三行半を突きつけるまたとない好機【前編】

ポケモン(サブマスメイン)三行半を突きつけるまたとない好機

「……落ち着きましたか?」
 
 博物館から出て近くのベンチに座ってからも、男はしばらく自分の涙を止める事ができず、時折手の甲で目元を擦って声も無く涙を流し続けていた。
その隣には見た事がない紫色の炎を燃やすポケモンが、心配そうに男に寄り添っている。
彼の手持ちのポケモンなのか、博物館の中ではポケモンを出せないようになっていたので、博物館から出た瞬間に彼のモンスターボールからすぐさま出てきた。
涼やかな鳴き声で男に何度も呼びかけていたが、男は反応できない状態で、コウキと男のポケモンは、何も言わずにただ彼の隣で彼が泣き止むのを待った。
ようやく落ち着いてしゃっくりあげるだけになったタイミングで、コウキがそっと声を掛けると、眼帯の男は鼻を啜って頷いた。
彼が落ち着いてきたところで、隣に座ってずっと付き添っていたコウキは、改めて彼の姿を観察した。

 上半身をすっぽりと覆う、赤いラインが入った特徴的なデザインの白いケープコートは、留め具と金色の華奢なチェーンによって落ちないようにされている。
コートの中で右肩から斜めに掛けられているのは、荷物が入っているだろう黒いショルダーバッグ。
そして胸元で何かが光っているので、何かと思って覗き込めば、それは黒い紐で首からさげられた銀色に光るホイッスルだった。
彼が身に着けている白いシャツとスラックスは、彼の身体の細さを強調させていて、腰に至っては女性相手にも劣らない程の細さだ。
コートと同じ赤いラインが入った白いキャスケットに、銀灰色の特徴的なもみあげ、左目の黒い眼帯と合わせて全身の情報量が多く、どこかの施設の制服かコスプレ衣装みたいに見えた。

 男はチラリとコウキに目をやると、スラックスのポケットに入れていたスマホを取り出した。
スマホを膝に置いてメモアプリを開き、左手だけで文章を素早くフリック入力すると、スマホの画面をコウキに見せた。

『ごめんね、外に連れ出してくれてありがとう』
「……え?」

見せられた文章にコウキが困惑して男を見上げると、男は「あ」、と何か気づいたかのように小さく声を漏らし、書いていた文章の下に更に文章を付け加えられた。
 
『ぼくクダリ。少し前にケガしてから身体が上手く動かせない。お話も上手くできないから、こんな形でお話するの許して欲しい』
 
 この博物館を出る時の、杖を使った彼の重心の偏った歩き方を見て薄々察していたが、コウキの推察は正解だったようだ。
彼はどうやら右足が不自由らしい、おそらく倒れた時にほとんど動かせていなかった右手も……。
納得したと同時に、彼の右足の膝の下に不自然な膨らみがある事に気が付いた。
おそらくその白いスラックスの下に、歩行を補助する何かが取り付けられているのだろう。
自分のせいで博物館を出る事になって、申し訳なさそうに目を伏せるクダリに、コウキは首を横に振って笑いかけた。 

「大丈夫です、気にしないでください。……あの展示されていた黒い服、クダリさんに何か関係があるんですか?」

 コウキの質問にクダリと名乗った男は小さく息を飲むと、暗い顔で俯いてしまった。
聞いてはいけない事を聞いてしまったとコウキが謝ろうとすると、クダリは何も言わずにスマホに文章を入力し始めた。
長い文章を書いているらしく、先程よりも時間が掛かっている。
コウキは何も言わずに彼の文字入力が終わるのを待った。

『ぼく、兄弟を探す旅してる。名前はノボリ、ぼくの双子のお兄ちゃん。数年前に行方不明になっちゃった。シンオウ地方に来る前に、知り合いから特別展のパンフレットを貰ってここに来たんだ。ノボリのコートが展示されてるの知らなくて、びっくりして大声出しちゃった』

その文章を読んでコウキは驚きのあまり、目を見開いて息を飲んだ。

「……クダリさんも、探してる人の物が展示されていたんですか?」

思わずといった具合にコウキから溢れた問いかけに、クダリも目を見開いてすぐさま顔を上げた。

「……ボクもなんです。ヒカリ、っていう後輩トレーナーの女の子を探してるんですけど……何故かここに展示されていた写真にヒカリが写ってて」
「……!!」
「わっ!?」

