水分補給だけじゃ足りなかった

サブマス一話完結小説

「……ん」

 意識が浮上する感覚にゆっくり目を開けると、見覚えの無い白い天井が広がっていた。
全身、特に頭がだるさで重たくて今は動かせそうにないので、ノボリは目線を左右に動かしてみた。
片方を見ると、窓にかかっている白いカーテンが半分開いている。
窓の外はすっかり暗くなっていて、夜に輝くライモンシティの街並みが遠くに見える。
どうやらノボリが意識を失ってから、かなりの時間が経ってしまったらしい。
 しばらく外を眺めてから反対側に視線を向けると、空っぽのベッドと廊下へつながる入口、そして点滴をされている自分の腕が見えた。
外からはカートの動かすタイヤの音や、控えめな話し声、看護師や患者の足音が聞こえてくる。
殺風景な部屋をひとしきり眺めたノボリは、どうやら自分は病院の四人部屋で寝かされているらしいとようやく理解できた。
今は点滴で身動きが取れないので、執務室で自分が吐いてからその後何があったのか、一旦目を閉じて思い出そうとしたが、クダリが来てくれたところで記憶は途切れてしまっている。
 全身に纏わりつく倦怠感にうとうとしながらもう一度寝てしまおうかと考えていたら、カツコツとした革靴の足音と共に、誰かが部屋の中に入って来た。
足音が自分の方へ近づいてきたので、ノボリが目を開けると、ベッドの側に驚いた顔のクダリが立っていた。
相当余裕が無かった状況だったのか、彼は病院の中でも制服の白いコートを着たままだった。
 
「……クダリ」
「ノボリ。……よかった、ノボリ起きた!」

ノボリがクダリの名前を呼ぶと、彼は泣きそうな、でも嬉しそうな笑顔でノボリの顔を覗き込んだ。
 
「あれから……どうなりましたか?」
「ノボリが意識無くしてから、すぐに救急車でここに運んでもらったの。熱中症、結構危なかったってお医者さんが言ってた」
「水分はちゃん摂っていた筈だったのですが……追いついていなかったのでしょうか?」
「ううん。水分はちゃんと摂れてた。でも塩分も一緒に摂ってなかったから、それで脱水症状が出ちゃったんだって」
「そう、だったんですね……」

意識を失った原因が分かって、目を閉じて長いため息を吐くノボリを見下ろして、クダリは彼の髪を優しく撫でた。

「意識が戻って大丈夫そうなら帰っていいみたいだから、お医者さん呼んでくるね。待ってて」
「……はい」


 その後点滴を外されて、無事医者からも帰っても大丈夫と言われたノボリは、無事クダリと一緒に家に帰り着いた。
家に着いたクダリはすぐにリビングのソファにノボリを座らせると、クーラーの電源を入れて部屋を涼しくして、ノボリが消化に良い料理を用意して、風呂の用意からポケモン達の世話まで全てやってくれた。
ノボリはせめて食べ終えた食器くらいは片付けようとしたが、「ノボリは休んでて」と、横からクダリにさりげなく取り上げられてしまい、結局倒れたノボリを心配していた手持ちのポケモン達を撫でてやる位しかする事がなくなってしまった。
自分が寝る時のパジャマまで用意してくれたので、その甲斐甲斐しさに少し戸惑いもしたが、体調を大きく崩して間もなかったので、ノボリは彼の優しさに素直に甘える事にした。
 
「疲れが溜まってたのも原因らしいから、ノボリは明日もお仕事お休み。今日と明日はゆっくり休んで」
「クダリ。わたくし病院で充分回復しました。あと一晩しっかり眠れば大丈夫です。明日も出勤しますよ」
「ううん、ダメ。ぼくが許さない」

クダリはノボリの申し出をキッパリと断って、首を横に振った。
 
「しかし……「ノボリ」」
「ノボリ、ぼくちょっとだけ怒ってる」
 
なおも食い下がろうとするノボリの言葉を遮り、クダリはノボリの隣に座って、彼の両肩に手を置いた。
いつもの笑顔はノボリと同じ真剣な真顔になっている。
彼が怒っている時に見せる表情に、ノボリは口を引き結んで息を詰めた。
 
「本当はトレインに乗る前から、体調悪化してたんでしょ?」
「…………」
 
 図星だった。
もしもあのトレインに乗る前、立ち眩みを感じた時点で誰かにその事を話していたら、ここまで体調が悪化する事はなかっただろう。
それを分かっていて、ノボリは責任感からトレインに乗る事を優先した。
自分の判断が間違っていただけに何も言い返せなくて、ノボリは俯いてクダリから目を逸らした。
  
「ポケモン勝負は真剣でないとつまらない。ぼくいつも言ってる」
「……はい」
「体調崩してるのに無理しても真剣勝負できない。本気が出せない状態でつまらないポケモン勝負するのは、サブウェイマスターとしてお客様に失礼。分かるでしょ?」
「……はい。……でもこの忙しい時期にわたくしが休んだら、クダリに負担がかかってしまいます」
「ぼくの次の休日はあさって、みんなもいるから大丈夫。だからノボリは明日ゆっくり休んで、体調しっかり整えて」
「……分かりました」
「……」

ノボリへの説教を終えたクダリは、後悔から項垂れるノボリの首元に腕を巻き付けると、そのまま彼の肩に顔を埋めて動かなくなった。
 
「クダリ?」 
「……ぼく、すごく心配した」

突然強い力で抱きしめられてノボリが困惑していると、クダリは彼の耳元で小さく呟いた。
 
「真面目なのも優しいのもノボリの良い所。でももっと自分の心配して。……ぼくの大事なノボリを、もっと大事にして」

クダリの声がほんの少し震えている事に気づいて、彼を酷く不安にさせてしまった事にようやく気付いたノボリは、彼の背中にそっと手を回した。

「クダリ……すみませんでした。不安にさせてしまいましたね」
「うん。……もう絶対、無理しないでね」
「……はい」

2024年9月21日 Pixivにて投稿

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