「なるほど、それで小さくなってしまったスレイドさんの世話をする事になったのですか」
「そーなの」
昼休みの大食堂、双子の兄弟であるジェイド・リーチと合流したフロイドは、既にげんなりした顔でシーフードパスタをフォークでつついていた。
ただでさえ十数分スレイドの世話をした気疲れで食欲があまりないのに、向かいに座るジェイドの前にある皿からこぼれそうな料理達を見て、余計に食欲が失せてしまう。
フロイドの隣に座らされたスレイドは、彼によって小さな皿に取り分けられたパスタの具のイカやエビを、手づかみでもくもくと食べていた。
「このくらいの大きさですと、僕達が名前を貰った頃でしょうか」
「オレらがあの魔法見た時よりもう少し前なんじゃね。声掛けてもウツボちゃん全然喋んねえからつまんねえし、歩けねえのにどっか行こうとして何回も腕から落ちそうになるし、ほんと訳分かんね」
「ふふ、そうしていると親子のようですね」
「勘弁して」
目の前の大小同じ髪の色の頭を見てジェイドが笑うと、フロイドはうんざりした顔をしながら、フォークに絡ませたパスタを頬張った。
フロイドがパスタを食べ終えた後、カチャンと会話を遮る音に目を向けると、隣に座っていたはずのスレイドの姿がない。
慌てて探すとスレイドはいつの間にかテーブルの下に潜り込んでいて、ずりばいでどこかへ行こうとしていた。
「も~ウツボちゃん、変なとこ行かないでよ」
「あっ」
フロイドは呆れた声を出しながら、スレイドの首根っこを掴んで自分の膝の上に乗せると、どこにも行かないようにした。
「何か気になる物を見つけたのですか?」
「……」
ジェイドが声を掛けると、スレイドは首を傾げながらぼんやりと彼の顔を見上げた。
「ほら、ウツボちゃん喋んねえでしょ?」
「もう少し待ってみましょう。スレイドさん、ゆっくりでいいですよ。頭に浮かんでいる言葉をそのまま話してください」
「……あたま、そのまま?」
「おや」
「あ、喋った」
首を傾けながらポソポソと喋り始めたスレイドに、ジェイドとフロイドは目を丸くした。
「……おびれ、なんで?さけてる、わからない、へん、およぎかた、ふしぎ、みんなうごけてる。おれの、いうこときかない、うごかない、なんで、しりたい、わからない」
「……」
ぼんやりとした表情でしばらく短い言葉を垂れ流していたスレイドだったが、スイッチが切れるように口をピッタリと閉じて黙り込んだ。
「あ、黙っちゃった」
「……ここのみんな。おびれさけてるのにうごけてる、どうして?」
スレイドが次に口を開くと、今度はちゃんと文章になった質問をしてジェイドを見上げた。
「あれは陸の尾びれで『足』と言います。人間はこの二本の足で地面を歩いているんですよ」
「あし」
「そうです」
「……」
ニッコリ笑って説明するジェイドの言葉を反芻しながら、スレイドは自分の足を見下ろしてゆっくり揺らし始めた。
「……じ…て」
「え?」
「まってるやつ、はじめて。おれ、はなす、かんがえる、ことば、ぐちゃぐちゃ、はなせない、みんないなくなる。できない、はなしかた、じょうず、わからない。おれ、だまってる、どうせ、はなせない。みんな、いやなかお、うまく、できない、もう、どうでもいい……まってるの、へん。かわってる、おかしい」
「……なるほど」
俯いたまま垂れ流されるスレイドの言葉に、ジェイドは何か分かったのか口元に手を当てた。
「オレが話しかけても全然喋んなかったのに、ジェイドのがいいのかな」
自分が声を掛けても何も返してくれなかったのに、ジェイドの質問には答えたスレイドに、フロイドはムスリと口を尖らせてテーブルに肘をついた。
「そうでは無いと思いますよ。おそらくスレイドさんは、会話をする為の文章を組み立てるまでに、ひどく時間がかかるのでしょう」
「どういう事?」
ジェイドの言葉に、フロイドはパチリと目を瞬かせた。
「そうですね……フロイドは何故そのパスタを選んだのですか?」
「んえ?今日はパスタが食べたい気分だったのと、パスタのエビとイカならウツボちゃんでも食べられるから。今その話関係あんの?」
ジェイドが全く関係ない質問をしてきたので、フロイドは答えながらも意図が分からずに眉を寄せた。