話している途中で突然クダリに強い力で腕を掴まれて、コウキは驚いて思わず声をあげた。

「……っ……っ!!」

クダリは必死な顔で口をパクパクと開閉して、言葉にならない声で何かを訴えようとしているが、彼の言葉は一つも音にならない。
痛そうな顔をしているコウキに気づいたクダリは、ハッとしてすぐさま彼から手を離した。
 
「……ご…ぇん、ぁさい」
「いえ、大丈夫です」
「…………」

謝ってから気まずそうに口をつぐんだクダリは、またスマホに手を伸ばして文章を入力し始めた。
 
『知ってる事、全部教えて欲しい。あのコートときみは、やっとみつけたノボリの手掛かり。こんな機会もう二度とない、絶対無駄にしたくないの』

スマホを持つクダリの手は僅かに震えていて、縋るような表情でコウキの言葉を待っている。
そんな中コウキは、これはただの偶然なのだろうかと考えていた。

 ヒカリを探していたコウキと、ノボリを探していたクダリ。
二人が探していた人の手掛かりが同じ博物館で展示されていて、同じタイミングでその展示を見つけて、こうして探している者同士で出会う事ができた。
少しでもタイミングがずれていれば、二人が出会う事はなかっただろう。
この出会いはもしかしたら、クダリの言う通りまたとない好機なのかもしれない。 
そう考えたコウキは、思い切って口を開いた。
  
「もちろんです。ボクもノボリさんの話聞きたいです。……それと」
「……?」

コウキが一度言葉を切ると、クダリは不思議そうに首を傾げた。
 
「クダリさん、よかったら一緒に二人を探しませんか?」
「……!」
 
コウキからの突然の誘いに、クダリは驚きからか目を大きく見開いた。

「ヒカリの写真とノボリさんのコートが展示されていたのが、ただの偶然とは思えないんです。……二人がいなくなったのは、何か関係があるかもしれない。ボク達で一緒に探したら、二人へ繋がる何かがもっと見つかると思うんです!」
「…………」

 ヒカリにまた会う為にこの機を絶対に逃してはいけないと、自分の中の直感が強く訴えている。
話している内に熱が入って、気が付いたらコウキはベンチから立ち上がって、クダリに自分の思いを訴えていた。
クダリはコウキの真剣な顔を見上げて、何かを言おうと口を開きかけたが、すぐに困った顔で俯いて、再びスマホに手を伸ばした。
  
『ぼくもきみに協力して欲しいし、シンオウ地方に来たのは初めてだから、シンオウ地方に詳しいきみと旅するのはいいアイデアだと思う。でもね。さっきも言ったけど、ぼく身体が上手く動かせない。人に聞き込みするのもあまりできないし、歩くのも遅いし、すぐ疲れちゃう。ぼくと二両編成になったらきみの目的地まで、すっごく鈍行になっちゃうよ』
「それでも構いません」

クダリは自分の身体の事でコウキの足を引っ張る事を懸念したが、彼はきっぱり言い切った。
 
「クダリさんはボクと違う事に気づける筈です。だからゆっくりでいいです。その分色んな物をじっくり見つめて、沢山の事に気づいたら、それが糸口になるかもしれない。……だからお願いします、ヒカリとノボリさんを見つける為に、ボクと一緒に旅してください!」
「…………」 
  
クダリはまた何かを言おうと口を開きかけると、しばらくして「きみは?」と言いたげな表情で、コウキを指さした。
クダリの言いたい事に気づいたコウキは、ようやく自分が自己紹介すらしていなかった事を思い出した。

「あ、すみません。自己紹介がまだでしたね。ボクはコウキです」
「……コー、キ」

クダリは舌足らずな話し方でコウキの名前を復唱すると、おずおずと左手を差し出して、ややぎこちない表情で笑いかけた。
 
「よぉ……しく、ね」
「はい!こちらこそよろしくお願いします」
 
コウキは笑顔でクダリの差し出した手をしっかりと握り返して、彼と固い握手を交わした。

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