三行半を突きつけるまたとない好機【前編】

ポケモン(サブマスメイン)三行半を突きつけるまたとない好機

 
「……とは言ったものの、これからどうしましょうか?」

ポケモンセンターから出て、さあこれからというタイミングでコウキからの発言に、クダリは目を剥いて彼の顔を見下ろした。
  
『考えてなかったの?』
「あ、あはは……あの時はクダリさんに一緒に旅してもらいたくて夢中だったんで……まずヒスイ地方の事を調べてみよう、とは考えてたんですけど……」

 コウキはクダリを旅に誘ったものの、実はその先は無策だった。
あっという間にそれを指摘されて、乾いた声で誤魔化すように笑うコウキを見て、クダリは少し考える素振りを見せると、またスマホに何か打ち込んだ。
  
『コウキ。もう一度博物館に行って来たらどうかな?』
「え?」

クダリからの予想外の提案に、コウキは目を丸くして彼を見返した。
 
『ぼくのせいで途中までしか見てないでしょ?何か見落としがあるかもしれない、一度全部見て来た方がいいよ』
「……確かにそうですね。よし、もう一度見に行きましょう」

 クダリの主張は一理ある。
他に手掛かりがある可能性があるなら見た方がいいだろう。
小さく頷いてそれに納得したコウキは、再び博物館へ歩き出そうとしたが、少ししてからクダリが付いて来ていない事に気が付いた。

「あれ、クダリさんは行かないんですか?クダリさんも途中までしか見てませんよね?」
「…………」

コウキが尋ねると、クダリは黙ったまま片方だけ口角を上げた苦々しい微笑みを浮かべて、スマホに文章を付け加えた。
 
『ぼくはポケモンセンターで待ってる。昨日博物館に迷惑かけちゃったから。だからコウキはぼくの分も見てきて』
「でも……分かりました。終わったら迎えに行きます」

コウキは食い下がろうとしたが、クダリが行く気がないのだと分かると、一緒に行くのは諦めて、自分だけでもう一度博物館へ向かう事にした。

 
 開館時間になってすぐに博物館の中に入ったコウキは、ほぼ貸し切り状態の博物館の中を、昨日の倍ほどの時間を掛けて展示物を鑑賞していた。
その時代に生きた人達の手記や、当時完成されていたポケモン図鑑の一部のレプリカ、その時代でしかいなかったポケモンや、その時代に生きた人々の写真や絵。
そしてそのコーナーの中にあるヒカリの写真、その微笑みの写真を前に、もう一度コウキは足を止めた。
 
「ヒカリ……」

 こうして写真の中の動かない彼女の笑みをただ見つめて、名前を呟くだけでは、少しも前に進めない。
今一度、彼女の姿を目に焼き付けるように、ガラス越しの写真を数秒見つめてからゆっくりと目を瞑ると、次の展示物へ向けて足を踏み出した。

 次にコウキはノボリのコートの前で足を止めた。
展示用の台に乗せられたボロボロのコート、昨日は遠目にしか見ていなかったので、こうしてちゃんと見るのは初めてだ。
コウキはクダリの兄のコートを見つめながら、自分が昨日クダリに言った言葉を思い返していた。

クダリは自分と違う事に気づける筈。
彼に出会った時、コウキは確かにそう言った。
それなら同時に、自分もクダリと違う事に気づける筈だ。
コウキはここにいないクダリの代わりとして、コートの正面に立ってじっくりと観察し始めた。

 こうして改めて見てみると、他の展示されている服よりも遥かに状態が悪い。
遠目だと黒一色に見えていたが、長年の劣化で色褪せてそう見えているだけみたいで、よく見ると赤と黒の縞模様のコートのようだ。
服に取り付けられたボタンは、糸が外れかかってなんとかくっつている状態で錆付いて変色しており、次にボタンに手を掛けたら、たちまちの内にボタンはコートから外れてしまうだろう。
時間を掛けてまじまじと見る事はできたが、それだけだった。
結局何も分からなかったので、コウキは肩を落として次の展示物を見に行きかけたが、ガラスケースの下の方にある文字が細かく書かれた小さな四角形が目に入って、再び足を止めた。
 
「……あっ、解説文!」

 コウキはその解説文にすぐさま飛びついた。
照明のライトから外れて、影になって見えづらくなっていたのだ。
クダリはこの解説の事について、何も言っていなかった。
もしノボリのコートを一目見て冷静さを失い、彼がこの解説文を見ていなかった可能性があるのなら?
コウキはギリギリまでガラスケースに近づいて、解説を小声で読み上げた。
 
「『シンオウ地方でポケモンバトルの文化を広めた中心人物と思われる男性……その人物が身に着けていたコート。劣化が激しいが、左胸から脇腹に及ぶ大きな穴はポケモンの爪で切り裂かれた可能性が高く、ポケモンが人を襲う事もあったヒスイ地方の過酷さを物語っている。』……ポケモンが、人を襲う」

