12、【番外編】もし生き別れていなかったら

ツイステッドワンダーランド生き別れのウツボの人魚

清算

「ハァ、ハッ…ハァ!」

 人気の無い薄暗い道で、男は必死に息を切らしながら全力で走っていた。
事の発端は一カ月前、男はアズールと取引をして一カ月以内に対価を支払う約束で、彼と契約を結んだ。
男は最初は対価を簡単に払えると楽観視していたが、その実は指定した量の対価を集めて用意するには到底時間が足りなかった。
そして今日はその対価を払うリミットの日、アズールの両腕である双子のウツボ達が取り立てに来たので全力で逃げていたのだ。
捕まったらどんな目に遭わされるのか分からない、その恐怖が男を駆り立てていた。
もうすぐで逃げ切れる所まで来た時、目の前の脇道から人影が音もなく現れた。
見覚えのあるターコイズブルーの髪を見て心臓が縮み上がる思いをしたが、一回り小さな身長と彼らより少し長い髪を見て、先程まで自分を追いかけていたウツボではない事に気が付いた。
 
 スレイド・リーチ、『リーチ兄弟』の三人目にしてあの双子の弟。
あの悪徳三人組とは別行動を取る事が多く、大抵は一人でいる事が多い『何もしなければ無害なリーチ』。
目の前に立ち塞がった彼は小さく首を傾げながら、口の端だけ持ち上げた控えめな笑みを見せた。

「こんにちは。違反者さん」

兄であるジェイドとフロイドは魔法でも暴力でも圧倒的に強いが、スレイドの強さに関する噂はほとんど聞いた事がない。
アズールに指示されてここで待ち伏せしていたのだろうが、彼一人なら倒せるかもしれない。
そう思った彼はマジカルペンを構えて、魔法で脅して逃げ切ろうと考えた。

「くっ……そこをどけ!!さもないと……」
「選ばせてあげる、そしてこれが最終通告」
「は?」

スレイドは何も言わずに静かな笑みを浮かべながら、少し体をずらして紳士が道を譲る様に、右手を男が逃げようとしていた方向へ向けた。
全くの予想外の行動をしたスレイドに、男は間の抜けた声を出した。

「逃げてもいいよ?ジェイドとフロイドのオハナシは怖いもんね。違う形で対価を払うと約束できるなら、今は逃がしてあげる。その代わり『三日後必ず』、対価は払ってもらうけど」

男はしばらく黙り込んで考える様に俯いたが、背後からの足音に気づくと弾かれた様にスレイドが示した逃げ道へ走り去っていった。

「……そう、『今』は逃がしてあげる。『今』は……ね」

小さくなっていく背中を眺めながら、スレイドは背中で手を組んでニンマリと笑った。


「チッ、あ~逃げられた」
「足は速い方でしたからね」

追いかけていた違反者を逃してしまい、それを追いかけていたフロイドがずれたハットを直しながら舌打ちをして、ジェイドは僅かに乱れたジャケットの襟を正した。

「とか言ってジェイド、捕まえる気なかったでしょ。……あ~あ。あいつ、スレイドのオモチャになっちゃうね」
「ええ。この前アズールが新しい魔法を手に入れていましたし、スレイドもそれに興味を持っていましたからね」
「「可哀想に」」

哀れみの言葉を紡ぐ二人の口元は、捕食者の牙を覗かせながら愉快そうに三日月型に歪められていた。

「アズールいる?」
「スレイド、ノックしなさい」
「この時間お客さんいないでしょ?じゃあいいじゃない」

 無遠慮に開けられたドアの音にアズールが顔を上げて苦言を呈すと、スレイドは気にせずにズカズカ歩いて、胸に抱えていた紙袋をアズールの机の真ん中に置いた。

「はい、これこの前言ってた依頼に使う魔法道具。これなら上手くいくとは思うけど、一つ予備を作ったから一度試してみて」

アズールは紙袋から魔法道具を一つ取り出すと、一緒に入っていた取り扱いの手順が書かれていたメモを見ながらその道具を使ってみた。
するとスレイドが作った魔法道具は、彼があらかじめ注文していた通りに動いて見せた。

