三行半を突きつけるまたとない好機【前編】

ポケモン(サブマスメイン)三行半を突きつけるまたとない好機

「……、…………、……」 
「……ぅ……ん?」

 僅かな布の擦れる音と、長く息を吐く音。
断続的に聞こえる控えめな音に目を覚ましたコウキは、重たい瞼を持ち上げた。
視界に映っているのは、自分の手と真っ白なシーツ。
閉じられたカーテンの隙間から、夜明けの光が漏れていて、照明が点いていない薄暗い部屋を柔らかく照らしている。
しばらくぼんやりと部屋の中を眺めていたコウキは、ここがポケモンセンターの一室だとようやく思い出した。

 あれから行動を共にする事になった二人は、近くのポケモンセンターに泊まり、互いの事を話し合った。
自分の事や、自分の手持ちのポケモン達、探している人に対して自分が今知っている情報、できる限りの情報を共有し合い、そう話し込んでいる内に夜も更けて、気が付けば二人共そのまま眠ってしまったのだ。  
 視線を先程の音の方、隣のベッドの方へ顔を向けると、そこには仰向けに寝転がっているシャツとスラックスだけの姿のクダリの上に覆いかぶさるように、いつの間にかボールから出ていた彼のポケモンのシビルドンが、クダリのベッドに乗り上げていた。
コウキが驚いて目を見開いていると、起きているコウキの存在に気づいていないシビルドンは、そのままクダリの顔に自分の顔を近づけていく。

「ちょっ……シビルドン!?クダリさんに乗っかっちゃ駄目だよ!」

 シビルドンがクダリに圧し掛かったら、右半身が不自由な彼では、逃げる事も押し返す事も満足にできない。
クダリの身の危険を感じたコウキは、思わず起き上がってシビルドンに声を掛けると、シビルドンとクダリは驚いた顔でコウキを見つめ返した。

「……あ、あれ?」
 
シビルドンとクダリがあまりに不思議そうな顔をしているので、コウキが違和感を感じて固まっていると、枕元にあったスマホを手に取ったクダリが、文字を入力した画面を見せて、控えめな笑みを浮かべた。
 
『おはようコウキ。起こしちゃったね、うるさかった?』
「い、いえ、大丈夫です。おはようございます。ごめんなさい、シビルドンが寝ているクダリさんに乗っかろうとしているように見えちゃって……」

 コウキの言葉を聞いて、クダリは不揃いの方向を向く両目を丸くして、パチパチと瞬きをした。
眼帯の無い彼のきょとんとした顔は、彼の年齢に対してやや幼く見える。
コウキの言葉をようやく理解したクダリは、口元に手を当てて小さな笑い声を漏らすと、笑いながらゆっくり首を横に振った。
 
『ストレッチしてたの。これをしないともっと動けなくなるから、シビルドンに手伝ってもらって毎日やってる。誤解させちゃったね』
「そうだったんですか。……ごめんね、シビルドン。勘違いしちゃった」

コウキがシビルドンに謝ると、シビルドンは「気にしないで」とコウキに伝えるように、笑顔で元気な鳴き声をあげた。

『コウキ、着替えて朝ごはん食べておいで。ぼく、もう少し時間がかかるから。ゆっくりでいいよ』
「分かりました」

 着替えるといっても、寝る前に脱いであった青いジャケットと、白いマフラーと赤い帽子を身に着けるだけだが、コウキはクダリに言われるまま起き上がると、枕元に畳んで置いてあった自分の服に手を伸ばした。
マフラーを首に巻きながら、コウキはクダリに気づかれないように、さり気なさを装って彼に目を向けると、彼はシビルドンに向かって人差し指を立てて、もう一度ベッドに仰向けに寝転がっていた。
 クダリが右足を僅かに浮かせると、シビルドンは彼の踵を包むように持ち上げて、彼が細い息を吐くと同時に、膝を支えながらゆっくりと足を曲げていく。
同時にシビルドンの顔もクダリに近づいていくので、先程シビルドンが彼に乗っかろうとしていたように見えていたのは、このストレッチの為だったようだ。
 ポケモンセンターでジョーイさんの手伝いをしているポケモンはいるが、人間を看る病院で患者のストレッチの補助を任されているポケモンはとても少ない。
力加減が難しくて、傷ついた人間を更に傷つけてしまう恐れがあるからだ。
特にシビルドンのような大型のポケモンは力も強いので、力加減を覚えるのはかなり難しい筈だが、リラックスして足を委ねているクダリの様子を見るに、力加減もかなり上手らしい。
ストレッチの補助を任せられる程の力加減のコントロールを身に着ける為に、このシビルドンは相当努力をしたのだろう。
あまり長く見つめるのは彼らに悪い気がしたので、コウキは帽子を被って足音を立てないようにしながら部屋を出て行った。