 コウキは最後の一文を反芻すると、言葉にできない不安が胸の中で渦を巻き始めた。
このコートを見る限りノボリはクダリと同じ位の身長の男性の筈だ、それで服にこれだけの大穴が開く程の攻撃を受けたとしたら、全くの無傷でいられる訳がない。
恐らくノボリはこの大穴を開けられた時、大怪我をしたのだろう。
そんな怪我を負って、果たしてノボリは無事なのか?
もしヒカリも同じような目に遭っていたとしたら?
頭に浮かんだ疑問は心の奥底に影を落としたが、コウキは頭を振ってその疑問を振り切った。
 
「……いや、ダメだ。……まだそう決まった訳じゃない。他に分かる事を探さないと……他に……あ」

気を取り直してもう一度コートの解説文に目を戻すと、解説文のもう少し下に、もう少し小さな文字で何か書かれている事に気が付いた。
 
「参考文献……『シンオウ地方のポケモンバトルの歴史』……現在コトブキシティ……トレーナーズ……スクールにて所蔵!」

コウキはその一文を見て、前の見えない旅路に一つ光が差し込んだ気がした。
この本を読めば、ノボリさんについて、彼とヒカリがいるヒスイ地方について、また新しく何かが分かるかもしれない!
  
繋がった。
 
次に繋がった……!
 
 クダリに会ってノボリの存在を知らなかったら、きっとそのまま素通りしていただろう。
この手掛かりは、ヒカリを見つけるまでの途方もない道のりの一歩にも満たない、ほんの微々たるものかもしれない。
でも確かにヒカリへと続く次の道が見つかった。
 
コウキはすぐさま解説文の内容を自分のレポートに手早く書きとめると、次の展示物へ進んだ。

「クダリさん!」

 ポケモンセンターに駆け戻ったコウキは、エントランスのベンチに座って、シャンデラと一緒にスマホの画面とにらめっこしているクダリに声を掛けた。
コウキの声に気づいた彼は、顔を上げてしばらくキョロキョロすると、すぐにコウキの姿を見つけて、声を出さずに口だけ動かして「おかえり」と笑いかけた。
 
「何かやっている途中でしたか?」
『大丈夫。シンオウ地方とヒスイ地方について、できそうな所から調べてただけだから。特別展、どうだった?』
「あっ、そうだ!クダリさん、これ見てください!」

コウキは興奮気味にクダリの隣に座ると、背負っていたリュックサックから大きめの本を取り出した。
ノートよりも一回り大きく、そこらの小説よりも遥かに分厚い本に、クダリは目を丸くして彼に向けて首を傾けた。
 
「あの特別展の図録です。必要な所はレポートにも書き残したんですけど、もう一度見直せるように買って来たんです。えーっと……あった、これ見てください。ノボリさんのコートのページ。あのコート、ガラスケースの下に解説文があったんです」
「!」 
 
コウキがノボリのコートの写真が載っているページを開いてみせると、クダリは目を見開いてすぐさま図録の中を覗き込んだ。
 
「この解説文の参考文献、コトブキシティのトレーナーズスクールにあるみたいなんです。もしかしたら、ノボリさんについてもっとなにか分かるかもしれないです。……でも、コートの大きな穴はポケモンの爪で切り裂かれた可能性が高いみたいで……ノボリさんが無事かどうか分からなくて……」

 コートの穴から浮かんだ不安要素によって、コウキの言葉の勢いは尻すぼみになっていく。
それにつられて表情も翳って俯きがちになっていったが、不意にクダリに肩を叩かれたので顔を上げた。
てっきりあの博物館の時のように、酷く取り乱すかもしれないと思っていたが、クダリはコウキの予想とは裏腹に、優しい笑顔で自分に向けてスマホの画面を見せていた。
 
『コウキありがとう!ぼく気づいてなかった!もうひとつのノボリの大事な手掛かり、見落とす所だった』
「え……」

コウキは戸惑ったが、彼が入力した文章に続きがあったので読んだ。
 
『確かに大怪我してる可能性あるのは、すっごく心配。でもそれを今考えても仕方ない。その本でノボリとヒカリの事もっと分かるかもしれないなら、今は次に進む事を考えよう。その本コトブキシティにあるんだよね?今すぐ行って確かめてみよう』
「クダリさん……」

自分の兄が危険な目にあっていた可能性があるにも関わらず、クダリはその表情を翳らせる事はなく、その真っ直ぐな眼差しは、不安で表情を曇らせるコウキを勇気づけた。
 
「はい。行きましょう、コトブキシティに!」

「一緒に旅をしよう」と、自分に声を掛けた時と同じ表情にやっと戻ったコウキを見て、クダリも大きく頷いた。

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