「ありがとうございました!」
「またねーお兄ちゃんたち!」
「ご乗車ありがとうございました。またのご乗車をお待ちしております」
「よかったら他のトレインにも挑戦してね!」
昼間のバトルサブウェイ。
ギアステーションに戻って来たマルチトレインの七両目では、サブウェイマスターのノボリとクダリ両名が、降車する挑戦者達を見送っていた。
夏休みシーズンが始まったマルチトレインのホームは、幼稚園の子供やスクール生、親子連れで多く賑わっている。
その為ここ数日はマルチトレイン、スーパーマルチトレインの挑戦が多く、二人は連日ずっと出ずっぱりだ。
白と黒のコートを翻して歩く二人を見つけて手を振ってくれる子供達に笑いかけたり、手を振り返したりとファンサービスをしながら、二人は並んで事務所へ向かってホームを横切った。
「……あっつい!!」
「汗が止まりませんね……」
ようやく一般客の視界に入らない関係者用の廊下に入ると、クダリは熱気が籠る帽子を脱ぎ、ノボリは持っていたハンカチで首元の汗を拭った。
電車を降りた瞬間から全身を包む熱気、外よりも熱が籠りやすい地下空間の中、二人のコートの下の身体からは汗が噴き出していた。
地下鉄は直射日光が当たる事は無いので、涼しいのではないかと思う人もいるだろう。
しかし車両の冷房機器から発生する熱風が地下鉄のホームに溜まって、ホームの気温がどうしても上昇してしまい、この季節のギアステーションは、外よりも熱い蒸し風呂状態になってしまうのだ。
電車をホームで待つ間、この暑さに体調を崩してしまう人も多いので、ホームの壁や柱には、熱中症への注意や水分補給の呼びかけのポスターが至る所に貼られている。
かといって、冷房の効いた電車内にいれば大丈夫という訳ではない。
マルチトレインで二人が使っているポケモンは、ダストダス、ギギギアル、アイアント、デンチュラの四匹で、四匹中三匹はほのおタイプのわざで効果ばつぐんを取られてしまう。
サブウェイマスターの手持ちは、常連の挑戦者達の間では周知の事実なので、ほのおタイプ、もしくはほのおタイプのわざを覚えさせたポケモンを連れて来る挑戦者が多い。
その為バトル中はかえんほうしゃや、オーバーヒートなどのほのおタイプのわざが放たれる度に、冷房の効いた車両は一気に灼熱の空間に変貌し、ほとんど冷房の意味が無くなってしまうのだ。
熱い空間から早々に抜け出すべく、二人は大股で歩いて、長い廊下の先にある事務室の扉を開けた。
「ただいま!あー、涼しいー!」
「ただいま戻りました」
「おかえりなさいボス達」
「お疲れ様です」
事務室に入ると、そこで働くてつどういん達と冷房の冷気が二人を出迎えた。
クダリはコートも脱ぐと、事務室のソファへどっかりと座って、胸元のネクタイを緩めた。
「事務室へ戻って早々お行儀が悪いですよ、クダリ」
「だって熱いんだもん。ノボリもコート脱ぎなよ」
「それもそうですね」
クダリに促されてノボリもコートを脱ぐと、折りたたんでソファのひじ掛けに置いて一息ついた。
「今日もすごい熱さですね。特にあのホーム!ある意味ギアステーションの名物ですよね」
「ボス達すっごい汗じゃないですか、何か飲んだ方がいいですよ」
「そうだね、ぼくもう喉カラカラ」
部下達の言葉に頷いたクダリは、ソファに座ったまま身体を伸ばして、器用にもソファの隣にあるクーラーボックスの蓋を開けた。
中は並々に入った氷水に、色とりどりのラベルのペットボトルや、てつどういんの私物の水筒が浮いている。
このクーラーボックスは、真夏の灼熱の地下鉄構内ではたらくてつどういん達の強い要望から経費で買った物で、中で冷やされたドリンクは自動販売機のドリンクより冷たく、今ではすっかりこの季節の必需品となっている。
ちなみに中の氷水は、ここで働いているてつどういんのパートナーのポケモン達に頼んで用意して貰っている。
こおりタイプやみずタイプのポケモンは、この季節のギアステーションでとても重宝されているのだ。
「ノボリ、ノボリもどれか飲む?」
「そうですね。では、麦茶をお願いします」
「はーい。ぼくはどうしようかな……サイコソーダがいいけど、今はスポーツドリンクの気分」
クダリは麦茶とスポーツドリンクのボトルを取り出すと、ソファに再度座り直した。
「はい、ノボリ。……えいっ!」
「ひっ!?」
クダリはキンキンに冷えた麦茶のボトルをそのまま手渡そうとしたが、途中でイタズラ心が湧いて、フェイントをかけてノボリの首筋に押し当てると、突然の首元の冷たさに、ノボリは目を見開いて飛び上がった。
「く、クダリ!いきなり何をするんですか!!」
「あははっ!はい、どうぞ」
「普通に渡してくださいまし……」
クダリは笑いながら改めてノボリに麦茶を手渡すと、彼はジトリとした目つきで、麦茶を押し当てられた首元を摩りながら麦茶のボトルを受け取った。
ノボリのリアクションに気を良くしたクダリは、自分のボトルのキャップを外すと、中身を一気にあおった。
暑さで渇いた喉に、冷たい液体が一気に滑り落ちて行く。
液体が身体のどこを落ちていくのかが分かる程、この身体は予想以上に水分を欲していたらしい。
ボトルの中のスポーツドリンクが半分無くなった辺りで、クダリはようやくボトルから口を離した。
「はー、冷たいドリンクすっごくおいしい!これでヒウンアイスもあれば最高だけどなー」
「……」
「……ノボリ、今日朝からずっと喉触ってるよね。どうしたの?」
隣に座るノボリがやけに静かだったので、クダリはなんとなしにそちらに目を向けると、麦茶を半分程飲み終えたノボリは、喉仏の辺りを摩っていた。
無言で俯いている横顔は、何か気がかりがある時みたいに眉が寄せられている。
クダリが声を掛けると、ノボリは何も言わずに喉を触っていた手を離すと、ボトルのキャップを閉めた。
「……少々喉に違和感が。ですが特に痛みもありませんし、声もいつも通り出ますので、大したことはないでしょう。冷房とこの暑さとの温度差に、少々喉をやられてしまったのかもしれませんね」
「そう?でも油断は禁物、気を付けた方がいいよ」
「そうですね」
クダリの心配する声に小さく頷きながら、ノボリはもう一度違和感を感じる喉を触った。

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