後の放課後、少し時間はあるかい?」
「え?大丈夫だけど」
「良ければキミの絵を色づけしている所を見せてくれないかな?どうかキミがもっと素晴らしい絵を生み出せる手助けをさせて欲しい」
「んー……いいよ、他の奴の意見も聞いてみたい」
ルークの誘いに興味が湧いたスレイドは、少しだけ考えてから頷いた。
「じゃあ、試しにキミの絵を色鉛筆で塗ってみようか」
「わかった」
授業が終わった放課後。
誰もいなくなった教室でルークがマジカルペンを振るうと、スレイドが描いたルークの絵がもう一枚現れた。
「これ、複製魔法?」
「ああ。スケッチブック全てはともかく、この絵のみならそう難しい魔法ではないからね。さあ、この色鉛筆でキミが思うままの色を乗せておくれ」
そう言ってルークは、この教室に用意されていた色鉛筆のセットを差し出した。
スレイドは複製された絵と色鉛筆を受け取ると、時折サングラスをずらしてルークの顔を見て、顔をしかめながら色鉛筆で自分の描いた白黒の絵に色を乗せ始めた。
「んー……」
十数分後、しばらく絵と格闘していたスレイドだったが、授業中に動かしていた手とは対照的に色鉛筆を動かす手は鈍く、終いには小さく唸って完全に手を止めてしまった。
「どうかしたのかい?」
「あんたの髪……というかどの部分もなんだけど、この色鉛筆の中にはないんだよね。この黄色が一番近いんだけど」
スレイドが俯いたまま見せた絵には、ルークの髪が一部分だけ黄色一色で塗られていた。
白黒の部分で表現できる場所は綺麗に塗られているが、それ以外の場所は全て塗りかけの状態で止まっていた。
「スレイドくん、色鉛筆は一色のみで塗らないといけない決まりはないんだ。複数の色を上から塗って、違う色を生み出す事もできるんだよ」
「そうなの?」
ルークが提示した方法は自分が全く考えていなかった内容で、スレイドは目を丸くしてパッと顔を上げた。
「ああ。私の絵をよく見てごらん?特にキミの髪の部分を見て欲しい。何の色で塗られているか分かるかい?」
ルークがスレイドを描いた自分の絵を差し出したので、スレイドはそれを受け取ってサングラスをずらして絵に描かれた自分の髪を凝視した。
「……あっ」
「分かったかい?キミの髪が何の色で塗られているか」
「青と水色……それに緑?」
「その通り。キミの髪にはこの色鉛筆を使ったんだ」
「えっ、ここだけでこんなに使ってたの?」
ルークが机に並べたのは四、五本の色鉛筆で、スレイドは髪の毛だけにそれだけの種類の色鉛筆が使われている事に目を丸くした。
「ああ、まずは基本となる色を薄く塗るんだ。今回はこの水色だね」
ルークは自分のスケッチブックのページを捲って、空いている箇所に水色で円を描いた。
「それでこうしてこの水色の上に他の近い色を重ねて、理想の色に近づけていくんだ。……ほら、どうかな?」
「わあすごい、俺の髪の色になった」
水色の円はルークの手によって色が足され、最後に自分の髪と同じ色に変化したので、スレイドは歓声をあげた。
「これ同じやり方で、狩人さんの髪も上手く描けるかな」
「ああ、きっと素敵な物が出来るよ。さあ、もう一度やってみよう」
「うん、やってみる」
「トレビアン!見違える出来になったね」
「うん、初めて色鉛筆で上手く描けた」
再び十数分後。
スレイドが描き終えた絵は、色むらもあって粗削りではあるが、一色のみで塗っていた頃より遥かに上達した出来になった。
自分でも満足する絵に仕上げられて、スレイドは普段よりも生き生きした顔で完成した絵を見つめた。
「あっ、もうこんな時間になってたんだ」
「おや、楽しい時間は矢のように過ぎてしまうね」
チャイムの音に顔を上げると、遠くの太陽が今にも沈もうとしていた。
熱中している内に、いつの間にかかなりの時間が経っていたようだ。
「とても名残惜しいけれど、そろそろお開きとしようか」
「うん。今日はありがとう、狩人さん」
「ふふ、喜んでくれてなによりだよ。またスレイドくんの絵を見せて欲しいな」
「上手に描けたらね。じゃあまた、次の授業で」
教室の片付けもそこそこに、二人は美術室の入口で別れて互いの寮に帰っていった。

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