「ありがとうございます。さすがの完成度ですね」
「ふふ、ありがとう。ちょっと『おねだり』したかったから、結構頑張って作ったんだ」

『おねだり』と聞いて、アズールは書類を捌く手を止めて怪しげな笑みを浮かべるスレイドを見上げた。

「……何が望みですか?」
「この前手に入れてた魔法を一週間借りたいのと、今日逃げたあの違反者ちょうだい?あの魔法、面白そうだったから試してみたいの」
「逃げたのではなくて、お前が逃がしたのでしょう。……分かりました、ではあの違反者の債務を『清算』して来てください。くれぐれも問題は起こさないように」
「ふふ、大丈夫。ちゃんとそうならないようにさせるから。あとであいつの契約書貸してね」
「分かりました」

「こんにちは、違反者さん。最近ぶりだね」

 三日後の約束の日、男は気が付いたら知らない空き室の椅子に両手両足縛られた状態で座らされていた。
目の前にはこの前自分を逃がした男が一人、静かな笑みを浮かべている。
薄暗い部屋の中で唯一光っているゴールドの両眼は、ゆるりと細められていて酷く不気味に見えた。

「選ばせてあげる。アズールの提示した対価をちゃんと払うか、俺の実験に一回だけ付き合うか。俺の実験に一回だけ付き合ってくれたら、それでアズールとの契約の対価を払った事にしてあげる。優しいアズールがあんたの為に対価を払う期限を伸ばしてくれたんだから、その間に対価を用意する時間は充分あったよね。今、すぐに決めて」
「なっ、この前は逃がしてくれるって……!」
「俺はあの時『今日必ず』対価は払ってもらうって言った。その時の音声もちゃんとあるよ?」

スレイドはポケットに入れていたボイスレコーダーを男の顔の前で見せびらかすと、スッといつもより冷たい無表情になって男の胸ぐらを掴んだ。

「……何か勘違いしてない?こっちは慈善事業じゃなくて商売やってるの。商品の代金は払う、借りたものは返す。こんな簡単な事稚魚でも知ってるのに、陸の人間はそんな事も分からないの?あんたには今日、必ず、対価を払ってもらう」
「ひっ……!」

 目の前に広がるスレイドの無表情に、男は引き攣った声を漏らした。
カッと目を見開いて冷え切った表情で見下ろすスレイドは、学園で一人ボーっとしている時の彼とはまるで別人だ。
悪魔の様な笑い声を上げながら苛烈に人を痛めつけるフロイドとも、人畜無害な笑みを浮かべて立ち直れなくなるまで相手を追い詰めるジェイドとも違う。
いつも通りの顔で顔色一つ変えずに心臓を握りつぶしそうな……そんな淡々とした恐ろしさ。
身長はあの双子より一回り小さい筈なのに、同じ位大きな生き物に見えてくる程のプレッシャーに、息が上手くできなくなっていく。

「……あれ、聞こえてないのかな。ねえ、起きてる?あ、この前見た映画で寝てる奴に水掛けてるシーンあったから、起きるまで水掛けてあげようか?」
「や、やめっ!」
「…………ジェイドとフロイドの『オハナシ』が何のためにあるか分かってる?」

胸倉から手を離してマジカルペンを構えるスレイドに男が身を捩らせて制止の声を上げると、彼はマジカルペンで男の顎を上向かせて、無理矢理視線を合わせた。

「ジェイドとフロイドの『オハナシ』だってアズールからの慈悲なんだよ。期限を過ぎているのに無理矢理対価を払わせずに、まずお話で解決しようとしてくれるなんて、優しいと思わない?俺が任されてるのは違反者の債務を綺麗に『清算』する事。与えられた慈悲を無下にする奴に、これ以上かける慈悲なんて俺は持って無い。助けない、容赦しない」