   
「お待たせしました、クダリさん」

 朝食を食べてから、自分の手持ち達にもポケモンフーズを食べさせたコウキが部屋に戻ると、ベッドに腰かけたクダリが左目に眼帯を付けている所だった。
右手でパッチの部分を目の上で押さえて、左手でベルトの長さを調整をしている。
動かそうとする度に酷く震える右手は、今は震えていない。
ベッドの傍らに控えているダストダスが、彼の右手に弱いサイコキネシスをかけて、手の震えを抑えているらしい。
 眼帯を付け終えたクダリはコウキを見上げて苦笑いを浮かべると、「もう少し待ってくれる?」と言いたげに親指と人差し指を使ったジェスチャーをすると、ゆっくりとした動作で右足に手を伸ばした。
白いスラックスの裾を捲ると、銀色の金属の支柱が使われた下肢装具が露わになる。
足の甲、足首、脛に巻き付いたいくつかのベルトを締め直して、足先を軽く動かして簡単に具合を確かめてから、スラックスを元に戻す。
 それからゆっくり立ち上がると、宙を浮いていたシャンデラが彼の側に寄り添い、首からクダリのホイッスルをさげていたアーケオスがやって来て、クダリに向けて首を差し出した。
彼はアーケオスの頭を撫でてからホイッスルを受け取ると、自分の首にかけて向きを調整する。
 床でショルダーバッグの中身を見ていたデンチュラは、一声鳴いてから器用に前足でバッグの蓋を閉じると、同じくバッグの中を見ていたドリュウズに手伝って貰いながら、ギギギアルのコアが付いた歯車にそれを乗せた。
どうやらバッグの中身を見て、忘れ物が無いか確認していたらしい。
そのままギギギアルはクダリがバッグを受け取って肩に掛けるまで、彼がバッグを掛けやすい腰より少し上の高さで待機した。
 次にオノノクスが広げた状態で持っている白いケープコートを、コートの布の波に隠れて目立たない二つの穴から二本の腕を通し、胸元にあったチェーン付きの留め具を留めるとオノノクスが捲れ上がったコートの裾を、その大きな体躯に対して比較的小さな腕を使って器用に直し、それからしばらく他に服装に乱れがないか確認するようにクダリの周りをうろつくと、「大丈夫!」と伝えるように一声鳴いた。
 今度はクダリの杖とアイアントを乗せたイワパレスが近づいてくる。
イワパレスに乗ってクダリの帽子を被っていたアイアントが、ぴょこんと触角を立てて帽子を差し出す様子を見せると、クダリはアイアント達に笑いかけて帽子を受け取って頭に被った。
そしてイワパレスの上に乗せていた杖を手に取り、転倒防止として常にボールから出しているシャンデラ以外のポケモン達をボールに戻すと、コツコツと杖を突きながらコウキに歩み寄った。

「おぁ、たせ。……ろぉ、したの?」
「あ……いや、クダリさんのポケモン達、すごいですね。あまりにスムーズな連携でクダリさんの手伝いをしてたので、つい見入っちゃいました」

 クダリの身支度の様子に見入っていたコウキは、呆けた声で彼のポケモン達を素直に称賛した。
クダリが一人だけで身支度していたら、もっと時間が掛かっていただろう。
しかしクダリのポケモン達は、自分ができる事を理解した上で役割分担して、危なげもなく、完璧としか言いようがない程に、クダリの身支度をサポートして、予想よりずっと早い時間で終わらせて見せた。
起きた時のシビルドンといい、ポケモン達の手際の良さにコウキは驚き、すっかり感心したのだ。
自分と片割れのポケモン達を褒められて、クダリは嬉しそうに笑うと、ポケットに入れていたスマホを取り出して、何か文字を入力してからスマホの画面をコウキに見せた。
 
『ありがとう。みんなすっごく頑張って練習してくれたの。みんながいてくれるから、ぼくはこうして旅ができてるんだ』

「ね?」と言わんばかりにクダリが笑顔でシャンデラへ顔を向けると、嬉しそうにシャンデラは身体を揺らした。
笑い合うふたりを見て、彼らの強い信頼関係の一部を垣間見た気がして、コウキも思わず顔を綻ばせた。

『コウキは準備できた?』
「はい!行きましょう、クダリさん」

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