「ええ。『パスタを食べたかった』『パスタの具をスレイドさんに食べさせる為』。フロイドならその二つの理由を僕に伝える為に、さほど時間は必要ないでしょう。けれど今のスレイドさんの場合、その二つの理由を文章として挙げるのにかなりの時間を要するのだと思います。普通の会話スピードについて行くのは難しいでしょうね。それで彼は兄弟達との対話を諦めて、酷く無口になってしまったのでしょう。興味を無くしてしまった、とも考えられますが」
自分達が今のスレイドと同じ名前を貰う前の稚魚だった頃、ふたりはとっくに言葉を操って意思疎通を図る事ができたし、それは他の兄弟達も例外ではなかった。
しかし、スレイドは他の兄弟達よりもずっと会話に関する成長が遅れていたようだ。
先程のスレイドの様子を見るに、話し掛けられた彼の頭の中は、まず拙い単語の羅列が乱雑に散らばっていて、そこから会話として使える文章に組み立てている。
その文章を組み立てる時間が、自分達よりも遥かに遅い。
彼の頭の中の文章が出来上がるのをいちいち待っていたら、時間がいくつあっても足りない。
もしあの時のスレイドに声を掛けていたとしても、あの頃のフロイドなら早々に彼との対話を諦めていただろう。
あの時のスレイドは「誰とも話さない」のではなく、会話のスピードについていけないから「話せなかった」のだ。
「じゃあウツボちゃんが他の兄弟とも喋んなかったのは、ずっと喋る為の言葉を考えたけど、オレ達がそれをずっと遮ってたり、喋るまで待てずにどっか行ってたって事?」
「おそらくは」
「ふう~ん……」
フロイドがぼんやりと相槌を打ちながら、膝の上でキョロキョロを頭を動かしながら周りを観察している幼いスレイドを見下ろした。
今もぼんやりとした表情とは裏腹に、その頭の中は賑やかに忙しく動いているのだろうか。
印象の薄い、何を考えているのか分からない兄弟だった。
フロイドが覚えている珊瑚の海にいた頃のスレイドは、ふらふらと群れから離れて行く後ろ姿と、魚をジェイドと交換していた時にこっちを見ていた無表情と、サメをユニーク魔法で追い払って笑っている顔と、最後にあの海流に飲みこまれた時の呆気にとられた顔。
後ろ二つが印象的で、兄弟達と一緒にいた時のスレイドを思い出そうとしてもほとんど思い出せない。
どんな声で話していたのか、どんな物が好きだったのか、いつもフラフラと群れから離れて何を見に行っていたのか。
あの時のスレイドを、フロイド達は何も知らない。
……どちらかと言えば好奇心は旺盛な気がする。
17歳のスレイドがそうであったように、幼いスレイドもそうじゃなきゃ群れから離れてどこかへ行ったりしようともしなかっただろう。
対してフロイド相手には、髪の毛に触って「兄弟の色だ」と感想を言われただけで、その後は興味を示す素振りすらない。
「自分達に興味はない」、言葉にしなくてもスレイドにそう言われているみたいで、フロイドにとってそれが少しだけ面白くないと感じていた。
「んだと!?もう一度言ってみろ!!」
「ああ何度でも言ってやるよ!!」
突然のガシャンと大きな音と怒鳴り声にフロイドの思考は遮られた。
大食堂の隅ではマジカルペンで周りの物を浮遊魔法で操って、相手にぶつけ合う喧嘩が行われていた。
ナイフやフォークが互いを傷つけ合いながら、テーブルや床に突き刺さって中々に惨事になっている。
「チッ……うるせ~」
「フロイド。スレイドさんが巻き込まれる前にここを出た方が良いのでは?」
スレイドの様子を見てみると、喧嘩の様子に釘付けになっていて、動きたそうに体を揺らしている。
騒ぎがある場所はそこまで近く無いが、気が付けばどこかへ行こうとするスレイドが近づいて被弾する恐れもある。
ジェイドが避難するように促すと、騒いでいる生徒達を不機嫌顔で睨んでいたフロイドは、頭を掻きながら小さくため息をついた。
「……確かにウツボちゃん怪我したら面倒だしそうする。ジェイドそれ片付けといて、午後の授業はサボる」
「はい」
「ウツボちゃん、危ねえから行こ。手はこっちね」
フロイドはジェイドに片づけを頼んでスレイドに自分の首に腕を回させると、そのまま抱っこして大食堂を出て行った。
幼いスレイドは抱えられながらフロイドの肩越しに、大食堂を出るまでその喧嘩を見つめていた。

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