マジカルペンが男の顎から輪郭をなぞって下に移動し、気道を完全に塞がない程度の強さで喉元にめり込んだ。

「ぐっ……!」
「ねえ、早く決めてくれる?」
「わ、分かった……!お前の実験に付き合うから!」

男が恐怖から思わず了承するとスレイドは無表情から反転、ニッコリと綺麗に微笑んで見せて男の頭を撫でた。

「ふふ、ちゃんと言えておりこうさんだね。じゃあ早速これにサインして」

スレイドがマジカルペンを振るうと、宙に黄金に光る契約書が現れた。
紙の下の方には確かに男のサインが書かれている、間違いなく男がサインした契約書だった。

「そ、それは俺がサインした契約書!どうしてそれをお前が持っているんだ!!」

男が目を見開いている内にスレイドがもう一度マジカルペンを振るうと、黄金に光る契約書に数行新しく文章が書き加えられた。

「契約書の内容を少し変えるからもう一度サインする必要があるんだ。ああ。契約書にも書いてあるけど実験って言っても痛い事はしないし、人体に影響のある薬は使わないよ?俺の魔法の練習に付き合ってもらうだけ。そこは安心して?」

スレイドは魔法で出したテーブルに誓約書を置いて、魚の骨を模したペンを差し出した。
男は震える手でサインを書こうをしたが、寸前でその手を止めてしまった。

「どうしたの?」

サインを躊躇う男に、スレイドは静かに笑みを浮かべながらテーブルに手をついて男の顔を覗き込んだ。

「……こ、この実験。……俺は、何をやらされるんだ」
「実はこの前、アズールが面白そうな魔法を手に入れてね。何とか再現できないかなあって思って、アズールに一週間だけその魔法貸して貰ったの。自分でも試してみたけど結構上手くできたと思うから、あんたに違いがあるかどうか実際に受けて感想を聞かせて欲しいんだ」

 スレイドに提示された代わりの対価の内容に、男は「え」と声を漏らした。
実験と称したスレイドの魔法の練習に付き合うだけ、痛みも人体の影響も伴わない、ならそこまで危険な魔法でもないのだろうか。
合同授業で見ていても、スレイドが大きなミスをした所は見た事が無いから、実験に付き合うのは一回のみなら何とかなるのかもしれない。
生唾を飲み込んで、男は意を決してペンを握る力を込めると、自分の名前を内容が書き加えられた契約書に書き込んだ。

「うんうん、ちゃんとサインできたね。じゃあ早速始めようか」

男のサインを確認してスレイドは満足げに頷くと、彼は男から数メートル離れてマジカルペンを構えた。

「お、おい!もうサインしたんだから、これ外してくれたっていいだろ!」
「下手に暴れると危ないからね。俺あんたに怪我をさせるつもりは無いもの、痛いの嫌でしょ?」

男が椅子を揺らそうとしたが、男を縛り付けている椅子は床に根っこが生えたみたいにびくともしない。

「い、一体何の魔法を使うつもりなんだよ……」

スレイドは何も言わずに、歯を剥き出しにして凶暴な笑みを浮かべた。

「借りた魔法は『30秒だけ相手に一番恐ろしいと思っている物を見せる』ユニーク魔法。俺が再現した魔法と交互にかけるから、どう違うのか細かく教えてね」

その笑顔は彼の兄達のそれと全く同じで、逃げられないと悟った男は引き攣った呼吸を繰り返す事しかできなかった。

「じゃあ、一緒に頑張ろっか」

その後部屋には数時間にも渡って男の絶叫が響いたが、スレイドが予め部屋に掛けていた魔法によって誰の耳にも届く事は無かった。

「ただいま、アズール」
「っ……スレイド、ノックをしろと何度も言っているだろう」
「ふふ、びっくりした?」
「心臓に悪いから止めてください」

 閉店時間が終わり、アズールはVIPルームで今日のラウンジの売上を計算していると、音もなくいつの間にか目の前にスレイドが立っていた。
彼はいつも音もなく部屋に入って来るので、集中している時に入ってくると少し驚いてしまう。
スレイドとは双子よりほんの少しだけ付き合いは長い筈なのに、これだけは未だに慣れない。
昔から気配を殺す事に関してはあの兄二人より段違いに上手いからこそできる芸当なのだろう。
アズールはスレイドに何度も部屋に入る時にノックをするように言っているが、彼は悪戯が成功したように笑うだけなので、アズールは諦めたように溜息をついた。

