ボフッ
錬金術の授業にて、突然鍋が爆発して大量の紫の煙が教室中に広がった。
「スレイド!!」
「ステイ!他の生徒もその場を動くな!」
爆発した鍋の近くに立っていたバイトは、煙に直撃して姿が見えなくなった幼馴染のスレイドの名前を大声で呼んだ。
ピシャリと教鞭を叩きながら教師のデイヴィス・クルーウェルが、部屋の換気とざわつく生徒達の鎮静化に努めていた。
煙が引いた床には白衣とパーカーが落ちていて、その真ん中にはターコイズブルーの髪にゴールドの目の小さな子供が座り込んでいた。
ぶかぶかになったパーカーの中で、小さな子供は自分を見下ろしている周りの人間達を、ぼんやりとした無表情で見上げていた。
「スレイド!大丈夫か!?」
「……」
バイトが駆け寄って声を掛けると、スレイドらしい子供は彼に目を向けるだけで何も言葉を返さない。
いつもと違うスレイドの反応に、バイトの心臓は嫌な音を立てた。
「……ス、スレイド?スレイドだよな?オレの事分かるか?」
「……」
「ステイ、少し下がれクッキーカッター」
戸惑いながら何度も子供に声を掛けるバイトに、教鞭を持ったディヴィス・クルーウェルが彼の肩を掴んで止めさせた。
「でも!」
「体が小さくなった以外に異常が無いか確認するだけだ。お前も少し落ち着け」
クルーウェルがバイトを一旦下がらせると、スレイドの前にしゃがんで目線を合わせた。
「仔犬、俺の事は分かるか?」
「……」
「首を振るだけでいい。俺の声は聞こえているか?」
質問をしても何も答えないスレイドにクルーウェルが質問を変えると、やや時間を掛けて小さく頷いた。
「よし、いい子だ。じゃあ自分の名前は?」
「……」
今度は何も言わずに首を横に振った。
「そうか。体でおかしい所はないか?触ってみろ」
「……」
スレイドは少し沈んだ顔で、自分の足に手を当てた。
尾びれが足になって違和感を感じているのだろう、クルーウェルは小さな彼を安心させるために、できるだけ柔らかい印象になるように努めて笑いかけた。
「大丈夫だ。今は人間の姿になっているだけだ、ちゃんと泳げるようになる」
「……ほんと?」
小さなスレイドが初めて出した声は少女の様に高く、消えそうな程小さな声だった。
「ああ。取り敢えずちゃんとしたサイズの服に着替えよう。俺に掴まれるか?」
「……」
クルーウェルは目の前の子供に手を差し伸べると、彼は恐る恐ると彼の服の袖を掴んだので、その小さな体を一気に力を入れて抱き上げた。
「グッボーイ、しっかり掴まっていろよ。薬をぶちまけたバッドボーイは後で躾直しだ覚悟しておけ。他の仔犬共は片付けが終わった者から自習にする。クッキーカッター、ついて来い」
「わ、わかった!」
小さいスレイドを抱き上げたクルーウェルは、バイトを呼び寄せるとそのまま颯爽と実験室から出て行った。
授業終了のチャイムを聞きながら、バイトがクルーウェルの背中を追いかけていると、ふと視界が暗くなった。
反射で外に目を向けると、目の前に大きな靴が迫っていた。
「えっ」
「あ」
重たい衝撃音と、ガラスが割れる軽い音が廊下に響いた。
「このバッドボーイが……」
「ちゃんと反省してるし、そんな何度も怒んないでよ」
クルーウェルから散々説教を食らったフロイド・リーチは、保健室の一番奥のベッドの近くに置いてあった椅子に、バツが悪そうな顔で座っていた。
近くのベッドには頭を包帯で覆われたバイトが意識の無い状態で横たわっていて、その枕元には割れてしまった遮光眼鏡が包まれたハンカチが置かれている。
クルーウェルの後に続いて廊下を歩いている時、授業が終わったフロイドがパルクールの要領で上から廊下に飛び降りて来て、その足がバイトの頭を直撃して昏倒させたのだ。
頭を打って意識を失っている事もあるので、この後ちゃんとした検査をする為に病院に運ばれる事になり、今はその迎えを待っている状態だった。
「ウツボちゃんの方はどうだった?」
保健室で一通りスレイドの体調を調べ終わったクルーウェルは、彼を子供用の服に着替えさせて少し遠くの椅子に座らせていた。
フロイドが気まぐれにスレイドの様子を聞くと、クルーウェルは難しそうな顔をして腕を組んだ。
「体調などに問題はなさそうだ。効果もそこまで強くないから明日には治るだろう。……ただ、話の内容は理解しているらしいが、どうも反応が薄くてな。ほとんど質問には答えなかった」
「ウツボちゃん昔からそんなかんじだったよ。喋れないんじゃねって思うくらい喋らねえから」
クルーウェルが難しい顔をしながら今のスレイドの状態を伝えると、フロイドは何でもないようなリアクションをした。
「昔?お前達は兄弟ではないと聞いていたが」
「ウツボちゃんとは兄弟だけど兄弟じゃねえの」
「なんだそれは」
「ん~、フクザツな事情ってやつ」
スレイドについて気がかりな言い方をしたフロイドに、クルーウェルは詳細を聞こうとしたが、今ここで深堀りするような話ではないだろうと判断した。
「まあいい。本来なら同室のクッキーカッターに面倒を見させる予定だったが、こうなってしまったら仕方ない。リーチ弟、お前が代わりにスレイドが戻るまで世話をしろ」
「ええ~!?」
クルーウェルからの指示にフロイドは不満げな声をあげた。
「反省文よりはマシだろう。必要なら午後の授業は休んでも構わない、他の先生には話を通しておく。返事は」
「……はぁい」
「よし、何かあれば連絡しろよ」
クルーウェルが保健室から出て行くのを見届けると、フロイドは椅子に座っているスレイドに目を向けた。
身なりに気を使っているクルーウェルによって、今のスレイドは寮服のスラックスを半ズボンに、薄紫の半袖シャツを子供用に縮めた服を着せられている。
ズボンのポケットの中からは、オクタヴィネル生の証であるクリアカラーの魔法石がはめ込まれたマジカルペンが覗いていて、日光の眩しさを緩和する為にいつも使っているサングラスは、特に眩しそうな素振りも見せていないので今はかけていない。
二つに分かれた自分の足が気になっているのだろう、いつもの無表情でありながら、スレイドは興味津々で自分の足を小さな手でペタペタと触っていた。
「ウツボちゃん」
フロイドがスレイドが座っている椅子の前にしゃがんで声を掛けると、彼は顔を上げてぼんやりとフロイドと目を合わせた。
「とりあえずもうすぐ昼だからご飯食べに行こ。掴まれる?」
「……」
スレイドはフロイドの言葉を無視して、手を伸ばして彼のターコイズブルーの髪を触った。
「わっ、ええ?なに?」
「……きょうだいの、いろ」
いきなり髪を触られて戸惑っているフロイドの顔を見て、スレイドは独り言の様に小さく呟いた。

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