モストロ・ラウンジ
「お疲れ様」
「あ、スレイドさん!よかったやっと来てくれて」
スレイドが寮服に着替えてラウンジに入ると、寮生の一人が慌てた様子で駆け寄って来た。
「どうかしたの?」
「すみませんがキッチンに入ってくれませんか?急に休みの奴が出て全然回っていないんです!今日はジェイドさんもフロイドさんもいなくて」
スレイドがサッとラウンジを見渡すとラウンジの席は全て満席で、スタッフ全員が忙しそうに動き回っていた。
「今日お客さん多いね……」
スレイドは寮服のジャケットを脱いで、両腕のシャツを捲った。
「あんた今日キッチンだったね。これ代わりに更衣室に持って行ってくれる?その後俺と交代してホールに回って」
「わ、分かりました!」
「焦ってお客さんに粗相が無いように。落ち着いてね」
「は、はい!」
スレイドの黒いジャケットを受け取って、早歩きで更衣室へ向かった寮生を見届けると、スレイドはマジカルペンを振ってコックコートを身に着けると、大股でキッチンに入った。
「お疲れ様」
「お疲れ様ですスレイドさん。ああ助かった!」
入口の一番近くにいた寮生が入って来たスレイドの顔を見て、明らかに安堵した表情を浮かべた。
「一番オーダーが溜まってるメニューは?」
「限定メニューのパフェです!あらかじめカットしていたフルーツを全て使い切ってしまって、今二人で新しく追加をカットをしているんですが、全然間に合っていないんです!」
「分かった。得意分野だからそっちに回る」
手を洗いながら寮生の説明を聞いて、スレイドは酷く切迫した顔でフルーツをカットしている二人に近づいた。
「お疲れ様。二人共クリーム作りと盛り付けに回って、カットは俺一人でする」
「え、でも凄い量ですよ!?」
「いくらスレイドさんでも……」
「大丈夫。なんとかするから」
「わ、分かりました」
戸惑い顔の寮生二人が指定した持ち場へ移動すると、スレイドは二人が立っていた場所で握った包丁を一度拭いて、フルーツをカットし始めた。
スレイドの包丁は、二人の寮生でこなしていたスピードよりも遥かに速くまな板の上を踊り、危なげない手つきで小さくカットされていくフルーツたちは、籠の中に次々と放り込まれていった。
「はい。これでしばらくはもつと思う」
スレイドはあっという間に籠一杯になったフルーツを、先程声を掛けた寮生達に手渡した。
「あ、ありがとうございます!」
「じゃあ俺他の所行ってくる」
「相変わらずすげえ包丁捌き……」
「すごい、あのスピードで大きさも形も全然狂ってない!」
籠を受け取った二人は、別の持ち場に向かって行くスレイドの背中と、フルーツで一杯になった籠を交互に見た。
「はい、これ次の料理の材料」
「そこの包丁取ってくれる?魚が足りなくなってきたから追加で捌く」
「はい、次のフライパン。使ったのは洗うから貸して」
「そこの塩なくなりそうだから、補充しておいて」
「少し余裕出て来たから、今の内に皿洗い手伝うよ」
気が付けば持ち場を変えて、調理するスタッフが動きやすいように作業をするスレイドによって、少しずつ溜まっていたオーダーは消化されていった。
「スレイドさんが調理補助に入ると一気にキッチンが楽になるな」
「ああ。包丁を研いでいる姿は見てて怖いけど、頼りになるよな」
「そういえば昨日の深夜の悲鳴って、包丁を研いでいたスレイドさんを見た一年らしいしな」
「あ、それ終わった?」
「「うわっ!?」」
一緒に調理補助をしていた寮生二人が、すっかり平穏を取り戻したキッチンを眺めながら会話をしていると、さっきまで見ていた筈のスレイドが気が付けば後ろに立っていて、驚きで声を上げて後ずさった。
「じゃあ、次一緒に皮むきするの手伝ってくれる?はい新しい包丁。よーく研いであるから、うっかり指を切らないようにね」
「は、はい……」
ニッコリ笑うスレイドによって差し出されたギラギラ光る包丁を見て、会話をしていた寮生二人は生唾を飲んで冷や汗を掻いた。
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モストロ・ラウンジでは主にキッチンの調理補助の担当をしている。
包丁捌きは、正確さスピード共にラウンジのスタッフ内でもトップクラスの腕。
目立ちはしないが彼が入ると仕込みや調理の作業が一気に楽になるので、スタッフ達からも一目を置かれている。
ラウンジの包丁は全てスレイドが研いでいるが、真夜中に研いでいる姿は月に一度悲鳴を上げる寮生がいる程ホラーに見える。

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