三行半を突きつけるまたとない好機【前編】

ポケモン(サブマスメイン)三行半を突きつけるまたとない好機


 ふとドアの音が聞こえた気がして、コウキは目を覚ました。
もう一度眠ってしまいたい気持ちを我慢しながら、目を擦って起き上がって壁の時計を見ると、まだ夜明けの時間から遠い真夜中だった。
ふと背後から吹く風に肌寒さを感じて、鳥肌が立った腕を摩りながら振り向くと、部屋のドアが僅かに開いている。
それからクダリが眠っている筈のベッドに目を遣ると、隣のベッドの白いブランケットが、足側の方でぐしゃぐしゃの状態で固まっていた。
 
「……クダリさん?」

 コウキが彼の名前を呼んでも、ベッドの主は既にいないので返事は返って来ない。
トイレで一時的にここを離れているだけだろうか?
それなら少しの間待っていれば帰って来るだろうが、なんとなく気になってしまったコウキは、彼を探す為に部屋を抜け出した。
 真夜中のポケモンセンターはとっくに消灯されているので、廊下は誰もいなくて薄暗く、常駐しているジョーイさんも今は奥で休んでいる筈なので、昼間の賑わいのあるエントランスには誰もいない。
他のトレーナーもここに泊まって寝ているので、コウキは彼らを起こさないように足音を潜めて、とりあえずクダリが向かったかもしれないトイレの方へ歩こうとした。
 
……、……、…………。

「……え」

 コウキは不意に聞こえた声に、足を止めた。
誰もいない筈のエントランスの方から、誰かのすすり泣く声が聞こえた気がしたのだ。
振り返ってエントランスの方を眺めたが、やはり人気は無くてシン、としている。
しかし泣き声は気のせいではなかったらしく、今でも断続的に聞こえてくる。

「……ま、まさか、おばけ?……い、いやいやそんな事ない、そんな事ない……よね?」

 コウキのいる場所からは誰が泣いているのか姿が見えないので、思わずおばけを連想してしまって、サッと血の気が引いたが、すぐに首を振ってその考えを否定した。
もしかしたら、野生ポケモンにでも襲われて、慌ててここに駆け込んできた女の子でもいるかもしれない。
そうなったら、すぐにでもジョーイさんを呼びに行くべきだ。
コウキは恐怖を押し殺す為に、一度ゴクリと生唾を飲み込むと、エントランスの方へ足を進めた。

「……らい、じょーぶ」 
 
 微かに聞き覚えのある舌足らずな声が聞こえたので、そちらの方へ歩いていくと、柱の陰のベンチにクダリが座っていた。
窓から差し込む月の光が、彼が纏っている白を、さも自分から光っているように錯覚させる。 
咄嗟に物陰に隠れて様子を見てみると、彼は胸元に何かを抱きしめていて、どうやらそれに向かって何か話し掛けているようだ。
よく見てみるとそれはシャンデラで、シャンデラはポロポロと涙を流していた。
先程の泣き声の正体は、どうやらシャンデラだったらしい。
 
「らい、じょーぶ。……シャ、デあ。ノぉリ、きっと、いき、てぅよ」

 クダリは過去に負ったケガの影響でろれつが上手く回らず、話し方がどうしても舌足らずになってしまう。
人間相手ならスマホなどを使った筆談ができるが、ポケモンは文字が読めないので、クダリは何度も拙い言葉で「大丈夫」、「ノボリは生きてる」と言いながら、シャンデラのガラスの身体を、震える右手で撫でていた。
 クロガネシティのポケモンセンターで、ノボリがポケモンに襲われて大怪我をしている可能性があり、無事かどうか分からないという話をしていた時、シャンデラもその話を聞いている。
今はクダリに常に寄り添っているが、シャンデラは元々ノボリの手持ちのポケモンだ。
話の内容が全部分かっている訳ではないだろうが、自分のマスターが大変な目に遭っているかもしれないというのは伝わっていたのだろう。
心配や不安から、あのように泣いているのだ。
 
「らい、じょーぶ……らいじょーぶ……ぁから……」

口元は緩く弧を描いたままだが、シャンデラは泣き止まず、慰めるクダリの声も少しずつ湿り気を帯びていく。
彼の視線が段々下がっていき、白い帽子が色濃い影を落として目元を隠した。
 
「ノぉ、リ……」

 シャンデラを抱きしめて片割れを呼ぶクダリの声は、消えてしまいそうな程か細かった。
シャンデラの身体に顔を埋めて肩を震わせる姿は、昼間にノボリのコートの穴の話を聞いても、優しい笑顔で「前に進もう」と言っていた時とは大違いだ。
パートナーのシャンデラが泣く程ノボリを心配しているのだ、弟の彼が不安にならない訳がない。
あの笑顔はコウキを心配させない為の、優しい作り物だったのだ。

 ここで彼らに駆け寄って、声を掛けて励ます事もできるだろう。
けれどノボリの安否が全く分かっていない状況で、それを一番知っているコウキが、何の根拠もない「大丈夫」なんて彼らに言える訳もなく、どんな言葉を並べたとしても、彼らの不安を取り除けるとは思えなかった。
結局コウキは彼に声を掛けられず、歯がゆい気持ちで自分の拳を握りしめ、物音を立てないようにその場を去る事しかできなかった。

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