「イぁ、パぇス。っかえ、てない?」
クロガネゲートを出て203番道路に入った頃、クダリはイワパレスに本日五回目の同じ言葉を掛けた。
クロガネシティを出てから、イワパレスの岩の上に横向きに座って移動しているクダリは、事あるごとに「重くないか」「疲れてないか」と声を掛けているが、当のイワパレスは慣れた様子で返事をしている。
少し前を歩いて、イワパレスが歩きにくい段差が無いかを確認しているコウキから見てみれば、イワパレスはクダリに声を掛けられる度に「心配性だな」と、やや呆れ気味に苦笑しているようにも見えた。
あれから次の目的地をみつけた二人は、善は急げと早速クロガネシティを出て、コトブキシティへ向かう事にした。
コトブキシティへ行くには、まずクロガネゲートを抜けて、203番道路を通る必要がある。
クロガネゲートは実質洞窟のようなもので、所々岩があって薄暗く、203番道路は木々に囲まれた草むらが多い道で、街の中のように道が綺麗に舗装されていない。
隠れている段差も多くて転倒の危険があり、草むらから野生ポケモンが急に飛び出してきた時に咄嗟の対処ができないので、歩く時に杖を使っているクダリは、道中イワパレスの岩に乗って移動する事になった。
イワパレスに負担をかけさせてしまうと思ったクダリは、最初はイワパレスに乗るのを渋ったが、常に彼を転倒や野生ポケモンから守っているシャンデラが、目をグッと吊り上げて怒ると、強く出られないクダリは大人しくそれに従い、今ではイワパレスの上で杖を右腕で巻き付けるように抱えてスマホを操作していた。
「あ、イワパレス。ちょっと止まって」
前に階段がある事に気が付いたコウキは、後ろに着いてきたイワパレスをその場で止まらせた。
階段の段差を見る限り、イワパレスだけで下りるならなんとかなるが、クダリを上に乗せている状態なら少々危険かもしれない。
「クダリさん、この先階段ですけど大丈夫ですか?」
念のためにコウキがクダリに尋ねると、彼は持っていたスマホをすぐにスラックスのポケットにしまって、イワパレスの岩の端に掴まって頷いた。
イワパレスはクダリが自分の岩に掴まっているのを確認すると、慎重に階段を下り始めた。
イワパレスが一段一段下りる度に、クダリの杖が大きな岩に当たって、カツカツと軽い音が響く。
そうしている内にイワパレスは危なげなく階段を下りきったので、階段の下りる先で様子を見守っていたコウキは、そっと胸を撫でおろした。
「そういえばクダリさん。さっきから何か調べてるみたいですけど、何を調べているんですか?」
前に進みだしたイワパレスの上で姿勢を立て直すやいなや、すぐに取り出されたスマホを見て、コウキはずっと気になっていた事をクダリに尋ねた。
クロガネシティを出てイワパレスの上に乗っている間、クダリはずっとスマホで何かを調べている。
あまりに真剣な様子だったので、コウキは声を掛けなかったが、ずっと何を調べているのか気になっていたのだ。
クダリはスマホの電源を入れて、先程まで自分が見ていたサイトの画面をコウキに見せた。
コウキは彼に無言で促されるまま、歩く速度を落としてスマホの画面を覗くと、そこには次の目的地の近くにある、有名な建物の写真の画像が映っていた。
「ポケッチカンパニー?でもどうして?」
理由を尋ねたコウキに、クダリは「少し待って」と親指と人差し指でジェスチャーをすると、メモアプリを立ち上げて長めの文章を打ち始めた。
『ぼくコトブキシティ行った事ないから調べてた。そしたらポケッチカンパニーは元々小さい工場だったって書いてあったから、昔の工場の記録とか、親子で働いている人がいたら、そこから昔のシンオウ地方の事、何か分からないかなって思ったの。専門書とかを調べるのも大事だけど、その土地に家族で長く住んでいる人に聞いた方がいい事もあるって思ったから』
「なるほど……確かにそういう人達から話が聞けたら、本だけじゃ分からない事が分かるかもしれませんね。……トレーナーズスクールに行った後で、聞き込みに行ってみましょうか」
「…………」
「……クダリさん?」
「…………」
クダリからの返事が無くて、不思議に思ったコウキがクダリの白い帽子の下を覗き込むと、彼は何か考え込んでいるのか、スマホの画面をコウキに見せたまま電池が切れたように目を伏せて、どこか分からない宙を見つめていた。
影が落ちた彼の顔は暗く、しかし胸の内をコウキに悟らせないように、無理矢理感情を無表情の仮面の中に閉じ込めているようにも見えた。
「クダリさん」
「!」
コウキがもう一度声を掛けると、クダリはハッと我に返って何度か瞬きをすると、初めて自分を認識したみたいに見つめ返した。
「大丈夫ですか?少し休憩しましょうか?」
「……!」
コウキは彼の体調不良を心配して休憩を提案すると、クダリはブンブン首を横に振って、キュッと口角を上げて笑顔を見せると、何も言わずに前へ進む道を指さした。
「わあ……結構暗くなってきましたね。夜になる前に着いてよかった」
それからは特に大きなトラブルも無く、二人は夕方にコトブキシティに到着した。
コウキが空を見上げると、日が傾いていて空はすっかりオレンジから濃紺のグラデーションに染まっていて、星が見え始めている。
コウキが空を見上げている傍らで、クダリは街でもイワパレスの上に乗ったまま移動するとさすがに目立つので、時間を掛けてイワパレスから降りて、イワパレスに礼を言ってからボールの中に戻していた。
「この時間だともうスクールは終わってるだろうな……クダリさん、今日はポケモンセンターで早めに休みましょうか」
クダリもそれには賛成だったらしく、杖をついてコウキの元へ歩きながら小さく頷いた。
それからポケモンセンターに着いた二人は、夕食をとって早めにベッドに入ったが、その間クダリはずっと上の空で浮かない表情をしていた。
203番道路で様子がおかしかった時から、意識して笑顔を浮かべているようだが、ふとした時にそっと彼の顔を伺うと無表情に戻っている。
寝る前にコウキが声を掛けてどうしたのか聞いても、思い出したように緩く口角を上げて首を振るばかりで何も言ってくれず、コウキは気になりながらも照明を落として、暗くなった部屋の中で目を閉じた。

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