「それで、『実験』はどうでしたか」
「ん~……やっぱり完全には再現できないみたい。借りてた魔法の効果は30秒だけど俺のは20秒位だった。あと本来はぼんやりしたイメージみたいなんだけど、俺のはもっと細かく見えてるみたい」
「相手に一時的恐怖を植え付けて判断を鈍らせるには十分でしょう。むしろ見せるイメージが鮮明な分、スレイドが再現した魔法の方が上位互換ではありませんか?」
「本当ににそうかなあ」

スレイドはアズールの座るデスクに頬杖をついた。

「特定の物がはっきり見えるのもいいけど、ただ漠然と「怖い」って思わせる方がよくない?そうしたら相手の頭の中で「怖い」が勝手に膨らんでいくだからさ」
「お前も大概頭のネジが外れてますね」

自分の目の前で、ゆるりと細めた二つの黄金を怪しく光らせながら愉快そうに笑うスレイドに、アズールも両肘をデスクについて組んだ両手の甲を顎に乗せてため息を吐いた。

「でもまあ、アズールが言ってる事も一理あるか。何が一番効果的かは相手次第だもんね。もう少し練習してどっちも使えるようにするよ。……あ、そうだ契約書返すね。これであのイソギンチャクの対価の清算は完了だね」

思い出したようにスレイドが契約書を返すと、アズールはそれを受け取って変わった契約の内容を確認ながらため息をついた。

「はあ……僕の黄金の契約書に干渉して、内容を書き加えるなんて。思いついたとしてもよくそんな規格外の魔法実行できますよね」
「ふふ。俺はアズールのユニーク魔法に便乗しているだけだよ」

アズールを見下ろしながら、スレイドは目を光らせて楽し気に微笑んだ。


「お前頭のイソギンチャク取れたのか!?取り立てに会ったってのに無事なんて、一体どうやったんだ?」
「やめろ……聞くな」

翌日、友人が両肩に手を乗せて問い詰めると、イソギンチャクが取れた男は思い出したくないとでも言うように首を横に振った。

「お、おい……何があったんだよ」

息を荒くして顔を青ざめさせる男に友人は何があったのか聞くと、男は冷や汗を滲ませて頭を抱え込んで蹲った。
何度も見せられる恐ろしい幻覚、それは回数を増すごとに精度を増していき、男は喉が裂ける程泣き叫んだ。
そして最後の方には、幻覚は目の前のスレイドが笑いながら自分にマジカルペンを振るう姿に変わっていた。
今でもその時の狂気的な笑顔と笑い声が脳裏にこびりついて、男を今でも逃がしてはくれなかった。

「スレイド・リーチ……あいつは……あいつはイカれてる!!」

_____
スレイドは表向きは取り立てには参加していないが、アズールに頼んで対価が払えない違反者を『清算』と称して、自分の考えた魔法や魔法薬の実験台にする。実験に関してはたまにジェイドも参加する。
『清算』を受ける契約違反者は、スレイドの魔法によって項目を書き加えられた黄金の契約書にもう一度サインを書かされる。
取り立てに参加する時は淡々としていて冷酷無慈悲、でも実験の時はトラウマ級のヤバい笑顔を見せる。
スレイドの『清算』を受けた契約者達は、後に皆顔を青ざめさせて「スレイドが取りたてに来たら終わりだと思え」と口を揃える。

2023年11月5日 Pixivにて投稿

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