「……!」
七両目へ一歩踏み出した瞬間、空気が変わった。
人間相手にこの例えはおかしいかもしれないが、挑戦者を待ち続けるこの車両は彼の縄張りなのだろう。
まるで強い野生ポケモンに見つかったような緊張感に、ヒカリは思わず身構えた。
いつも訓練所で挑戦者を待っていたあの時と同じ……いや、それ以上に凄味が増したプレッシャーを纏ってその人は立っていた。
曲がっていた背筋は、この世界に戻った事によりピンと糸が張ったように伸びており、揺れる電車の中でもそれがぶれる事はなく、彼は後ろで手を組んでしっかり両の足でそこに立っていた。
白銀の両目に宿るのは殺気にも近い、鋭い刃の様な闘志。
それを隠すように制帽の鍔を下げると、彼はようやく口を開いた。
「ご乗車ありがとうございます。わたくしサブウェイマスターのノボリと申します」
電車の中でもよく響く、若さのある張りのある声。
初めて聞く肩書の口上でも、その淀みない口調は耳に良く馴染んだ。
「お客様はご存じでしょうか?かつてシンオウ地方がまだヒスイ地方と呼ばれていた頃、野生ポケモンの中でも一際大きい「オヤブン」と呼ばれたポケモンがいたのです。その大きさたるや……厳しい自然の中、過酷でありながらも、ヒスイの地のスケールの大きさを感じ、わたくしはとても好ましく感じておりました。……さて、かつてそんな時代に確かにあった、現代とは一味違うポケモンバトル。あなたさまを未知なる領域へお連れしましょう。では出発進行ーッ!!」
制帽を上げたノボリのギラつく目と合って、自分の背筋も自然と伸びる。
放り投げられた三つのボールと同時に、ヒカリも自分のとっておきの相棒が入ったボールを放り投げた。
結果はノボリの勝利だった。
もちろんヒカリも善戦したが、最後の一匹を残して一騎打ちになり、最後の大きなわざの打ち合いで、最後に立っていたのがノボリのポケモンだった。
負けた悔しさもありながら、ヒカリの心は清々しい気持ちだった。
それだけ楽しいバトルだったのだ。
二人はポケモンを自分のボールに戻すと、目を合わせて笑い合った。
「お久しぶりです、ノボリさん!」
「お久しぶりでございます、ショウさま。……いえ、ヒカリさまでしたね」
「ノボリさん、やっぱり強いですね。ヒスイにいた時よりまた強くなってません?」
「ここまでたどり着くお客様は皆さん強者ばかり、わたくしも全力でお相手せねばなりません。それに相手がヒカリさまでしたので、つい張り切ってしまいました」
「ノボリさん、バトル中すっごくいきいきしてましたもんね」
二人は話しながら席に座ると、ヒカリはふと彼が身に着けているコートが目に入った。
あの時代に彼が着ていたボロボロのコート。
あの時と違ってノボリは若返っているのに、彼のコートと一昔前の内装の電車の中という状況で、まるでこの電車の中だけ昔の世界に戻ったかのような錯覚を起こしそうだった。
「そのコート、戻ってからも着ているんですね」
「え?……ああ。これは制服のデザイナーの方に頼んで再現してもらったのです。汚れて見えるのは全てダメージ加工ですよ。……やはり新衣装にしては少々みすぼらしいでしょうか?」
ノボリが自分のコートの胸元の部分を握って少し表情を曇らせたので、ヒカリはブンブンと首を大きく横に振った。
「いいえ!修羅場をくぐってきた歴戦のトレーナーって感じで、強そうでいいじゃないですか!」
「そうですか。ヒカリさまにそう言っていただければ、大丈夫でございますね」
全力でノボリのコートを肯定してくれるヒカリを見て、彼はようやくホッとした顔を見せた。
すると、ノボリのポケットから機械の通知音が聞こえて来た。
「失礼。……はい」
ノボリはヒカリに一言断ってから、ポケットからライブキャスターを取り出した。
「はい。……ええ、こちらもただいま終わりました。……なんと!わたくしもぜひお会いしたいです。あっ……すみません、少々お待ちいただけますか?……ヒカリさま。この後少々お時間ございますでしょうか?」
「えっ?大丈夫ですけど。……何かあったんですか?」
一旦ライブキャスターのスピーカー部分を手で押さえてノボリが尋ねると、ヒカリは目を見開いて思わず立ち上がった。
「弟のバトルもちょうど終わったらしく、わたくしに紹介したい方がいるそうです。わたくしもぜひ、あなたさまを弟に紹介したいと思いまして」
「それって、ノボリさんが言ってた人!?会えたんですね!」
それは洞窟を歩いている中でノボリが話してくれた「同じ顔の男」、記憶がなくてもノボリの心の中に残っていた大切な人。
そんな彼に会えたのかとヒカリが尋ねると、ノボリは微笑んで頷いた。
「ええ。わたくしと同じ顔の男、わたくしの双子の弟のクダリでございます」
「ノボリさんがいいなら、私会ってみたいです!」
「ありがとうございます。……お待たせしました。実はわたくしも会わせたい方がいるのです。……ええ、そうですね。……確かそちらの列車の方が到着時刻が遅い予定でしたね。ではライモンシティに到着しましたらそちらのホームへ向かいます。……はい。では、一旦切りますね」
『まもなくライモンシティ、ライモンシティでございます。お出口は左側です』
ノボリがライブキャスターの通信を切ると、タイミング良く車内アナウンスが流れると同時に電車は減速を始め、しばらくするとライモンシティの駅のホームが見えて来た。
「あちらの電車が戻ってくるまで少々時間がかかる予定なので、あちらの電車が戻って来るホームで待ち合わせる事となりました。ライモンシティに戻り次第、隣のホームまで移動します」
「隣のホームって……確かここと同じ新車両が走っているホームでしたっけ?」
「はい。クダリが担当しているニュートレインでございます。あちらもトレーナー同士の駆け引きや、ポケモン達との連携が重要となる、スーパーブラボーなポケモンバトルが楽しめるようになっております。ヒカリさまにもぜひ、ぜひ乗っていただきたいです」
そうして話している間に、減速を続けていた車両がようやく止まり、自動ドアが開かれた。
「では、参りましょうか。ヒカリさま」
「はい!」
ノボリに案内されて、ヒカリはヒスイトレインから降車して、彼の弟に会う為に隣のホームへ向かった。

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